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【プロット公開】【完結】等価交換したくないので錬金窯を自作してみました  作者: 若菜みかん


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11/26

三年目 規格 2

 箱の寸法を決めてから、注文はさらに増えた。


「同じ箱を十個」


「前と同じ棚を二つ」


「この台に合う大きさで」


 注文を受けるたびに、マードックは寸法表を開いた。


「この箱でいいか?」


「それで頼む」


「棚は?」


「前と同じ」


「分かった」


 以前なら、そのたびに大きさを測り直していた。


 今は違う。


 番号を決める。


 材料を用意する。


 設定を呼び出す。


 錬成する。


 それだけだった。


「楽だな」


「そこに戻るのね」


 ローレライが言った。


「大事だろ」


「まあね」


 加工場では、同じ箱がいくつも使われるようになっていた。


 肉屋も使う。


 革職人も使う。


 農家も使う。


 用途によって大きさは違うが、よく使うものは数種類に絞られている。


「これ、こっちの棚にも入りますね」


 ギルバードが箱を持ち上げた。


「同じ幅にしてるからな」


「台車にも載る」


「それも合わせた」


「便利だなあ」


「だろ?」


 マードックは満足そうだった。


 だが、誰もが喜んだわけではなかった。


 ある日の午後。


 加工場へ一人の老人がやってきた。


 白髪交じりの髪。


 厚い手。


 長年、道具を扱ってきた人間の手だった。


「マードックというのはお前か」


「そうだ」


「ルドウィックだ」


 名前には聞き覚えがあった。


 錬金術協会でも古株の錬金術師。


 特に金属と木材の加工に詳しい。


「何か用ですか?」


「これだ」


 ルドウィックは加工場に積まれた箱を指さした。


「お前が作ったのか」


「ああ」


「全部同じ寸法だな」


「その方が便利だから」


「誰が決めた」


「俺」


 ルドウィックの眉が動いた。


「お前が?」


「そうだけど」


「なぜだ」


「同じ方が使いやすい」


「それだけか」


「十分だろ」


 ルドウィックは箱を一つ持ち上げた。


 裏を見る。


 角を見る。


 板の厚みを見る。


「悪くはない」


「褒めてる?」


「褒めておらん」


「悪くないって言っただろ」


「品質の話だ」


 ルドウィックは箱を床へ戻した。


「だが気に入らん」


「何が?」


「お前が勝手に寸法を決めていることだ」


 マードックは首をかしげた。


「困る?」


「職人には職人の考えがある」


「箱にも?」


「箱にもだ」


 ルドウィックは別の箱を指さした。


「用途が違えば必要な厚みも変わる。持つ人間が違えば大きさも変わる。木材も種類によって性質が違う」


「それはそうだな」


「ならば、なぜ同じにする」


「同じで困らないところだけ同じにしてる」


 ルドウィックは黙った。


「全部同じにするつもりはない」


 マードックは寸法表を持ってくる。


「これは肉を運ぶ箱」


 次。


「これは道具用」


 次。


「これは軽い物用」


 ルドウィックが紙を見る。


「種類を分けているのか」


「ああ」


「それでも数字で決めるのか」


「数字じゃないと同じものを作れない」


 ルドウィックの表情が少し険しくなった。


「そこだ」


「何が?」


「同じものを作ることを、なぜそこまでありがたがる」


「便利だから」


「職人が作れば、その場に合ったものを作れる」


「でも人によって違うだろ」


「それが技量だ」


「じゃあ技量が低い人は?」


 空気が変わった。


 近くで作業していた人間たちも少し静かになる。


 ルドウィックがマードックを見る。


「何が言いたい」


「同じものを頼んでも、作る人によって出来が違うことがある」


「当然だ」


「困るだろ」


「だから腕を磨く」


「何年?」


「人による」


「その間は?」


「学ぶ」


「使う側は待つのか?」


 ルドウィックの眉間にしわが寄る。


「お前は職人を馬鹿にしているのか」


「してない」


 マードックは即答した。


「むしろ逆だ」


「何?」


「上手い職人が作ったものを、同じように作れたら便利だろ」


「何を言っている」


「良いものができたら、その条件を残す」


 材料。


 寸法。


 厚み。


 形。


 必要な強度。


 全部記録する。


「次から同じ条件で作ればいい」


「それでは職人の技量が必要なくなる」


「全部は無理だろ」


 マードックは近くの椅子を指さした。


「これ、座り心地悪い」


「おい」


「でも壊れない」


「そういう話ではない」


「座り心地まで数字にできるならやる」


「……」


「できないなら職人に聞く」


 ルドウィックが黙った。


 マードックは続ける。


「俺は職人をなくしたいわけじゃない」


「では何だ」


「毎回同じことで失敗したくない」


 箱が入らない。


 棚の高さが違う。


 台車に載らない。


 同じ注文なのに出来が違う。


「そういうのを減らしたい」


 ルドウィックはしばらく何も言わなかった。


「若いな」


「そう?」


「考えが浅い」


「そうか?」


「数字にできないものはいくらでもある」


「それは分かる」


「分かっていない」


 ルドウィックは加工場を出ていった。


「怒らせました?」


 ギルバードが近寄ってくる。


「たぶん」


「大丈夫ですかね」


「何が?」


「協会の偉い人なんでしょう?」


「古参らしい」


「怖くないんですか?」


「別に」


 ローレライが横から言った。


「少しは気にしなさい」


「でも間違ったこと言ったか?」


「言い方の問題よ」


「どこが?」


「全部」


「そんなに?」


 数日後。


 錬金術協会から呼び出しが来た。


「ほら」


 ローレライが紙を見せる。


「怒られたんじゃない?」


「行けば分かる」


「反省してる?」


「まだ怒られたと決まってない」


「その態度で行くの?」


「普通に行く」


 錬金術協会。


 マードックが中へ入ると、何人かの錬金術師が集まっていた。


 ルドウィックもいる。


 その隣には若い男が座っていた。


「あなたがマードックさん?」


「ああ」


「カールです」


 若い男はすぐに立ち上がった。


「例の箱、見ました」


「例の?」


「寸法を揃えたやつ」


「ああ」


「便利ですよね」


 ルドウィックが横から睨む。


「カール」


「だって便利じゃないですか」


「そういう問題ではない」


「またそれですか」


「またとは何だ」


 二人は普段から意見が合わないらしい。


 奥にいた男が手を叩いた。


「その話をするために集まってもらった」


 ブラウン。


 協会の幹部だった。


「マードック」


「はい」


「君が作っている寸法表を見せてほしい」


「いいですよ」


 紙を渡す。


 ブラウンは一枚ずつ確認した。


「材料まで書いてあるのか」


「同じ寸法でも材料が違えば強さが変わるから」


「用途も?」


「分けてる」


「使用例もある」


「使う人に聞いた」


 ブラウンはしばらく紙を見ていた。


「これは面白い」


 ルドウィックがすぐに言った。


「ブラウン」


「最後まで聞け」


 ブラウンは紙を机へ置く。


「便利だから面白いのではない」


 マードックを見る。


「誰が作っても同じになる可能性がある」


「それが狙いです」


「そこが問題でもある」


「問題?」


「同じ寸法なら同じ品質だと思われる」


 マードックは少し考えた。


「違う?」


「違う」


 ブラウンは箱を一つ持ってこさせた。


「例えば同じ寸法の箱を作る」


「ああ」


「板の厚さも同じ」


「ああ」


「形も同じ」


「ああ」


「だが材料が悪ければ?」


「壊れる」


「加工が悪ければ?」


「壊れる」


「見た目が同じでも、中身まで同じとは限らない」


 マードックは箱を見る。


「なるほど」


 ルドウィックが腕を組む。


「ようやく分かったか」


「じゃあ品質も決めればいい」


「何?」


「寸法だけじゃ足りないんだろ」


 ブラウンの目が少し細くなった。


「何を決める?」


「材料」


 紙へ書く。


「厚さ」


 書く。


「強さ」


 書く。


「壊れやすいところ」


 書く。


「どこまで違っていいか」


 そこでマードックの手が止まった。


「どこまで?」


 カールが覗き込む。


「全部ぴったり同じじゃなくても使えるでしょう」


「ああ」


「なら、許せる範囲を決めればいい」


 マードックは紙を見る。


「少しくらい違ってもいい」


「でも違いすぎたら駄目」


「そう」


 ブラウンが静かに言った。


「許容差だな」


「きょようさ?」


「決めた値から、どこまでずれてよいか」


 マードックはその言葉を書いた。


 許容差。


「それ、いいな」


「気に入った?」


 カールが笑う。


「便利そうだ」


「結局そこなんですね」


 ルドウィックはため息をついた。


 だが今度は帰らなかった。


 机の上の寸法表を見る。


「木材なら、この程度の差は出る」


「どれくらい?」


「用途による」


「じゃあ教えてくれ」


「なぜ私が」


「知ってるから」


 ルドウィックが黙る。


「俺より詳しいだろ」


「当然だ」


「なら手伝ってくれ」


「断る」


「なんで?」


「お前が気に入らん」


「そこか」


 カールが吹き出した。


 ブラウンは笑わなかった。


「ルドウィック」


「何だ」


「君の知識は必要だ」


「……」


「マードックの方法を認めろと言っているわけではない」


 ブラウンは寸法表を指さす。


「使えるかどうかを確かめたい」


 ルドウィックは長く息を吐いた。


「三日だけだ」


「十分」


「十分じゃない」


「じゃあ一週間」


「増やすな!」


 その日から、錬金術協会の一角で妙な作業が始まった。


 箱を測る。


 板を測る。


 壊す。


 また作る。


 重いものを載せる。


 落とす。


 壊れた場所を見る。


「壊れた」


 カールが言った。


「薄すぎる」


 ルドウィックが答える。


「じゃあ厚くする」


 マードックが書く。


「厚くしすぎると重い」


「じゃあどこまで?」


「それを調べているんだ!」


 三人の声が協会中に響いた。


 数週間後。


 最初の寸法表には、新しい項目が増えていた。


 寸法。


 材料。


 用途。


 許容差。


 確認方法。


 そして最後に一つ。


 品質。


 マードックは紙を見る。


「面倒になったな」


 ルドウィックが睨む。


「お前が始めたんだ」


「でも前より使いやすい」


「それは認める」


 マードックが顔を上げた。


「今なんて?」


「二度は言わん」


「認めた?」


「二度は言わん!」


 カールが笑った。


 ブラウンは完成した紙を手に取る。


「これを協会で試験的に使う」


「いいのか?」


「まだ一部だけだ」


 ブラウンはマードックを見る。


「ただし、勝手に広めるな」


「なんで?」


「確認が必要だからだ」


「使えるのに?」


「使えることと、安全に使えることは違う」


 マードックは少し黙った。


 またどこかで聞いたような言葉だった。


「分かった」


「本当に?」


 ローレライがいれば、たぶんそう言っただろう。


 寸法を揃えれば便利になる。


 それだけで始めた話だった。


 だが揃えるなら、何を揃えるのか決めなければならない。


 どこまで違っていいかも決める。


 そして、同じ形なら同じように使えると保証する必要もある。


 マードックはその紙をただの寸法表とは呼ばなくなった。


「規格か」


 ブラウンがうなずいた。


「ああ」


 箱をきれいに積むために始めた数字は、いつの間にか品質まで決め始めていた。

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