砂漠のダンジョン
世界中の人間が、一度は耳にしたことがある空間型のダンジョン・クレフェ砂漠。
広大な大地を砂に覆われ、魔物の脅威が常に潜む灼熱の大地。
空間型のダンジョンとして最も特徴的なのは、出入り口の境界線がハッキリしていないこと。そのため、どこからがダンジョンの中で、どこからがダンジョンの外なのかが誰にも分らないことだ。
気がついたらダンジョンの中へ迷い込んだ一般人が魔物の餌食になり、それ以来帰らないことも、この国では日常茶飯事だ。
クレフェ砂漠の大半は人類未踏の地であり、巨大化した魔物や強力な毒を持つ魔物、幻覚を見せる魔物などが多く存在している。そんな魔物の生体の多くは解明できておらず、まだ人類が知らない魔物の存在も示唆されているため、下手に踏み込むことは推奨されていない。
夢見の里と呼ばれる、夢にまつわる不思議な能力を持つ民族の暮らす場所は、このクレフェ砂漠を越えることでしか辿り着くことができない。
夢見の里の向こう側には何があるのか、人類はまだそれを確かめられていない。海を渡り、クレフェ砂漠とは反対方向から夢見の里へ向かおうとした者がいた。しかしそれは失敗に終わった。何故失敗してしまったのか、それさえ外部の者にはわかる術がない。
それらの理由は、夢見の里を目指して出航した船は全て、ことごとく、跡形もなく行方不明になってしまったからだ。
夢見の里付近の海域には未知の巨大生物がいるという噂や、その場所は時空が歪んでいるため、船や人はその中に迷い込んでしまう、などという噂がある。全てが憶測に過ぎず真相は未だにわからないものの、どちらにせよ夢見の里へたどり着くには、このクレフェ砂漠を歩いて渡る他ない。
現在そんな夢見の里を目指してクレフェ砂漠を歩いて渡るシノン、ルミナ、ユウキの三人は、実践を重ねながら順調に階層を上へ上へと進んでいく。
ダンジョンの中に時間の流れなどなく、常に昼が続くの白夜階層、常に夜が続く常夜階層がある。
砂漠ではもう一つ、見逃されがちな脅威が存在する。それは、昼と夜の気温差である。
日中は常に四十~五十度もの高気温だが、日が沈んだ夜間の気温は五度まで下がる。一日で最大四十度もの温度差があるこの環境では体調を崩しかねないため、シノンが街で購入した遮光布等の対策は、旅人にとって必須であった。
シノンが普段から纏っている外套は、実はロウがシノンに贈った特注品である。砂漠での使用はもちろん、雨の水も弾き、毒や刃物から身を守り、旅を続けることによる気温差の対策として着用させている、遮光布と同じ性能と追加性能を持つ外套なのだ。
あまり目立たない色と隠蔽の術式によってただの外套にしか見えないものの、粉砕された魔石や竜の皮を素材に使われていて付与術式が複数存在する多機能の外套なので、見る人が見れば高級アイテムであることが透けてしまう逸品物だ。
昼の続く十二階層、三人がクレフェ砂漠に足を踏み入れてからもう二週間も経つ。
砂漠を越え夢見の里へ抜けるまでにかかる時間は約半月ほどと言われており、龍の姿もぽつり、ぽつりと見え始めて来ていた。
大きな固体から小さな固体まで生息していて、知能の低いワーム系魔物やゴーレム系の魔物のように襲い掛かってくることは少なく、人間に対し比較的友好的な態度を示してくれる。
龍は人の言葉も理解する賢い生き物であり、敵対しない限りは人と友好関係を築いてくれる種族でもある。
シノンたちにオアシスの場所を教えてくれたり、自分たちが食べるはずの食糧である、水分が豊富に含まれる木の実を分けてくれたりもする。
砂漠の奥地にこんなにも水分豊富な木の実があるものかと三人ともが驚いていると、龍たちは人懐っこそうに、好奇心に満ちた目を向けて来ていた。
「…たぶん、もう里が近いんじゃないかと思います」
口を開いたユウキの表情はこわばっていて、杖を握る手にも力が入っているようだった。
現在の階層も十二階層であり、クレフェ砂漠はぜんぶで十六階層あるダンジョンであることから、あと数日で夢見の里へ到着することは間違いなかった。
「夢見の里は龍が暮らす場所、というシノンさんの話は合ってます。ボクの家にも、一頭の龍がいました。ボクが生まれた頃にはもうすでにお爺ちゃんで、二度と会えないですけど…」
ユウキは懐かしそうにそう話していた。
夢見の里では、龍は神聖な存在で、家と里を守ってくれる守り神の一族なのだそうだ。人は龍の言葉を理解することができないが、龍は人の言葉と感情を理解し、共感してくれる種族だ。
ユウキは、外で友人と遊ぶ同い年の里の子供たちや仔龍たちの声を聞きながら寂しさを覚えていたものの、家で共に過ごしていた龍がいつも一緒にいてくれたことを二人に打ち明けた。里に帰ったら、その龍のお墓参りに行きたいと。
ルミナもそんなユウキに笑顔で言葉を返しており、自分たちも一緒にお墓参りに行くと約束した。
残りの数日間も変わらず砂漠を進み続け、地面はだんだんと固くなってきて、所々に緑の植物が見られるようになっていった。
「あれ?」
やっとの思いで夢見の里と思われるに到着した。
ロウの話では、その辺の野生生物では近寄ることさえできない巨躯を持つ龍がいるということだったが、夢見の里の近くにそのような存在は見られない。
砂漠に生息していた野生の龍たちの姿ももう見えず、民家と思われるものが遠くに見えるのみ。
ルミナとユウキには、里と思われる場所の目の前には微かに複数の人間が立っているように見えた。
「ねえ、シノン。夢見の里の前…? 誰かいる?」
「うん。…十、十一、十二…十六人」
人間よりも優れた視力を持つシノンは、夢見の里の前に佇む人間と思われるものの数を数える。
ユウキも緊張した面持ちで遠くを見つめており、シノンとルミナのそんな会話を聞いていた。
「…武器を持っているようにも見えるね。こっちを見ているのかな…?」
「警戒しながら進もう」
そんな会話をしながら三人は慎重に歩き続ける。人の顔がハッキリと見える距離にまで近づいた頃、ユウキの息を呑む声と、ルミナの思わず漏れた声が聞こえる。
「ヒュッ…」
「えっ」
里の前には武器のようなものを持って構える十六人もの人間と、その背後に建てられているボロ布のようなものがあった。そのボロ布の正体に気づいたユウキとルミナは、咄嗟に足を止めてしまう。
待ち構えていた人間は何かを叫びながらこちらへ向かって来ているが、ユウキは絶望した表情のまま膝から崩れ落ちてしまう。
「…お、お父さんと、お母さんの、服だ…」
絞り出すように声を上げたユウキのその言葉を聞いて、シノンもルミナも驚愕を隠せない反応をする。
里の前にあるボロ布のようなものの正体は、串刺しにされ里の前に晒し上げられている人間の死体だったからだ。
「ルミナ、走れ!」
「え、う、うん…!!」
動けなくなっているユウキを肩に担いだシノンは、隣で思考停止していたルミナに声をかけて走り出す。シノンに声をかけられたことではっとしたルミナは、そんなシノンの指示に速やかに従い、引き返すように走り出した。
背後から聞こえる里の人間と思われる者たちが発する怒号を背に受け、ユウキの両親が悲惨な死を迎えていたことに、強い悲嘆の感情を抱きながら。
*
クレフェ砂漠を往復し、一ヶ月もの期間を砂漠で過ごした三人。夢見の里の人間は思っていたよりも執拗に三人を追いかけて来ていたが、前衛職のシノンとルミナの足に追いつくことはなく、諦めて帰って行ったようだった。
シノンの判断は、夢見の里には再び向かうことはなく、また対話で解決することもなく、この場所を離れることだった。
夢見の民は外部の人間を異常に嫌う習慣を持っているが、夢見の里内部に入ることができた人物も何名か存在している。そのため、部外者が近づいたからと言ってあのように武器を手に襲い掛かってくるといったことは本来ならないはずだが、対話が許される隙もない勢いで三人を追いかけてきたのを考えると、これ以上は自分たちが踏み込める場所ではないことは明らかだったからだ。
「や、やっと着いた…」
「ルミナ、ユウキ、宿を探そう。食事と湯浴みを済ませたら、とりあえず数日は休暇を取ることにする」
「うん、わかった」
「はい…」
砂漠を抜け、南側のルートを辿って港町へ到着した三人。ルミナとユウキの二人ともが疲れ切った表情でシノンの言葉に返事をすると、最後の力を振り絞るように歩き出す。
シノンはルミナとユウキの体調を気遣い、路銀を惜しむことなく良い宿を取る。ユウキは食事を軽く済ませた後、早々にベッドに潜り込んで眠ってしまうのだった。




