三年目 規格 2
箱の寸法を決めてから、注文はさらに増えた。
「同じ箱を十個」
「前と同じ棚を二つ」
「この台に合う大きさで」
注文を受けるたびに、マードックは寸法表を開いた。
「この箱でいいか?」
「それで頼む」
「棚は?」
「前と同じ」
「分かった」
以前なら、そのたびに大きさを測り直していた。
今は違う。
番号を決める。
材料を用意する。
設定を呼び出す。
錬成する。
それだけだった。
「楽だな」
「そこに戻るのね」
ローレライが言った。
「大事だろ」
「まあね」
加工場では、同じ箱がいくつも使われるようになっていた。
肉屋も使う。
革職人も使う。
農家も使う。
用途によって大きさは違うが、よく使うものは数種類に絞られている。
「これ、こっちの棚にも入りますね」
ギルバードが箱を持ち上げた。
「同じ幅にしてるからな」
「台車にも載る」
「それも合わせた」
「便利だなあ」
「だろ?」
マードックは満足そうだった。
だが、誰もが喜んだわけではなかった。
ある日の午後。
加工場へ一人の老人がやってきた。
白髪交じりの髪。
厚い手。
長年、道具を扱ってきた人間の手だった。
「マードックというのはお前か」
「そうだ」
「ルドウィックだ」
名前には聞き覚えがあった。
錬金術協会でも古株の錬金術師。
特に金属と木材の加工に詳しい。
「何か用ですか?」
「これだ」
ルドウィックは加工場に積まれた箱を指さした。
「お前が作ったのか」
「ああ」
「全部同じ寸法だな」
「その方が便利だから」
「誰が決めた」
「俺」
ルドウィックの眉が動いた。
「お前が?」
「そうだけど」
「なぜだ」
「同じ方が使いやすい」
「それだけか」
「十分だろ」
ルドウィックは箱を一つ持ち上げた。
裏を見る。
角を見る。
板の厚みを見る。
「悪くはない」
「褒めてる?」
「褒めておらん」
「悪くないって言っただろ」
「品質の話だ」
ルドウィックは箱を床へ戻した。
「だが気に入らん」
「何が?」
「お前が勝手に寸法を決めていることだ」
マードックは首をかしげた。
「困る?」
「職人には職人の考えがある」
「箱にも?」
「箱にもだ」
ルドウィックは別の箱を指さした。
「用途が違えば必要な厚みも変わる。持つ人間が違えば大きさも変わる。木材も種類によって性質が違う」
「それはそうだな」
「ならば、なぜ同じにする」
「同じで困らないところだけ同じにしてる」
ルドウィックは黙った。
「全部同じにするつもりはない」
マードックは寸法表を持ってくる。
「これは肉を運ぶ箱」
次。
「これは道具用」
次。
「これは軽い物用」
ルドウィックが紙を見る。
「種類を分けているのか」
「ああ」
「それでも数字で決めるのか」
「数字じゃないと同じものを作れない」
ルドウィックの表情が少し険しくなった。
「そこだ」
「何が?」
「同じものを作ることを、なぜそこまでありがたがる」
「便利だから」
「職人が作れば、その場に合ったものを作れる」
「でも人によって違うだろ」
「それが技量だ」
「じゃあ技量が低い人は?」
空気が変わった。
近くで作業していた人間たちも少し静かになる。
ルドウィックがマードックを見る。
「何が言いたい」
「同じものを頼んでも、作る人によって出来が違うことがある」
「当然だ」
「困るだろ」
「だから腕を磨く」
「何年?」
「人による」
「その間は?」
「学ぶ」
「使う側は待つのか?」
ルドウィックの眉間にしわが寄る。
「お前は職人を馬鹿にしているのか」
「してない」
マードックは即答した。
「むしろ逆だ」
「何?」
「上手い職人が作ったものを、同じように作れたら便利だろ」
「何を言っている」
「良いものができたら、その条件を残す」
材料。
寸法。
厚み。
形。
必要な強度。
全部記録する。
「次から同じ条件で作ればいい」
「それでは職人の技量が必要なくなる」
「全部は無理だろ」
マードックは近くの椅子を指さした。
「これ、座り心地悪い」
「おい」
「でも壊れない」
「そういう話ではない」
「座り心地まで数字にできるならやる」
「……」
「できないなら職人に聞く」
ルドウィックが黙った。
マードックは続ける。
「俺は職人をなくしたいわけじゃない」
「では何だ」
「毎回同じことで失敗したくない」
箱が入らない。
棚の高さが違う。
台車に載らない。
同じ注文なのに出来が違う。
「そういうのを減らしたい」
ルドウィックはしばらく何も言わなかった。
「若いな」
「そう?」
「考えが浅い」
「そうか?」
「数字にできないものはいくらでもある」
「それは分かる」
「分かっていない」
ルドウィックは加工場を出ていった。
「怒らせました?」
ギルバードが近寄ってくる。
「たぶん」
「大丈夫ですかね」
「何が?」
「協会の偉い人なんでしょう?」
「古参らしい」
「怖くないんですか?」
「別に」
ローレライが横から言った。
「少しは気にしなさい」
「でも間違ったこと言ったか?」
「言い方の問題よ」
「どこが?」
「全部」
「そんなに?」
数日後。
錬金術協会から呼び出しが来た。
「ほら」
ローレライが紙を見せる。
「怒られたんじゃない?」
「行けば分かる」
「反省してる?」
「まだ怒られたと決まってない」
「その態度で行くの?」
「普通に行く」
錬金術協会。
マードックが中へ入ると、何人かの錬金術師が集まっていた。
ルドウィックもいる。
その隣には若い男が座っていた。
「あなたがマードックさん?」
「ああ」
「カールです」
若い男はすぐに立ち上がった。
「例の箱、見ました」
「例の?」
「寸法を揃えたやつ」
「ああ」
「便利ですよね」
ルドウィックが横から睨む。
「カール」
「だって便利じゃないですか」
「そういう問題ではない」
「またそれですか」
「またとは何だ」
二人は普段から意見が合わないらしい。
奥にいた男が手を叩いた。
「その話をするために集まってもらった」
ブラウン。
協会の幹部だった。
「マードック」
「はい」
「君が作っている寸法表を見せてほしい」
「いいですよ」
紙を渡す。
ブラウンは一枚ずつ確認した。
「材料まで書いてあるのか」
「同じ寸法でも材料が違えば強さが変わるから」
「用途も?」
「分けてる」
「使用例もある」
「使う人に聞いた」
ブラウンはしばらく紙を見ていた。
「これは面白い」
ルドウィックがすぐに言った。
「ブラウン」
「最後まで聞け」
ブラウンは紙を机へ置く。
「便利だから面白いのではない」
マードックを見る。
「誰が作っても同じになる可能性がある」
「それが狙いです」
「そこが問題でもある」
「問題?」
「同じ寸法なら同じ品質だと思われる」
マードックは少し考えた。
「違う?」
「違う」
ブラウンは箱を一つ持ってこさせた。
「例えば同じ寸法の箱を作る」
「ああ」
「板の厚さも同じ」
「ああ」
「形も同じ」
「ああ」
「だが材料が悪ければ?」
「壊れる」
「加工が悪ければ?」
「壊れる」
「見た目が同じでも、中身まで同じとは限らない」
マードックは箱を見る。
「なるほど」
ルドウィックが腕を組む。
「ようやく分かったか」
「じゃあ品質も決めればいい」
「何?」
「寸法だけじゃ足りないんだろ」
ブラウンの目が少し細くなった。
「何を決める?」
「材料」
紙へ書く。
「厚さ」
書く。
「強さ」
書く。
「壊れやすいところ」
書く。
「どこまで違っていいか」
そこでマードックの手が止まった。
「どこまで?」
カールが覗き込む。
「全部ぴったり同じじゃなくても使えるでしょう」
「ああ」
「なら、許せる範囲を決めればいい」
マードックは紙を見る。
「少しくらい違ってもいい」
「でも違いすぎたら駄目」
「そう」
ブラウンが静かに言った。
「許容差だな」
「きょようさ?」
「決めた値から、どこまでずれてよいか」
マードックはその言葉を書いた。
許容差。
「それ、いいな」
「気に入った?」
カールが笑う。
「便利そうだ」
「結局そこなんですね」
ルドウィックはため息をついた。
だが今度は帰らなかった。
机の上の寸法表を見る。
「木材なら、この程度の差は出る」
「どれくらい?」
「用途による」
「じゃあ教えてくれ」
「なぜ私が」
「知ってるから」
ルドウィックが黙る。
「俺より詳しいだろ」
「当然だ」
「なら手伝ってくれ」
「断る」
「なんで?」
「お前が気に入らん」
「そこか」
カールが吹き出した。
ブラウンは笑わなかった。
「ルドウィック」
「何だ」
「君の知識は必要だ」
「……」
「マードックの方法を認めろと言っているわけではない」
ブラウンは寸法表を指さす。
「使えるかどうかを確かめたい」
ルドウィックは長く息を吐いた。
「三日だけだ」
「十分」
「十分じゃない」
「じゃあ一週間」
「増やすな!」
その日から、錬金術協会の一角で妙な作業が始まった。
箱を測る。
板を測る。
壊す。
また作る。
重いものを載せる。
落とす。
壊れた場所を見る。
「壊れた」
カールが言った。
「薄すぎる」
ルドウィックが答える。
「じゃあ厚くする」
マードックが書く。
「厚くしすぎると重い」
「じゃあどこまで?」
「それを調べているんだ!」
三人の声が協会中に響いた。
数週間後。
最初の寸法表には、新しい項目が増えていた。
寸法。
材料。
用途。
許容差。
確認方法。
そして最後に一つ。
品質。
マードックは紙を見る。
「面倒になったな」
ルドウィックが睨む。
「お前が始めたんだ」
「でも前より使いやすい」
「それは認める」
マードックが顔を上げた。
「今なんて?」
「二度は言わん」
「認めた?」
「二度は言わん!」
カールが笑った。
ブラウンは完成した紙を手に取る。
「これを協会で試験的に使う」
「いいのか?」
「まだ一部だけだ」
ブラウンはマードックを見る。
「ただし、勝手に広めるな」
「なんで?」
「確認が必要だからだ」
「使えるのに?」
「使えることと、安全に使えることは違う」
マードックは少し黙った。
またどこかで聞いたような言葉だった。
「分かった」
「本当に?」
ローレライがいれば、たぶんそう言っただろう。
寸法を揃えれば便利になる。
それだけで始めた話だった。
だが揃えるなら、何を揃えるのか決めなければならない。
どこまで違っていいかも決める。
そして、同じ形なら同じように使えると保証する必要もある。
マードックはその紙をただの寸法表とは呼ばなくなった。
「規格か」
ブラウンがうなずいた。
「ああ」
箱をきれいに積むために始めた数字は、いつの間にか品質まで決め始めていた。




