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水の聖者  作者: 森川 悠梨
第一章 迷走
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砂漠の国

 コペル王国から南へ海を越えた先にある国、レイジル王国とスリシタン王国に存在する砂漠では、常に宗教上の問題で対立抗争が起こっている。そのため街の治安は最悪で、それに加えて砂漠に生息する魔物の脅威にも晒されている。

 オアシスの場所を正確に記した地図は国外で入手しなければ詐欺に遭うし、下手に近寄ると命の危険に晒されるオアシスも存在する。それは砂漠に複数存在する裏社会の人間や抗争組織などによる縄張りが厳密に決まっているからだ。

 それらを把握したうえで、十分な食糧と水、そして戦闘の知識と経験を持って挑まなければならないのが砂漠越えの基本である。

 そして砂漠をしばらく歩いていくと、いつの間にか砂漠で覆われるダンジョンに入る。

 ダンジョンは何らかの理由で生まれる迷宮で、入り口がはっきりしている建造物型・洞窟型や、砂漠型のような空間型など、さまざまな種類のものが存在している。

 ダンジョン内には階層が存在しており、一定間隔で現れるボス級魔物、宝箱からランダムに現れる装備品や魔道具、ダンジョンにしか存在しない珍しい魔物、あるいは鉱物など、資源の宝庫と呼ばれる場所である。特殊な魔力で構成されるその空間は、ほぼ永久的に資源を生み出し続けるからだ。そのため、大きな規模のものは国や団体が管理していることが多く、管理の行き届くダンジョンに入るには管理者に許可を取った上で金銭を支払わなければならない。

 しかし、砂漠のダンジョンは資源よりも魔物が跋扈することで有名なダンジョンだ。それに加えて砂漠のダンジョンは利益よりもリスクを伴うことが多く、ダンジョンへ入る者も極端に少ない。空間型のダンジョンの特徴として入り口がハッキリしていないこともあり、人の出入りを管理することが極端に難しいという理由もある。

 国も商人も各組織も、このダンジョンを管理するには大赤字であることがわかりきっているため、一切の管理が施されていない。

 南側に位置する、比較的治安が落ち着いているレイジル王国へ到着した三人は、砂漠のダンジョン・クレフェ砂漠付近に存在する町ヴィマーナに立ち寄り、買い出しの最中、神へ祈りを捧げる人を見かけた。


「シノン、あの人は何をしているの?」

「旅人への安全祈願だよ」

「へえ。優しいんだね」

「…というより、この辺の商人の間では、オアシスの神に祈りを捧げながら旅人や客の旅の安全を祈ることで、神の恩恵を授かる習慣がある。道行く人にそれを行う人も、この辺にはたくさんいる」

「そうなんだ」


 砂漠の国を訪れる商人ならば誰もが知っている常識であり、自分の店で商品を買っていった客に対して安全を祈願するというのは、ここでは当たり前の光景である。

 逆に、安全を祈願されない・しないという行為は、商人がその客に向けた二度と来るなという無言のメッセージであったり、非常識な商人であるという認識をされる。商人全体が神に祈りを捧げるという行為そのものを、神聖な儀式のように認識しているからだ。


「遮光布を調達するぞ。今は暑いかもしれないけど、我慢してフードは被っててくれ。皮膚の病に罹りかねないから」

「うん。わかった」

「はい」


 砂漠は砂と抗争社会の国であるが、太陽の国でもある。

 一年を通して高気温であり、寒冷地の出身であるルミナにとってはかなり過酷な場所だろう。ユウキも穏やかな春のような気候の場所で生まれ育ったためか、あまり暑さに強いようには見えない。

 この場所では、日射病への対策を行わなければならない。日射病の原因は太陽光を過度に浴びすぎることで起こるとされており、体温調整ができなくなり、頭痛やめまい、吐き気、酷い場合は意識の混濁を引き起こす。治療を行わなければ死に至る病だ。

 適度に休憩や水分補給によって予防することができるものの、砂漠において水は貴重品であるため、貧民街に暮らす者の半数は日射病で亡くなっているとされている恐ろしい病だ。

 太陽の光の下に皮膚を曝け出すことで罹る可能性のある、もう一つの病がある。それは皮膚病であり、初期のうちに治療をしなければ死に至ってしまう病だ。

 色や形の変化、出血やかさぶたの繰り返しなどが特徴で、目に見えてわかりやすいものの、治療費を払える人は少ないうえに闇医者が蔓延るこの国では、病に罹れば国内で治療を受けるのは難しいと言えるだろう。

 そんな、死に至る病が潜む砂漠越えにおいて重宝される魔道具がある。魔力を与えられながら育てられた蚕から採取され、魔力を帯びた糸で編まれる遮光布だ。

 魔力をよく通すその布で作られる外套は非常に頑丈で軽く、暑い場所では涼しく、寒い場所では温かく、着用者の体温を維持してくれる魔道具だ。

 魔石、あるいは着用者の魔力を少し吸い取るものの、非常に少ない魔力で稼働する外套である。


「遮光布を二人分、砂漠越え用の靴を三人分、それと吸水筒三つを頼む」

「はいよ。随分若いね、砂漠には来たことあるのかい?」

「数年前に一度だけ」

「あんまり荷物を持ってないように見えるが、装備はそれで十分なのかい?」

「これから買う」


 店主は注文の商品を準備しながらシノンに話しかけ続けるが、シノンはあまり多くを語らず、要所端的に答える。

 これは店主による情報収集の手段の一つであり、客から発せられる言葉一つ、客が取る行動一つ見逃さず観察しているのだ。

 この国では常に他者との疑い合い、探り合いの繰り返しである。商人はたとえ常連の客であろうと簡単に心を開かないし、親しい友人でさえ道具として利用することもある。初見の客であれば、少しでも情報を得るために雑談をし始める。

 シノンはそんな店主の思惑を知っていた。互いに持っている情報を雑談の中で交換できるメリットもあることから、できるだけ自分の情報を漏らしすぎないようにしつつも適度に情報を落とし、店主の言葉一つ一つを気にかけながら雑談に応じていた。

 ルミナとユウキにはただの雑談にしか聞こえず、素っ気ない返事しか返さないシノンに笑顔で話しかける店主にも、普段は無口なシノンが雑談に応じる姿にも、二人ともがかなり違和感を感じていた。ただ、店の中では言葉を発さないようにシノンから指示を受けていたため、何かしら考えがあってのことであることは薄々察していたらしい。


「お客さん、若いのにすごいねぇ。こいつをまけてやるよ、あんたらの旅が順調であるよう願ってる」

「遠慮なくいただく。機会があればまた来るよ」

「そりゃ嬉しいなぁ。待ってますからね」


 雑談という名の情報交換を終えたシノンは、店主に渡された商品を受け取り、代金を支払ってから店を後にする。

 ルミナとユウキに遮光布で編まれた外套を頭から被せると、外套の使い方を教える。魔道具を自分の魔力で起動させる方法を既に習得している二人はシノンの説明を瞬時に理解し、暑さで重かった体がすっと軽くなったように感じた。


「わあ、すごい…! こんなに変わるんだね」

「とても楽になりました。シノンさん、ありがとうございます」

「うん。宿を探そう、明日はダンジョンに向けて出発だから、しっかりと休むように」

「わかった」

「はい!」


 店主との情報交換で得た宿のある場所を目指して、三人は歩みを進め始める。

 他国と違い物価が低いため、比較的安価な宿でもそれなりに設備と警備のしっかりとした宿を取ることができた。見張りを立てることも必要なくしっかりと睡眠がとれた三人は、翌日からの砂漠の旅へ向けて備える。


 情勢が悪化の一途を辿っていた三年前と比べると、悪化していた情勢は比較的落ち着きを見せるようになった。それでも砂漠の縄張りが姿を消すわけではなく、以前と比べると境界線が引かれ、一般人も砂漠を通過するのに比較的安全が保たれるようになった、というだけだ。

 金をかけて情報と装備を揃えて、昨日のシノンの卓越した情報交換に感嘆した店主からまけてもらった地図を頼りに砂漠を進む。

 砂と岩に覆われた砂漠は歩いても歩いても変わり映えがなく、所々にオアシスや古い建造物の遺跡が見えるものの、それらには下手に近寄れず、休憩もほとんど取れない。せめてもの救いは、水も食糧もシノンの空間魔法によって運搬されているためメンバー全員が武器や水筒以外手ぶらであることと、遮光布による温度調整のお陰で、高気温によって体力を奪われずに済んでいることだろう。

 流砂や罠、魔物の存在の感知のため最も経験が豊富なシノンを先頭に、後衛のユウキを真ん中に、二番手のルミナを後方に配置して、砂丘の頂上に沿うようにして進んでいく。三十分に一度は水分を補給し、塩気のある携帯食も口に入れるよう心掛けていた。


「ねえ、シノン、一つだけいい?」

「ん?」

「なんだか、地面が揺れている気がしない?」

「巨大な生物が立てる足音だと思う。上の階層から聞こえてるんじゃないかな」

「上の階層ですか?」

「そう、上」


 シノンの言葉を聞いたルミナとユウキは、頭に疑問符を浮かべながら、思わず空を見上げる。

 忘れてはならないのは、ここがすでにダンジョンの中であることだ。ダンジョンには階層が存在し、一般的には上層か下層へと向かう階段を見つけて進むことがダンジョン攻略への基本となる。

 ダンジョンとは不思議な空間である。原理は未だほとんど解明されておらず、狭い箱の中に広い空間が存在している。一見すると、上空には天井が存在していないかのようにも思える。実際そこには天井など存在しておらず、階段を通じて別の場所に転移しているだけなのか、あるいは、天井は存在していて、上空を投影をしているだけなのか…それさえ、現在の人類の技術では不明なのだ。


「階段は…ああ、あれか」


 呟いたシノンの視線の先には、明らかに人工物に見える岩石の祠のような建造物。

 その入り口は解放されており、外から見ると上に続いているようには見えないものの、中に入って階段を上ると、相も変わらず砂に覆われた大地が広がっていた。しかし、一点だけ下の階層と明らかに異なるものが見えた。

 見上げることでようやく全貌が見える巨大な岩のような何かが、視線の先に存在していたのだ。しかも、それはまるで生き物のように動いており、その岩のような何かが動くたび地面は共鳴するように震えていた。

 岩のような何かは距離が離れているように見えるが、もしこちら側へ向かってきた暁には、全員が太刀打ちする間もなく踏みつぶされてしまうことだろう。


「し、シノン、なに、あれ」

「岩龍。昔、ロウに話だけ聞いたことがある。砂漠には、どんな生き物も恐れを成して近寄らない巨躯を持つ龍がいるって。亀みたいな形をしているって言っていたから、たぶんあれのことじゃないかな」


 あまりにも巨大なその生物を見て怯えてしまったルミナは、シノンがいつも通り冷静である様子を見て深呼吸をする。

 シノンが岩龍と呼ぶその生物は四足歩行で巨大な亀にも見える姿をしており、背中は平らで皿のような形をしている。岩龍は鳴き声こそあげないものの、その存在感は広大な砂漠の中でも圧倒的な存在感と威圧感を持っている。


「あれは、イブナ・イシスだと思いますよ。こちらから攻撃をしなければ温厚な性格ですし、足の裏が非常に敏感で、近寄っても踏みつぶされることがないんです」

「へえ…」


 地元民に近い存在であるユウキの落ち着いたその声色に、ルミナはようやく怯える気持ちも薄れてきたようだった。イブナ・イシスのような、人間がどうやっても敵わないであろう巨大な魔物を初めて見たのだから、ルミナの反応は正常と言えるだろう。むしろ、初見のはずのシノンが一切動揺せず、いつも通り振舞っている方が異常とも言える。


「そういうことだ。ほら、行くぞ」

「はい」

「う、うん。わかった」


 イブナ・イシスの足音を全身に感じながら、三人は次の階層へ進むための階段を目指して歩みを進めるのだった。

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