三年目 規格 1
三年目。
共同加工場は狭くなっていた。
「去年建てたばかりよね?」
「ああ」
「もう狭いの?」
「狭い」
ローレライは加工場の中を見る。
肉を置く台。
料理を入れる容器。
皮。
脂。
骨。
魔石。
道具。
それらを運ぶ台車。
人も増えた。
去年、数人で始めた加工場には、いつの間にか出入りする人間が増えている。
「広げるの?」
「その前に片付ける」
「あなたが?」
「なんで驚くんだよ」
「片付ける前に広げる人だと思ってたから」
「俺を何だと思ってる」
マードックは加工場を歩いた。
物が多い。
それ以上に、置き方が悪い。
床に箱が並んでいる。
その横にも箱。
さらに上にも箱。
「棚が欲しいな」
「買う?」
「作る」
「そう言うと思った」
木材を買ってきた。
最初に作ったのは単純な棚だった。
板。
柱。
補強材。
錬金窯へ入れる。
完成形を設定する。
「これくらいなら簡単だな」
錬成が終わった。
棚が出てきた。
「大きいですね」
ギルバードが見上げる。
「加工場で使うからな」
「どうやって出したんです?」
「ぎりぎり」
棚は錬金窯の排出口を通る最大に近い大きさだった。
「次は出ないかもしれないですね」
「入口と出口を広げるか」
「先に棚を置きましょうよ」
ギルバードと二人で棚を運ぶ。
壁際へ置いた。
箱を並べる。
「おお」
床が空いた。
「いいじゃない」
ローレライも満足そうだった。
「もう一個作る」
「必要ね」
同じ材料を用意する。
同じ設定。
同じ棚を作る。
二つ目が完成した。
横へ並べる。
「……あれ?」
ギルバードが二つの棚を見る。
「どうした?」
「高さ、違いません?」
「同じ設定だぞ」
二人で確認する。
確かに少し違う。
一つ目の棚の方がわずかに高い。
「材料かな」
木材を確認する。
最初に使った板と二回目に使った板。
厚みが少し違う。
幅も完全には同じではない。
「同じ量を入れたんだけどな」
「木ですからね」
ギルバードが言った。
「一本ずつ違いますよ」
「でも同じ棚を作りたい」
「このくらいなら使えるでしょう?」
「使える」
「じゃあいいんじゃないです?」
マードックは二つの棚を見る。
「気になる」
「出た」
後ろにいたローレライが言った。
「何が?」
「あなたの面倒なところ」
「同じものを作ったのに違うんだぞ」
「使えるんでしょう?」
「使えるけど」
「ならいいじゃない」
「よくない」
マードックは測り始めた。
高さ。
幅。
奥行き。
棚板の間隔。
一本目。
二本目。
数字を書いて比べる。
「ここが違う」
「少しだけでしょう?」
「少し違う」
「だから?」
「三個、四個と並べたらもっと気になる」
「そこ?」
「箱を積むときにも困る」
今度は棚に置いてある箱を持ってきた。
加工場ではいくつもの箱を使っている。
肉を運ぶ箱。
材料を入れる箱。
道具を入れる箱。
「これも大きさが違うな」
「作った人が違うもの」
「同じくらいの箱なのに?」
「同じくらいだからでしょう」
一つを棚へ入れる。
入った。
別の箱を入れる。
少し引っかかった。
三つ目。
今度は隙間が大きい。
「無駄だな」
「何が?」
「場所」
マードックは棚を見る。
「箱の大きさが全部同じなら、棚もそれに合わせられる」
「まあ、そうね」
「棚の幅も同じなら並べやすい」
「そうね」
「台車も箱に合わせられる」
「……また何か始まりそう」
マードックは紙を持ってきた。
箱を測る。
どれくらいの大きさが使いやすいか。
ローレライにも聞いた。
「大きすぎると持てないわよ」
「台車で運ぶ」
「全部台車で運ぶわけじゃないでしょう?」
「そうか」
「中身を入れた重さも考えて」
箱だけなら持てる。
肉を入れれば重くなる。
脂を入れても重い。
「じゃあ、このくらいか」
幅。
奥行き。
高さ。
マードックは数字を決めた。
「この大きさで箱を作る」
「何個?」
「とりあえず十個」
「十個?」
「全部入れ替える」
「今ある箱は?」
「使えるところで使う」
「捨てないならいいわ」
木材を用意した。
今度は材料の大きさが違っても、完成品の寸法を指定する。
余った部分は別に分ける。
不足する場合は錬成を止める。
「そこまでやるんですか?」
ギルバードが聞いた。
「同じものを作るんだから同じ大きさにする」
一個目。
二個目。
三個目。
完成した箱を並べる。
「揃ってる」
ギルバードが一つを持ち上げた。
次の箱を重ねる。
きれいに重なった。
三個。
四個。
「これ、いいですね」
「だろ?」
「今までの箱より片付けやすい」
「だろ?」
マードックは嬉しそうだった。
十個の箱を加工場へ持ち込んだ。
棚へ入れる。
同じ隙間。
同じ高さ。
同じ位置。
「気持ち悪いくらい揃ってるわね」
ローレライが言った。
「褒めてる?」
「一応」
使ってみると予想以上に便利だった。
どの箱でも同じ棚へ入る。
どの箱でも同じ台車へ載せられる。
空箱は重ねられる。
置く場所にも迷わない。
壊れても同じものを作ればいい。
「これだな」
「何が?」
「同じって便利だ」
マードックは紙に箱の寸法を書き残した。
その横に棚の寸法も書く。
材料。
厚さ。
形。
組み方。
必要な魔力量。
「また記録?」
「次に同じものを作るからな」
「料理のときと一緒ね」
「そうだ」
一度うまくいったものを、同じ条件で繰り返す。
食品で覚えた方法だった。
だが今回は、味ではない。
形そのものを揃える。
数日後。
肉屋の主人が加工場へ来た。
「この箱、いいな」
「だろ?」
「うちにも欲しい」
「何個?」
「二十」
「二十?」
「肉を運ぶのに使いたい」
革職人も箱を見た。
「うちにも何個か作ってくれ」
「同じのでいい?」
「いや、もう少し長いのがいい」
「どれくらい?」
「このくらい」
「このくらいじゃ分からん。測るぞ」
「面倒な奴だな」
「同じもの作れなくなるだろ」
注文が増えた。
箱。
棚。
作業台。
椅子。
道具を置く台。
加工場で使っていたものを見た人間が、自分の店にも欲しいと言い始めた。
「家具屋みたいになってきましたね」
ギルバードが言った。
「家具屋じゃない」
「棚作ってますよ」
「錬金術師だ」
「箱も」
「錬金術だ」
「椅子も頼まれてましたよね」
「錬金術だ」
「家具屋じゃないですか」
「錬金術師だ」
マードックは注文を書いた紙を見る。
問題が一つあった。
「木材が足りないな」
「買えば?」
「買う」
「じゃあ問題ないじゃない」
「今までより長い板がいる」
大きな棚。
長い作業台。
丈夫な椅子。
注文されるものが増えるほど、必要な材料も大きくなる。
加工場の錬金窯を見る。
去年、豚を入れるために大きくした。
それでも長い板を扱うには使いにくい。
「また入口を大きくするんですか?」
ギルバードが聞いた。
「入口だけじゃ駄目だ」
「というと?」
「出口もだ」
「やっぱり大きくなるんですね」
「仕方ないだろ」
「去年も聞いた気がします」
マードックは錬金窯の横へ立った。
最初は手で持てる材料だけだった。
次に豚が入った。
今度は長い木材を入れようとしている。
作るものが大きくなれば、窯も変えなければならない。
そして、もう一つ。
マードックは十個並んだ箱を見る。
同じ幅。
同じ高さ。
同じ形。
「寸法を決めておいた方がいいな」
「寸法?」
「ああ」
誰かに頼まれるたびに、その場で大きさを決めるのは面倒だった。
箱ならこの大きさ。
棚ならこの幅。
板ならこの厚さ。
よく使うものだけでも先に決めておけばいい。
「毎回考えなくて済む」
ギルバードが笑った。
「結局そこなんですね」
「大事だぞ」
マードックは新しい紙を一枚取り出した。
そこへ最初の数字を書いた。
このとき彼は、それをただの寸法表だと思っていた。
後に多くの工房で使われることになる最初の規格は、加工場の箱をきれいに積みたかったという、それだけの理由から始まった。




