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【プロット公開】【完結】等価交換したくないので錬金窯を自作してみました  作者: 若菜みかん


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12/26

三年目 規格 3

 規格を作ってから三か月。


 マードックは困っていた。


「三号箱を三十個?」


「ああ」


 肉屋の主人が言った。


「多くない?」


「足りねえんだよ」


「この前二十個作っただろ」


「使ってる」


「壊れた?」


「違う。便利だから増やす」


「なるほど」


 マードックは注文を書いた。


 三号箱。


 三十個。


「いつまで?」


「できれば今週」


「無理」


「錬金窯ならすぐだろ」


「材料がない」


「木材なら用意する」


「じゃあできる」


 話は終わった。


 肉屋の主人が帰る。


 ローレライが帳簿を持ってやってきた。


「今の何?」


「三号箱」


「三号?」


「肉とかを運ぶ箱」


「名前を付けたの?」


「毎回寸法を言うのが面倒だから」


「また面倒だからなのね」


「三号って言えば分かる」


 実際、便利だった。


 一号箱。


 二号箱。


 三号箱。


 用途と大きさを分けた。


 棚も同じだった。


 一号棚。


 二号棚。


 作業台にもいくつか決まった寸法がある。


 最初はマードックと加工場の人間だけが使っていた呼び方だった。


 いつの間にか町の職人も使うようになっていた。


「三号箱に合う棚をくれ」


「二号を四つ積める台車が欲しい」


「一号箱だと小さいから二号にしてくれ」


 寸法を説明する必要がない。


 名前を言えば通じる。


「便利だな」


「そうね」


「もっと早くやればよかった」


「去年は豚を窯に入れるので忙しかったものね」


「そうだった」


 数日後。


 マードックは木材を買いに町へ出た。


 材木屋で必要な板を注文する。


「三号箱を三十個作りたい」


「なら、いつもの板だな」


「分かるの?」


「最近よく出るからな」


 材木屋の主人が板を出してきた。


 幅も厚みも揃っている。


「これ、切ってある?」


「ああ」


「なんで?」


「お前のところ以外でも三号箱を作る奴がいる」


「誰が?」


「何人かいるぞ」


 マードックは初めて聞いた。


「俺以外が作ってるの?」


「当たり前だろ。お前一人で町中の箱を作るつもりだったのか?」


「いや」


 考えていなかった。


「寸法が決まってるから作りやすいらしい」


「へえ」


「こっちも板の大きさをある程度揃えられる。注文のたびに切り方を変えなくて済むから楽だ」


「それはいいな」


 マードックは少し嬉しくなった。


 自分が作らなくても同じものが作られている。


 それならもっと楽になる。


 木材を受け取り、工房へ戻る途中。


「マードックさん!」


 声をかけられた。


 ギルバードだった。


 両手に箱を抱えている。


「ちょうどよかった」


「何?」


「見てください」


 箱を地面へ置く。


「三号箱です」


「そうだな」


「買いました」


「うちで?」


「違います」


「どこで?」


「向こうの木工所」


 ギルバードが指さす。


「安かったんですよ」


「へえ」


 マードックは箱を見る。


 見慣れた大きさだった。


「ちゃんと三号だな」


「加工場に持っていきましょう」


 二人で戻る。


 ギルバードは買ってきた箱を棚へ入れた。


 すっと収まった。


「おお」


 ギルバードが嬉しそうに言う。


「入った」


「当たり前だろ」


「別の店で買ったんですよ?」


「三号なんだから入る」


「でもマードックさんが作ってない」


「だから?」


 ギルバードは棚と箱を見る。


「なんかすごくないです?」


 マードックも見る。


 自分が作った棚。


 知らない職人が作った箱。


 作った人間は違う。


 それでも合う。


「……確かに」


「でしょう?」


 寸法を決めただけだった。


 だが、その数字を共有すれば、別の人間が作ったもの同士でも組み合わせられる。


「これ、面白いな」


「今さらですか?」


「俺は自分が作るときに楽だから始めたんだ」


「知ってます」


「知らない奴が作っても合うのか」


「規格だからじゃないですか?」


「そうなんだけど」


 マードックは箱を何度か出し入れした。


「便利だな」


「気に入りました?」


「ああ」


「じゃあ僕、もう一個買ってきます」


「なんで?」


「安いから」


「待て」


「何です?」


「いくらだった?」


 値段を聞く。


 マードックが作るより少し安い。


「……負けてる」


「そこ気にするんですか?」


「材料費どうなってるんだ?」


「知りませんよ」


「気になる」


 その日の夕方。


 さらに別の店から三号箱が持ち込まれた。


「これ交換してくれ」


 肉屋の主人だった。


「なんで俺に?」


「三号箱だろ?」


「俺が売ったんじゃない」


「同じだろ」


「違う」


「三号って書いてあるぞ」


 箱の側面に大きく、


 三号。


 と書かれていた。


「どこで買った?」


「市場」


「安かった?」


「安かった」


「……見せて」


 マードックは箱を受け取った。


 軽い。


「軽くない?」


「だから使いやすいと思ったんだ」


 棚へ入れる。


 入った。


 寸法は合っている。


「問題ないじゃないか」


「肉を入れてみろ」


 肉屋の主人が言った。


 加工場にあった肉を入れる。


 箱を持ち上げる。


 ぎし。


「ん?」


 底が少し曲がった。


「おい」


「まだ持ち上げるな」


 マードックが床へ戻す。


 底板を見る。


「薄い」


「三号だろ?」


「寸法は三号」


「じゃあ三号じゃねえか」


「でも板が違う」


 マードックは寸法表を持ってきた。


 確認する。


「材料も違う」


「三号じゃねえか」


「だから……」


 マードックは言葉に詰まった。


 見た目は三号箱だった。


 棚にも入る。


 外側の寸法もほぼ合っている。


 だが、肉を運ぶために決めた強さがない。


「どこで作った?」


「知らん。市場で買った」


「売った奴は?」


「知らん」


「誰が三号って書いた?」


「知らん」


「何も知らないじゃないか」


「安かったんだよ!」


「安ければいいのか!」


「お前が言うな!」


 マードックは黙った。


「……確かに」


「納得するな」


 翌日。


 問題の箱を持って錬金術協会へ行った。


「三号箱です」


 カールが箱を見る。


「普通ですね」


「持って」


 カールが持ち上げる。


「軽い」


「肉を入れると壊れそうになる」


「じゃあ駄目じゃないですか」


「でも三号って書いてある」


「書くだけなら誰でもできますよ」


「そうなんだよ」


 奥からルドウィックが出てきた。


「だから言っただろう」


「何を?」


「数字だけ揃えても意味がない」


「数字も揃ってない」


「もっと悪い!」


 ルドウィックは箱を見る。


「材料が悪い。板も薄い。組み方も雑だ」


「棚には入る」


「箱は棚に入れるためだけにあるのか?」


「違う」


「なら駄目だ」


「でも三号って売ってる」


「それが問題なんだ!」


 ブラウンも箱を確認した。


「予想より早かったな」


「予想してたの?」


「いずれ出るとは思っていた」


「言ってくれよ」


「勝手に広めるなと言ったはずだ」


「あ」


「忘れていたな?」


「……少し」


「完全に忘れてましたね」


 カールが言った。


 ブラウンは二つの三号箱を並べた。


 一つはマードックの規格どおり。


 一つは市場で売られていたもの。


 外から見ればよく似ている。


「買う側には分からない」


 ブラウンが言った。


「そうだな」


「なら、どうする?」


「中まで見る?」


「買うたびに?」


「面倒だな」


「お前はそればかりだな」


 ルドウィックが呆れる。


「でも毎回調べるのは無理だろ」


 肉屋が箱を百個使うなら、百個すべてを壊して確認するわけにはいかない。


 強さを確認するために壊してしまえば、そもそも使えない。


「作った人を信用する?」


 カールが言った。


「知らない人だったら?」


「困りますね」


 マードックは二つの箱を見る。


「じゃあ、確認したものだけ印を付けるとか」


 ブラウンがマードックを見る。


「印?」


「規格どおりに作られてるって確認できたものに印を付ける」


「誰が確認する?」


「……協会?」


「なぜ我々なんだ」


「錬金術協会だから」


「木工品までか?」


「俺も錬金術で作ってる」


「他の職人は?」


「木工所」


「では木工職人の組合も必要だな」


「面倒だな」


「だからお前が始めたんだ!」


 ルドウィックの声が響いた。


 カールが笑う。


「でも、それなら買う側は楽ですよ」


「何が?」


「印を見ればいい」


 規格に合っている。


 材料も決めたものを使っている。


 必要な強さも確認している。


 それが分かる印。


「それなら安い箱と間違えないな」


 マードックが言った。


「安い箱が悪いわけではない」


 ブラウンが訂正した。


「用途が違うだけだ」


「ああ、そうか」


 軽いものを入れるなら、薄い箱でもいい。


 問題は肉を運ぶための三号箱として売られていることだった。


「じゃあ用途も分かるようにする?」


「必要だな」


「また項目が増える」


「嫌ならやめてもいいぞ」


「それは嫌だ」


「なら書け」


 マードックは紙を出した。


 三号箱。


 寸法。


 材料。


 許容差。


 用途。


 必要な強さ。


 確認方法。


 そして、


 確認済み。


「これでいい?」


「まだ試験だ」


 ブラウンが言った。


「いきなり町中へ広げるな」


「分かった」


「本当に分かったか?」


「今回は覚えてる」


「今回は、とは何だ」


 数週間後。


 加工場へ新しい三号箱が届いた。


 マードックが作ったものではない。


 ギルバードが持ってきた。


「また別の店?」


「はい」


「大丈夫?」


「見てください」


 箱の側面に小さな印があった。


 協会と木工職人たちが試験的に始めた確認印。


「お」


 マードックが箱を持つ。


 棚へ入れる。


 収まる。


 肉を入れる。


 持ち上げる。


 問題ない。


「ちゃんとしてる」


「しかも安かったですよ」


「また負けた」


「そこなんですね」


 ギルバードが笑う。


「でも、マードックさん」


「何?」


「これ、もうマードックさんが箱を作らなくていいってことですよね?」


 マードックの動きが止まった。


 自分が寸法を決めた。


 職人と一緒に品質を決めた。


 確認する方法も作った。


 その結果。


 自分以外の人間が、同じものを作っている。


 しかも自分より安い。


「……作らなくていい?」


「はい」


「俺が?」


「はい」


 マードックは箱を見る。


 しばらく黙った。


「最高じゃないか」


「そこまで喜びます?」


「俺が作らなくても同じものが手に入るんだぞ」


 マードックは笑った。


「これが一番楽だ」


 ギルバードも笑った。


 加工場の隅では、同じ寸法の箱がきれいに積まれている。


 誰が作ったのかは、それぞれ違う。


 それでも同じ棚に入り、同じ台車に載り、同じ仕事に使えた。


 マードックはようやく気付いた。


 同じものを作るために必要なのは、同じ職人ではない。


 同じ窯でもない。


 作り方と、出来上がったものに求める条件を共有すればいい。


 自分が作らなくてもいい仕組み。


 マードックにとって、それ以上に魅力的なものはなかった。

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