020. 滝つぼの洞窟
多少のハプニングはあったものの、無事にパーティ依頼をこなすことができた五人。
アリュスフィアがファングボアの痕跡を辿って位置を特定し、ルミナとアルファを前衛とし、ユウキが前衛の二人の負傷を治療し、シノンは状況に応じて後衛と前衛を行き来する。場合によってはアリュスフィアも投擲武器を扱うこともできるようで、魔物向けの麻痺毒や睡眠薬などの使用も可能だ。
パーティバランスは決して悪くはなく、順調に事を運ぶことができた。パーティメンバーの仲も良好で、このままお試し期間が過ぎれば正式にパーティを結成しても問題は起こらないだろう。
「今日はどうする?」
「少し遠いけど、この落とし物の依頼はどうかな?」
「割りに合わないじゃない、この報酬じゃ。どうしてDランク冒険者が行くような場所に行って、しかも落とし物までしているのよ?」
「まあまあ、気持ちはわかるけど、あまり大声でそういうことを言わないように」
「はーい」
現在は、このメンバーで初めての依頼に成功してから七日目の朝。五人は問題を起こすことも一切なく、依頼を順調にこなしていった。
戦闘においても関係においても良好で、パーティの平均ランクであるDランクの依頼であれば怪我を負うこともなく、危なげなくクリアできることがわかった。
「浅いところまでなら、ダンジョンに潜ってみるというのはどうですか?」
「ダンジョンか。いいな、深くまで行かなければ問題はないだろう」
「私も賛成! 隊列を組んでのダンジョン攻略は、ちゃんとやったことがないんだよね」
「あたしもいいわよ。それならこれとかちょうどいいんじゃないかしら?」
アリュスフィアが指した依頼書は、Dランク指定のダンジョンの浅い位置に存在する魔性植物の採集依頼だった。
この植物はダンジョンでしか採取することのできない錬金素材であり、低級の魔物が近くに住み着くことで有名なものだった。しかし強壮ポーションの素材であるため、冒険者や騎士などに一定の需要があり、ファングボアと同じくDランク冒険者の収入源の一つともなっている。
「いいですね! 難易度も丁度良さそうですし、ボクは賛成です」
「俺も」
「私も賛成! シノンはどう?」
「なんでもいいよ」
シノンはいつもの調子でそう答え、満場一致でダンジョン行きが決定するのだった。
トラブルに巻き込まれたシノンとルミナを心配し、全員で行動することになった一行。幸いなことに、初日以来例の貴族令息はシノンたちの下には来ていないが、共に行動する人数は多いに越したことはないだろう。
ローブをまとっていて性別のわかりにくいシノン以外は、容姿の整った女性が多い。このパーティには、少しでも抑止力が必要だ。
とはいえ冒険者を長く続けている者たちの間では、シノンは若干の有名人である。彼らに手を出すバカな冒険者はほとんどおらず、いるとすれば王都に来たばかりの新人だったり、先日のような自分の地位に溺れている貴族の子供だったりする。
シノンが有名人になったきっかけは、世界中で活躍していた槍の王の異名を持つ男、ロウの息子であり後継者だと噂されているからだ。彼らは一度レラン王国に立ち寄り、しばらく滞在していたことがあったため、その爪痕は未だに残っている。
とはいえ、見た目で判断しにくいことに変わりはない上に、ルミナは非常に珍しいレイヴァであり、美しい容姿をしているユウキも一緒にいる。冒険者の中で最も目を惹き、絡みやすい相手であるため、王都でもっともトラブルに巻き込まれやすいと言っても過言ではない。
「こんにちは! 本日は依頼の受注ですか?」
「はい! これをお願いします」
「滝つぼの洞窟での水面の百合の採集依頼ですね。はい、受付完了いたしました。こちら受注書です、本日も頑張ってくださいね!」
「ありがとうございます」
ルミナが受付嬢から受注書を受け取り、五人は受付から離れてギルドを去る。
美人だが気の強いアリュスフィアと、男性であるアルファも一緒に行動していることもあってか、これといったトラブルはない。
ルミナもユウキもトラブルなど忘れて、ただただこのメンバーで過ごす楽しい日々を満喫していた。
「滝つぼの洞窟は王都の南側にあって、直線距離だと南門が一番近いね」
「でも、あの辺りは確か地形が複雑だったはずよ。一番楽で単純な道を歩きたいなら、西門から出るのをお勧めするわ」
「なるほど。フィア、道わかるの?」
「お兄ちゃんと一緒に何度か行ったことがあるの。直線距離だけ見て南門から行くと、到着前に余計な体力を消耗してしまうから、こっちがいいわよ」
「わかった、じゃあルートは任せてもいい?」
「もちろん。任せてよ!」
アリュスフィアは堂々と胸を張り、早速ルートを選定し始める。
何度か行ったことがあるというだけあってそこに迷いはなく、昼休憩の場所までお勧めしてくれた。彼女はこういった冒険者のサポートが得意で、斥候や休憩中のメンバーのケア、食事の準備等をこなす優秀な冒険者だった。
アリュスフィアは冒険者の仕事に関して熱心に勉強しており、素人とパーティを組んでいた時は常識の基準が合わず、上手く噛み合わなかったことが多かったという。しかし、シノンが冒険者としての経験が豊富であり実力もあることもあって、ルミナとユウキはそんな人物に冒険者の仕事のこなし方やサバイバル術を教わっていたため、アリュスフィアにとってもようやく常識が噛み合う仲間に出会えたと歓喜していた。
そんな楽しそうな妹を見て微笑ましそうにしているアルファも、臨時でパーティを組む時は毎回辛酸を舐めさせられてきた立場である。臨時で組んだ冒険者が実力に見合わない依頼を自信満々で受けては、途中で逃げ出して大怪我を負ったことだってある。
そういう意味では、兄妹にとって安心して背中を預けられるシノン達の存在は、大きな意味があることだろう。
「それじゃ、出発しましょ!」
「おー!」
ルート選定を終えたアリュスフィアが号令をかけ、ルミナが楽しそうにその声に応じた。
三人はどうやらプライベートでも出かけるほど親交を深めているらしく、昨日仕事の後に訪れたスイーツ店の話をしながら歩いている。その後ろをシノンとアルファもついて行き、時々会話にも混ざりながら、目的地への道を歩くのだった。
*
滝つぼの洞窟。名の通り、滝つぼに存在する洞窟のダンジョンだ。
数年前に出現したばかりの新しいダンジョンで、それまで冒険者が水面の百合を採集していたダンジョンよりも王都に近く、年中花が狂い咲いていることが判明してから、この場所は冒険者の大きな収入源となった。
やはり魔物の数は水面の百合の数に比例して多いが、低級の魔物がほとんどで、油断さえしなければ死の危険はない。
「着いた。ここが入り口よ」
「わあ、大きな滝だね…」
「でもこれ、どうやって滝つぼまで行くんですか?」
ユウキが疑問に思うのも仕方のないことだ。なにせ、彼らがたどり着いた場所は滝つぼではなく、水が流れ始める滝口だったのだから。
「こっちよ。冒険者がここによく来るようになってから、国が魔法使いを雇って道を作ったの」
アリュスフィアは迷うことなく、滝つぼの洞窟入口、と書かれている看板のある建造物へと案内する。
地形が複雑な崖下のルートを通れば、直接滝つぼの洞窟へ向かうことができる。しかしアリュスフィアが言っていた通り、崖下のルートは非常に地形が複雑になっている。森や山、時々渓谷のような場所まで存在している場所で、たどり着くまでに山登りや森超えといった労力を割かなければならなくなるのだ。
かといってアリュスフィアが勧めていた西側から向かう場合は、滝つぼではなく滝口に辿り着くことから、冒険者が気軽に生活費稼ぎに出かけられる場所とは到底言えなかった。
そんな時、国は冒険者が探索に入るのに苦労しないよう、多額の資金を費やして地属性魔法使いを雇い、洞穴を掘ることで滝口からも直接ダンジョンに入れるようにしたのだった。
安全なルートが構築されたことで、滝つぼの洞窟に通う冒険者の数は安定するようになった。そうして得られる税金により、国は滝つぼの洞窟に辿り着くためのルートを作るために使った資金を回収することができたのだ。
「へえ、ここから行けるのね」
「結構降りないといけませんね。滝つぼの洞窟に繋がっているからか、湿った風が吹き出してきてる…」
「中は少し涼しいかもな。床も壁も天井も湿っていて明かりが少ない場所だし、気を付けて進もう」
皆が頷き、螺旋状になっている階段を降りて行った。
*
「やっと着いた…」
「これでも楽になった方よ。こんなんで音を上げてどうするのよ」
滝つぼの洞窟のある場所まで階段を下ってきた一行。体力があまり多い方ではないユウキが一息ついていると、背後を振り向いたアリュスフィアがそう声をかけていた。
階段を降りた先は道が二手に分かれており、右には滝の裏側が見え、左には洞窟へと続くと思われる道が見える。轟音を立てて流れる水の音が内部に響いており、中は外気温より少し涼しい。
「まあでも、一旦休憩にしましょ。お昼ご飯は、ダンジョン内で採集依頼をしてから帰り道に食べられるとして、軽食を取るくらいはいいでしょ」
そう言って、アリュスフィアは昨夜作ってきたというクッキーを取り出した。
「さ、皆。仕事前なんだし、甘いものくらい食べても許されるわ」
「わあ、美味しそう! これ、フィアが作ったの?」
「そうよ。せっかくだし、これでも食べてから行かない?」
「ありがとうございます。頂きます」
アリュスフィアは全員に平等にクッキーを配った。砂糖は高いため多くは使われていないが、はちみつと紅茶が材料に含まれているようで、非常に美味だった。
「シノンは、こういう甘いの苦手じゃないかしら?」
「…大丈夫」
「そう。良かったわ」
アリュスフィアは満足そうに頷くと、自身も休憩のために振り向いてルミナとユウキの下へ歩いて行った。
「…楽しそうだな。良かった」
そんなアリュスフィアの様子を見ながら、アルファは安心したように呟いていた。
もさもさと無言でアリュスフィアの作ったクッキーを食べているシノンを振り向き、アルファは口を開く。
「ありがとう、シノン。これからもパーティメンバーとして、仲間としてよろしく頼むよ」
「…? うん」
唐突に感謝の言葉をかけられたシノンは、咄嗟に返事を返す。アルファが自分に対して何故そのような言葉をかけてきたのか、理解できなかったし特にする気もなかった。他人の事情には、易々と首を突っ込むものではないと理解しているから。
少しの休憩を挟んだ後、五人は滝つぼの洞窟へと足を踏み入れて行くのだった。
「滝つぼの洞窟」 知名度 ★★☆☆☆
薬草であり錬金素材の水面の百合が群生するEランクの洞窟型のダンジョン。
コウモリ型の魔物やコボルトなどが多く住む。
「魔性植物」 知名度 ★★★★★
全ての植物が魔力を取り込み呼吸することで生きているが、ここでいう魔性植物とは、特に多くの魔力を保有し、魔素濃度の濃い場所でしか自生しない植物のことを言う。
錬金素材やポーション、薬などにも使用される。ただし、強い魔毒を持っている場合が多いため、採集する際は専門的な知識も必要。
「水面の百合」 知名度 ★★★☆☆
レラン王国にあるダンジョンでしか採取できないとされている。
強壮ポーションとして加工されるため冒険者や騎士に一定の需要があり、低ランク冒険者の主な収入源の一つ。
光を嫌う性質を持っており、光が届かず魔素濃度の濃い水辺のダンジョン内であれば、二、三日程度で発芽から開花までする。




