二年目 食品 4
「人を集める?」
「ああ」
朝食を食べながらマードックが言った。
「昨日の骨とか皮の話?」
「そうだ」
「誰を呼ぶの?」
「肉屋と革職人。石鹸を作ってるところにも話を聞きたい。あと農家だな」
「そんなに?」
「俺だけじゃ使えないからな」
豚一頭を錬金窯で処理できることは分かった。
肉は料理になる。
骨にも使い道がある。
脂も使える。
皮も使える。
問題はマードックが、それらを必要としていないことだった。
革を作っても使わない。
肥料を作っても畑がない。
石鹸も一家で使える量には限度がある。
「必要な人に渡せばいい」
「買ってくれるの?」
「それを今から聞く」
「買ってくれなかったら?」
「別の人を探す」
ローレライはパンを食べながら夫を見る。
「あなた、商売するようになったわね」
「最初から錬金術で食っていくつもりだったぞ」
「最初は金を作って楽に暮らすつもりだったじゃない」
「忘れてくれ」
「それは無理」
その日の昼。
マードックは町の肉屋を訪ねた。
「豚を一頭欲しい」
「またか?」
「ああ」
「この前も買っただろ」
「今度は継続的に欲しい」
肉屋の主人が怪訝な顔をする。
「何するんだ?」
「錬金窯に入れる」
「帰れ」
「待て」
「豚を錬金窯に入れる客と長話したくねえよ」
「料理になる」
「もっと意味が分からん」
説明には時間がかかった。
前回の結果を見せることになった。
肉。
脂。
処理した皮。
そして料理。
「これを一回で?」
「ああ」
「誰が解体した?」
「窯」
「肉を分けたのは?」
「窯」
「料理は?」
「窯」
主人は黙った。
「便利だろ?」
「気味が悪い」
「なんでだよ」
「普通は窯が豚を解体しねえんだよ」
もっともだった。
それでも商売の話になると主人の態度が変わった。
「一頭丸ごと買うんだな?」
「ああ」
「定期的に?」
「うまくいけば」
「なら売る」
「早いな」
「商売だからな」
話は決まった。
次は革職人だった。
「この皮を?」
「使えるか?」
職人はマードックが持ってきた皮を見る。
「使えるが、処理が甘い」
「どこが?」
「ここだ」
職人が指で示す。
「こっちも厚さが違う。傷も残ってる」
「駄目か?」
「駄目とは言ってない。安くなら買う」
マードックは考えた。
「どうなってれば高く買う?」
「そこから聞くのか?」
「ああ」
職人は少し呆れながら説明した。
必要な状態。
厚み。
残してほしい部分。
取り除いてほしい部分。
マードックは全部紙へ書いた。
「次はそれで作る」
「作る?」
「窯で」
「皮を?」
「豚から」
職人はマードックを見る。
「お前、錬金術師だよな?」
「そうだ」
「最近の錬金術師はそんなことするのか?」
「俺だけだと思う」
「だろうな」
脂も同じだった。
石鹸職人へ持っていく。
「使えますね」
「このままで?」
「もう少し不純物を減らしてもらえれば助かります」
「どのくらい?」
「そうですね……」
また紙へ書く。
骨については近隣の農家へ話を持っていった。
こちらもそのまま渡せばいいわけではなかった。
砕く。
処理する。
使いやすい状態にする。
「注文が多いな」
工房へ戻ったマードックが言った。
「当たり前でしょう」
ローレライは集まった紙を見る。
「みんな仕事で使うんだから」
「使えるものを渡せばいいと思ってた」
「使えることと使いやすいことは違うのよ」
マードックは聞き覚えがあると思った。
「包丁のときも似たようなこと言ってなかったか?」
「言ったわよ」
「料理のときも?」
「言ったわね」
「なるほど」
「今ごろ?」
作れるだけでは駄目だった。
使う人が求める状態にしなければ価値は上がらない。
マードックは錬金窯の設定を変更した。
肉は部位ごと。
皮は革職人が扱いやすい状態へ。
脂は石鹸職人の希望に合わせる。
骨も後工程を減らせる状態まで処理する。
数日後。
二頭目の豚が工房へ届いた。
「また来ましたね」
ギルバードが台車を押している。
「ちょうどいい。手伝ってくれ」
「いいですよ」
「最近ずっといるわね」
ローレライが笑った。
「面白いんですよ、ここ」
ギルバードは錬金窯を見る。
「次に来たらまた何か増えてるし」
「今日は増えてないぞ」
「昨日、この箱ありました?」
「……あった」
「本当に?」
「たぶん」
「増えてるじゃないですか」
三人で豚を搬入する。
錬金窯を起動した。
しばらく待つ。
錬成終了。
今度は前回より細かく分けられた状態で出てきた。
「確認するぞ」
肉。
問題なし。
料理。
問題なし。
脂。
前よりきれいになっている。
皮。
指定された状態に近い。
骨。
こちらも処理されている。
「できたな」
翌日、それぞれを町へ持っていった。
革職人は皮を見る。
「前よりいい」
「買う?」
「買う」
石鹸職人も脂を確認した。
「これなら助かります」
「買う?」
「この品質なら」
農家にも骨から作った材料を見せた。
こちらも話がまとまった。
そして肉と料理も売れた。
工房へ戻ったマードックは帳簿を開く。
豚の仕入れ。
魔石。
香辛料。
その他の材料。
そこから売上を引く。
「……おお」
「どう?」
「利益が出た」
「前も出てたでしょう?」
「違う」
マードックは帳簿をローレライへ見せた。
「一頭から何回も金が入ってくる」
肉。
料理。
皮。
脂。
骨。
今まで捨てていたものにも買い手がいる。
「これだ」
「付加価値?」
「それもある」
マードックは帳簿を指さした。
「無駄が少ない」
同じ一頭の豚でも、使える部分を増やせば全体の価値が上がる。
高価なものを錬成する必要はない。
材料を使い切ればいい。
「もっとやれるな」
ローレライが顔を上げた。
「もっと?」
「一頭ずつじゃ少ない」
「待って」
「二頭なら?」
「待って」
「三頭」
「工房に入らないでしょう」
マードックは周囲を見る。
確かに狭い。
錬金窯そのものが大きくなった。
材料を置く場所も必要。
完成した肉を置く場所。
皮。
脂。
骨。
台車も通る。
「狭いな」
「今気付いたの?」
「広げるか」
「家まで工房にしないでよ」
「それはしない」
「絶対よ」
数日後。
マードックは肉屋、革職人、石鹸職人、農家を工房へ呼んだ。
ギルバードもいる。
「それで、何の集まりなんだ?」
肉屋の主人が聞いた。
「相談がある」
「また豚か?」
「豚だ」
「やっぱりか」
マードックは机の上へ紙を広げた。
「今は俺が豚を買ってる」
「ああ」
「ここで処理する」
「ああ」
「それを俺がみんなのところへ運んでる」
「そうだな」
「面倒だ」
全員が黙った。
「お前が始めたんだろ」
肉屋の主人が言った。
「だから改善する」
「嫌な予感がするな」
マードックは紙へ簡単な図を描いた。
「ここに豚を運ぶ」
入口。
「ここで処理する」
錬金窯。
「肉はこっち」
食品。
「皮はこっち」
革。
「脂はこっち」
石鹸。
「骨はこっち」
肥料。
それぞれ矢印でつなぐ。
「必要な人が取りに来れば、俺が運ばなくていい」
「お前が楽したいだけじゃねえか」
「みんなも楽になる」
「本当か?」
「たぶん」
「たぶんかよ」
革職人が図を見る。
「でも、ここでまとめて処理してくれるなら悪くない」
石鹸職人もうなずく。
「品質が安定するなら助かります」
農家も考えている。
肉屋の主人が腕を組んだ。
「何頭やるつもりだ?」
「まだ決めてない」
「一頭ずつじゃ、こんな場所はいらねえぞ」
「だから増やす」
「どこまで?」
マードックは工房の外を見る。
「とりあえず、入るだけ」
「一番信用できない答えだな」
ギルバードが笑った。
「食肉センターみたいですね」
「しょくにく?」
「いや、何となく言ってみただけです」
マードックは図を見る。
一人の工房で全部やる必要はない。
必要な人間が集まればいい。
それぞれが必要なものを受け取る。
錬金窯はその中心で、材料を必要な形へ分ける。
「共同で加工場を作らないか?」
全員がマードックを見る。
「俺が窯を用意する」
肉屋の主人が聞いた。
「金は?」
「出せる人?」
「そこからかよ!」
話し合いはその日の夕方まで続いた。
費用。
場所。
誰が何を持ち込むか。
誰が何を受け取るか。
品質が悪かった場合はどうするか。
最初から全部決まったわけではない。
それでも数人が参加することになった。
数か月後。
マードック錬金工房の隣に新しい建物ができた。
工房より広い。
床は汚れても洗いやすくした。
材料を運ぶ台車が通れる幅を取った。
食品を扱う場所と、それ以外を扱う場所も分けた。
中央には改良した錬金窯が置かれている。
「大きくなったな」
マードックが言った。
「去年と全然違いますね」
ギルバードが答える。
「去年は鉄を入れてた」
「今は豚ですもんね」
「来年は何を入れてるんでしょうね」
マードックは笑った。
「さあな」
「変なこと言わないで」
ローレライがセドリックを連れてやってきた。
セドリックはギルバードを見つけると手を伸ばす。
「お兄ちゃん!」
「お、言えるようになったな」
ギルバードが抱き上げた。
マードックは二人を横目に、新しい加工場を見る。
最初は自分が楽をするためだった。
魔力を節約した。
次に材料を無駄なく使おうとした。
気が付けば肉屋や職人や農家まで集まっていた。
「これ、もう俺の工房じゃないな」
「今さら?」
ローレライが言った。
「みんなで使ってるもの」
「そうだな」
マードックは少し考えた。
「なら、もっと使いやすくしないとな」
「また始まった」
ローレライが笑った。
錬金窯はもう、一人の錬金術師だけが使う道具ではなくなっていた。




