二年目 食品 3
豚が来た。
「本当に連れてきたのね」
「ああ」
マードック錬金工房の前に一頭の豚がいる。
正確には処理済みの豚だった。
さすがに生きた豚をそのまま錬金窯へ入れるつもりはない。
「そこは安心したわ」
「何が?」
「生きたまま入れるとか言い出さなくて」
「そんなことするわけないだろ」
「最近のあなたなら少し心配だったのよ」
マードックは豚を乗せた台車を押した。
以前の錬金窯なら、そもそも入口を通らない。
今は違う。
投入口が大きく作り直されていた。
その分だけ蓋も重くなったため、横には滑車まで付いている。
「錬金窯ってこんな形だったっけ?」
手伝いに来たギルバードが言った。
「元はもっと小さかった」
「ですよね」
「必要だから大きくした」
「これ以上大きくならないですよね?」
「分からん」
「なるんだろうなあ」
ギルバードが笑った。
マードックは台車を投入口の前まで動かした。
「問題はここからだ」
豚一頭を料理にする。
言葉にすれば簡単だが、実際にはそんなに単純ではない。
肉だけを考えればいいわけではない。
骨がある。
脂がある。
皮もある。
食べられない部分もある。
「全部料理にするの?」
「無理だ」
「じゃあどうするんです?」
「分ける」
マードックは紙を広げた。
豚のどの部分を何にするか。
肉は部位ごとに分ける。
料理に向くものはそのまま調理。
保存した方がいいものは別にする。
骨や皮などは排出する。
「こんな細かいことまで錬金窯にやらせるんですか?」
「俺がやるより楽だろ」
「作る方が大変じゃないです?」
「一回作れば次から楽になる」
「なるほど」
「納得しないで」
ローレライが横から言った。
「この人、その考えで一年中錬金窯をいじってたのよ」
「でも便利になったんですよね?」
「便利にはなったわ」
「じゃあいいじゃないですか」
「ギルバード君までそっち側に行かないで」
三人で準備を進めた。
今回作るのは煮込み料理。
すべての肉を一度に料理するわけではない。
一部を調理し、残りは部位ごとに分けて出す。
最初から欲張ると失敗する。
マードックも一年間の改造で少しは学んでいた。
「始めるぞ」
豚を台車ごと投入口の前へ運ぶ。
ギルバードと二人で中へ入れた。
蓋を閉じる。
魔石を確認する。
今回は普段より多い。
「やっぱり魔力を使うのね」
「量が多いからな」
「等価交換?」
「等価交換」
マードックは錬金窯を起動した。
複数の魔石が光る。
魔力調整器を通り、安定した魔力が窯へ流れ込む。
いつもの錬成より長い。
「まだですか?」
「もう少し」
「いい匂いしてきましたよ」
ギルバードが鼻を動かした。
確かに料理の匂いがする。
「成功したか?」
マードックは術式を見る。
まだ錬成は終わっていない。
しばらく待つ。
やがて術式の光が消えた。
「終わった」
三人が錬金窯を見る。
「開けるぞ」
マードックが蓋を開けた。
湯気が上がる。
「おお」
ギルバードが声を上げた。
中には大きな容器が並んでいた。
煮込み料理。
部位ごとに分けられた肉。
脂。
骨。
皮。
その他。
「できてる」
マードックは最初に料理を確認した。
見た目は悪くない。
匂いもいい。
「食べる?」
ローレライが聞いた。
「もちろん」
三人で少量ずつ試食する。
マードック。
ローレライ。
ギルバード。
「うまい」
「おいしいですね」
「前よりちゃんと料理になってるわね」
「成功だ」
マードックは笑った。
豚を入れた。
料理が出てきた。
それだけ聞けば馬鹿みたいな話だったが、本当にできてしまった。
「すごいですよ、これ」
ギルバードが錬金窯を見る。
「肉屋で肉を買って料理するところまで一気にできるってことですよね?」
「ああ」
「売れそうですね」
「だろ?」
「でも」
ローレライが大量の容器を見る。
「これ、どうするの?」
「売る」
「今日中に?」
「……」
マードックは煮込み料理を見る。
一家三人で食べられる量ではない。
ギルバードの家へ分けても余る。
「保存は?」
「考えてある」
「全部?」
「……ある程度は」
「全部じゃないのね」
豚一頭という量を甘く見ていた。
作ることはできた。
問題は作った後だった。
料理は放っておけば傷む。
肉も保存が必要になる。
さらに骨。
脂。
皮。
これらも大量に出ている。
「これ、捨てるんですか?」
ギルバードが骨を見ながら聞いた。
「今のところは」
「もったいなくないです?」
マードックの動きが止まった。
「……今なんて言った?」
「もったいないって」
マードックは骨を見る。
脂を見る。
皮を見る。
もう一度骨を見る。
「そうだよな」
「何?」
ローレライが嫌な予感を覚えた。
「これも材料だ」
「材料?」
「骨も脂も皮も、元は豚だろ」
「そうね」
「代価として入れた」
「入れたわね」
「なのに捨てる」
マードックの顔が険しくなった。
「もったいない」
「そこ?」
「使えるものを捨てるのは無駄だ」
マードックは紙を持ってきた。
骨。
脂。
皮。
それぞれ書き出す。
「何に使える?」
「皮は革になるんじゃないですか?」
ギルバードが言った。
「革」
マードックが書く。
「脂は?」
「料理にも使うけど」
ローレライが考える。
「石鹸にも使えるわね」
「石鹸」
書く。
「骨は?」
「知らない」
「僕も」
三人で骨を見る。
「調べるか」
数日後。
マードックは町を歩き回っていた。
肉屋。
革職人。
石鹸職人。
農家。
話を聞いて回る。
骨も砕いて処理すれば肥料などに使える。
脂にも用途がある。
皮は当然、革になる。
食肉として価値の低い部分にも使い道があった。
「全部使えるじゃないか」
工房へ戻ったマードックは嬉しそうだった。
「また始まった」
ローレライが言った。
「何が?」
「その顔」
「今度は捨てるものを減らせる」
「どうするの?」
「分けるところまではもうできてる」
マードックは錬金窯を指さした。
「だったら出す先を変えればいい」
肉は食品。
骨は肥料の材料。
脂は石鹸の材料。
皮は革の材料。
一頭の豚を、それぞれ必要な形へ分ける。
「全部使ってるんだから無駄がない」
その夜。
『おい』
マードックは目を開けた。
「久しぶりですね」
『久しぶりですね、ではない』
白い空間。
目の前にはエルド。
「今日は何です?」
『お前、豚を入れたな』
「入れました」
『錬金窯に』
「はい」
『一頭』
「はい」
エルドはしばらく黙った。
『何をしておるんだ、お前は』
「料理です」
『料理?』
「肉は料理。骨は肥料。脂は石鹸。皮は革にします」
『待て』
「全部使います」
『そういう問題ではない』
「全部使ってるんだから等価交換でしょう?」
『そういう意味ではない!』
「何が駄目なんです?」
『錬金術とはだな』
「素材を入れて魔力を払って別のものを作る」
『そうだ』
「やってますよ」
『……』
「何も増やしてません」
『……』
「捨ててたものまで使ってるだけです」
エルドは額を押さえた。
『お前と話していると、等価交換とは何だったのか分からなくなってくる』
「俺も最近、便利な仕組みだと思い始めました」
『褒めておらん!』
翌朝。
マードックは工房へ向かった。
昨日の骨、脂、皮が並んでいる。
料理を作るだけでは足りない。
これらを全部使える形にしたい。
問題は一つだった。
「俺だけじゃ使い切れないな」
革を作ってもマードックは革職人ではない。
石鹸を大量に作っても売る場所がない。
肥料を作っても畑を持っていない。
料理だって豚一頭分となれば一家では食べ切れない。
一人で全部やるのは無理だった。
マードックは町の方を見る。
「……人を呼ぶか」
錬金窯を作り始めてから、マードックは初めて自分の工房の外へ目を向けた。




