三年目 規格 4
それから半年。
ロックフィールドの町を歩くと、マードックは妙なものを見るようになった。
「三号箱、十個頼むよ」
「あいよ」
市場で声が聞こえる。
振り返る。
店の前に見慣れた箱が積まれていた。
「……三号だ」
マードックが呟く。
「三号ですね」
隣を歩いていたギルバードが答えた。
「俺が作ったやつじゃない」
「もう誰もマードックさんが作ったと思ってないですよ」
「そうなの?」
「そうですよ」
少し寂しい。
だが、それ以上に楽だった。
マードックはもう箱をほとんど作っていない。
必要になれば買えばいい。
棚も同じだった。
決まった寸法のものなら、町の木工所へ頼める。
壊れたら同じ番号のものを買う。
加工場で使う台車も、箱に合わせた寸法のものが増えた。
「楽になったな」
「嬉しそうですね」
「楽するために始めたからな」
「三年かかってますけど」
「必要な努力だ」
「楽するために?」
「そうだ」
ギルバードは笑った。
二人は材木屋へ向かった。
加工場で使う新しい作業台を作るためだった。
「四号板を二十枚」
マードックが言う。
「厚い方か?」
「そう」
「なら奥だ」
材木屋の主人が迷わず歩いていく。
以前なら、
このくらいの長さ。
このくらいの幅。
このくらいの厚さ。
と説明していた。
今は番号だけで通じる。
材木屋も、よく売れる寸法の板をあらかじめ用意している。
「これでいいか?」
板を一本確認する。
「いい」
「二十枚な」
話はすぐに終わった。
「早いですね」
ギルバードが言った。
「楽だろ?」
「はいはい」
材木屋を出る。
その途中で、マードックは一軒の木工所の前で立ち止まった。
職人が椅子を作っている。
同じ形の椅子が五脚並んでいた。
「同じだ」
「椅子ですね」
「そうじゃなくて」
マードックは近寄った。
「これ、全部同じ寸法?」
職人が顔を上げる。
「ああ」
「なんで?」
「なんでって、注文がそうだからだよ」
「誰から?」
「宿屋」
職人は作業を続ける。
「二十脚欲しいって言われた」
「二十?」
「一脚ずつ形が違ったら困るだろ」
「そうだな」
「だから最初に一脚作って、寸法を決めた」
壁に紙が貼ってある。
簡単な図。
高さ。
幅。
座面。
脚の長さ。
「図まである」
「当たり前だろ」
「誰に教わった?」
「別に誰にも」
職人が怪訝な顔をする。
「最近みんなやってるぞ」
「みんな?」
「同じものを何個も作るなら、その方が楽だからな」
マードックはギルバードを見る。
「俺と同じこと言ってる」
「感染したんじゃないですか?」
「病気みたいに言うな」
さらに歩く。
別の工房では棚。
その隣では樽。
少し先では荷車の車輪。
すべてが同じ規格になったわけではない。
職人ごとの作り方も残っている。
注文に合わせた一品物も普通にある。
だが、何度も作るもの。
交換するもの。
組み合わせて使うもの。
そうした品には少しずつ決まった寸法が使われ始めていた。
「全部同じにしなくてもいいんだな」
「今さらですか?」
「最初は揃えた方が便利だと思ってた」
「違ったんです?」
「揃えた方が便利なものだけ揃えればいい」
「普通ですね」
「普通になるまでが大変なんだよ」
その日の午後。
錬金術協会へ寄った。
中ではカールとルドウィックが言い争っていた。
「だから五号でいいじゃないですか」
「薄い!」
「十分ですよ」
「お前は何を載せるつもりだ!」
「普通の道具です」
「普通とは何だ!」
「普通は普通です!」
「数字で言え!」
マードックは立ち止まった。
「ルドウィック」
「何だ!」
「数字嫌いじゃなかった?」
ルドウィックが黙った。
カールも黙った。
「……必要だから使っているだけだ」
「便利だろ?」
「調子に乗るな」
「便利なんだ」
「うるさい!」
奥でブラウンが書類を整理している。
「最近ずっとあんな感じですか?」
「ああ」
「大変ですね」
「君のせいだ」
「俺?」
「君だ」
ブラウンは書類を一枚渡した。
確認済みの製品。
試験方法。
使える材料。
製作者。
問題があった場合の記録。
「増えましたね」
「増やしたのは君たちだ」
「便利になったでしょう?」
「仕事も増えた」
「それは……」
「便利になった部分は認める」
「お」
「だが、基準を作れば終わりではない」
ブラウンは書類を指さした。
「守られているか確認する人間が必要になる」
「なるほど」
「基準を変えるなら理由も必要だ」
「なるほど」
「問題が起きたら記録する」
「なるほど」
「理解しているか?」
「だいたい」
「していないな」
ブラウンはため息をついた。
「いずれ専門に管理する者が必要になるかもしれん」
「錬金術師なのに?」
「錬金術師だからだ」
マードックは少し考えた。
錬金術師。
昔は自分の魔力と技量で物を作る人間だった。
今は違う。
窯を作る者。
窯を調整する者。
材料を調べる者。
出来たものを確認する者。
規格を考える者。
同じ錬金術でも仕事が分かれ始めている。
「面倒になったな」
「技術が広がるとはそういうことだ」
「俺は楽したかっただけなのに」
「知るか」
ブラウンは次の書類を手に取った。
加工場へ戻ると、ローレライが待っていた。
「遅かったわね」
「協会に寄ってた」
「また何かやった?」
「何もやってない」
「本当に?」
「今日は」
「今日は?」
「何でもない」
マードックは買ってきた板を見る。
「作業台を作るか」
新しい作業台は、今までより大きかった。
加工場で複数人が同時に使う。
長い材料も置けるようにする。
幅を決める。
高さを決める。
脚の位置を決める。
「これでいいな」
図を描いた。
材料を錬金窯へ運ぶ。
長い板を持ち上げる。
投入口へ入れる。
途中で止まった。
「……入らない」
ギルバードが反対側を見る。
「斜めにします?」
「やってみる」
二人で板を傾ける。
「そっち上げて」
「はい」
「もう少し」
「これ以上無理です」
「回せる?」
「壁に当たってます」
「じゃあ戻す」
二人で板を下ろした。
マードックは錬金窯を見る。
「狭い」
「またですか」
「去年より大きくしたんだけどな」
「豚を入れるために」
「そうだった」
今度は木材だった。
箱なら入る。
椅子も作れる。
小さな棚も作れる。
だが大きな家具になると、材料そのものが入らない。
「入口を広げる?」
ギルバードが聞いた。
「それだけじゃ駄目だ」
「出口も?」
「ああ」
完成した作業台を出せなければ意味がない。
「分解して作れば?」
ローレライが言った。
「それでもいい」
「じゃあ解決ね」
「でも、大きいまま作れた方が楽だ」
「また大きくする気?」
「必要なら」
「どこまで?」
マードックは長い板を見る。
家具。
棚。
机。
ベッド。
扉。
今はその程度だった。
「なあ」
「何?」
「これだけ長い木材を扱えるなら、もっと大きいものも作れるよな」
ローレライが嫌な顔をした。
「何を作るつもり?」
「まだ何も」
「その顔で言われても信用できない」
マードックは板を持ち上げる。
「例えば柱とか」
「柱?」
「梁とか」
ギルバードが首をかしげた。
「それ、家具じゃないですよね」
「そうだな」
「家ですよ」
マードックの手が止まった。
「家か」
ローレライがすぐに言った。
「やめて」
「まだ何も言ってない」
「顔に書いてある」
「作れるかな」
「言った!」
マードックは加工場の天井を見上げた。
柱。
梁。
壁。
床。
屋根。
今まで作ってきたものより、ずっと大きい。
必要な材料も増える。
運ぶ方法も考えなければならない。
今の錬金窯では足りない。
今の加工場でも足りない。
マードックは笑った。
「面白そうだな」
「私は嫌な予感しかしないわ」
ローレライの予感は、だいたい当たる。
翌年。
マードック錬金工房の周囲から、また建物が増え始めることになる。
今度は加工場を作るためではない。
家を作るための設備を作るためだった。




