021. 水面の百合
甘味を補給し、休憩を経て滝つぼの洞窟へと足を踏み入れたシノン達。
滝つぼにできた洞窟だけあって湿気も多く、天井から冷たい水が滴っている。しかし中の気温は年中一定で、外の気温に比べると非常に涼しく過ごしやすい。
秋に差し掛かる季節とはいえ、まだ汗さえかく残暑もある。高い宿屋や大きな冒険者ギルドなどの屋内であれば、風属性や氷属性の冷風を吹き出す魔道具があるため、猛暑でも快適に過ごせる気温になっていることがあるが、大抵は維持に費用が掛かるため基本的にはそういった環境はないまま過ごす人々が多い。
しかしそんな中でも洞窟という、一年中気温が一定に保たれる場所では、誰もが非常に快適に過ごすことができるだろう。
「アルファさんが仰っていた通りですね。とても涼しいです」
「そうだろ? 逆に、冬にここへ来ると暖かいんだ」
「へえ。知らなかったです」
「ユウキは洞窟に入るの、初めてだっけ?」
「はい」
隊列を組み、魔物などの襲撃に備えて警戒しながらも、アルファとユウキ、そしてルミナがそんな会話をしながら洞窟内を進む。
この場所はただの洞窟ではなくダンジョンなので、罠等を想定しながら進む必要がある。そのため先頭をシーフのアリュスフィア、前からアルファ、ユウキ、ルミナ、シノンの順番で進む。後ろを歩く者はアリュスフィアが踏んだ場所をできる限り辿るように歩いている。
「ユウキが使える魔法の属性は、光属性以外に何があるんだ?」
「ボクの魔法の適性は、光属性と森属性、それと風属性があると師匠に言われました。それから、火の精霊魔法も使えます。おかげさまで、森属性はとても扱いにくいんですけど…」
「…なるほど。優秀な魔法使いだとは思っていたけれど、四属性も扱えるんだな。もしかしたら知っているかもしれないが、洞窟内ではできるだけ火属性の魔法は使わないようにしてくれ。空気の行き場がなくなって、俺たちが危なくなるから」
「わかりました」
アルファは狭い空間での冒険が初めてだと言うユウキに対して、洞窟内での魔法の扱い方について丁寧に教えた。ユウキが扱える属性にはあまり該当するものがないものの、地属性や物理属性といった衝撃が伝わりやすいものは、洞窟内の崩壊を招く可能性があるため控える必要があるとのこと。
ユウキはそんなアルファのアドバイスを熱心に聴き、頷きながらメモまで取っていた。
「アルファは色々詳しいんだね」
それらを後ろから聞いていたルミナが、感心したようにそう声をかけた。アルファは少しだけ照れたように頭を掻きながら、そんなルミナに言葉を返す。
「いやいや、これくらいは冒険者の基本だし…ユウキがあまりに熱心に訊いてくれるから、つい偉そうに語ってしまった。でも、ちゃんと俺の言葉を聴いてくれたのは嬉しかったよ」
「とんでもないです! とても勉強になりました。ありがとうございます」
「お役に立てて良かった」
アルファは嬉しそうな笑みを浮かべながら、そう返していた。その瞬間、先頭を歩いていたアリュスフィアが足を止める。
「着いた。見て、水面の百合よ」
そこは滝つぼの洞窟の地下二階、多くの冒険者が通う洞窟の浅い場所。光属性の魔道具や、隙間から入る光に照らされ、微かに光を放つ水面の百合の群生地。
「わあ、本当に群生してるんだね」
ルミナが一番に声を上げ、他の者たちも共感するように頷く。
百合のように純白の花からは呼吸するようにぷくぷくと泡のようなものがゆっくりと出て来ては空中へ消えていく。青白い光を放ってゆらゆらと揺れている水面の百合は、魔力が豊富で湿気の多い洞窟内を好む習性がある。
この場所は滝つぼにできた洞窟型のダンジョンであるため、水面の百合が非常に自生しやすい環境にある。その上王都に近く比較的安全なダンジョンなので、この場所には多くの冒険者がいた。
それでも水面の百合は魔性植物であるため、この場所の魔力が尽きない限り、二、三日ほどで花を咲かせるとされている。
「水面の百合の採取方法は、道中で話した通りよ。各自、三本くらい採集したらちょうどいい感じかしら?」
「じゃ、散って開花しきった花を採集しよう。終わった人から出入り口付近で集合、でどうだ?」
「了解! シノン、ユウキ、頑張ろうね」
「はい!」
少し段差になっている入り口から群生地のある部屋へ、滑って転ばないよう注意を払いながら降りると、五人はそれぞれ開花した花を探しに散っていった。
シノンは全体を軽く見回した後、光がほとんど当たらない端の方へと歩みを進める。
水たまりのある場所に根を張り、人間の視界ではほとんど景色が見えないであろう場所に咲く水面の百合を三本、手慣れた様子で採集するシノン。魔法を用いて土ごと取り出すと、アリュスフィアに配られた小さな鉢に入れる。
「シノン?」
シノンは人間の視界では捉えられない場所まで行ってしまっていたため、彼の姿が見えず不安そうに周囲を見回すルミナの声が響く。しかしそんなルミナの背後に、コウモリ型の魔物が襲い掛かる。
「ルミナさん!!」
「ルミナ、危ない!」
「え?」
皆のところに戻ろうとしていたシノンだったが、振り向く頃にはどうやっても間に合わない状況だったため、攻撃魔法を放って魔物を迎撃しようとしていた。しかしルミナの一番近くにいたアルファが、すでに武器を手に取り、魔物を切っていた。
「ルミナ、怪我は!?」
「あ、うん、大丈夫。ありがとう」
アルファは安堵したようにほっと息を吐き、彼女を心配したユウキとアリュスフィアも思わず駆け寄って来ていた。
「ありがとう」
遅れて歩み寄って来ていたシノンも、アルファに対して感謝の言葉をかけていた。
「いや、パーティメンバーを助けるのは当たり前だし、気にしなくていい。それよりもルミナ、ここは低級とはいえ、魔物が少なからずいることを忘れないでくれよ」
「ごめんね。シノンの姿が見えなくて、探してて油断しちゃった」
ルミナは申し訳なさそうにそう答えた。しかしアルファはすぐに笑みを浮かべ、とにかく怪我がなくて良かったと、すぐに声をかけていた。
「…それで、シノンはどこに行ってたのよ?」
ルミナに怪我がないと確認した面々は、ルミナが探していたシノンへ一斉に視線を向ける。そんなシノンの腕には、すでに三本もの開花した水面の百合があった。
「え、もう三本も見つけたの!?」
「すごい! さすがシノンさんですね!」
驚いたアリュスフィアが声を上げ、続いてユウキも小さく拍手をしながら声を上げていた。
それに対し、シノンは少し間を置いてから、何でもないことのように答える。
「…水面の百合は、光を避ける習性があるから、暗いところに行ってた」
「…そっか、ここは暗いとはいえ、冒険者の安全のために照明がある。だから、満開になった水面の百合を探すには、一つ一つ丁寧に見て行かないといけない。でも光がほとんど当たらない場所なら、簡単に開花した水面の百合を見つけられるってことか」
水面の百合は光を避ける傾向にあるため、この場所にも一応光属性の魔道具が設置されてはいるものの、あまり明るいものではない。それゆえに隅へ行くほど、弱い光しか届かない。しかし水面の百合の場合はその習性上、光が当たらない方が開花しやすい傾向にあるのだ。
シノンは、初めからそれを知っていた。彼は最も効率的に素材を採集するため、人間よりも遥かに優れた視界を活かして隅の方へと赴いていたのだ。
「すごいじゃない。それにしても、明かりもなく暗いところに行くなんて、危ないじゃない」
「シノンさんは夜目が利くので、全く問題なく暗いところも行けたんじゃないかと」
「なるほど。冒険者をするうえで便利な能力だ、少し羨ましいな」
アリュスフィアはシノンが暗い場所で怪我をしたりしないよう気を遣って発言したのだが、ユウキからの補足を聞いて納得したようで、それ以上は口を出さなかった。アルファも同じように納得の表情を浮かべながら、そう声をかけていた。
「よかった。姿が見えなかったから、少し心配しちゃった」
そう言いながらほっと胸を撫で下ろしたのはルミナだった。彼女が油断するきっかけになってしまった自覚のあったシノンは、少しだけ申し訳なさそうにしながらも、安心させるように声をかける。
「俺は大丈夫。それより、もう油断しないように」
「あはは、ごめん、気を付けるよ」
そんなふうに会話しながらも、シノンは他の面々が無事開花した水面の百合を採集できるよう手伝い、無事依頼目標である十五本の開花した水面の百合を採集できたのだった。




