一年目 魔力効率化 4
魔石代をもっと下げられないか。
マードックは次にそこへ手を付けた。
質のいい魔石は高い。
ならば安い魔石を使えばいい。
最初に試したのは単純な方法だった。
いつも使っている魔石を、半額ほどで買える低品質なものへ交換する。
「これで同じように動けば安くなる」
「動くの?」
「動かしてみれば分かる」
ローレライは少し離れた。
「なんで離れる?」
「前に魔石を割った人がいるから」
「あれは回収するときの話だ」
「今回は絶対に割れない?」
「絶対とは言ってない」
ローレライはもう一歩離れた。
マードックは錬金窯を起動した。
低品質な魔石から魔力が流れ始める。
すぐに問題が起きた。
「安定しないな」
供給される魔力量が一定ではない。
増えたり減ったりを繰り返している。
これでは錬成条件まで不安定になる。
マードックは途中から自分の魔力を加え、何とか錬成を終わらせた。
「駄目?」
「このままじゃな」
マードックは魔石を取り外した。
安いものには安い理由がある。
だが、使えないわけではない。
「一個で駄目なら何個か使うか」
「高くならない?」
「安いから大丈夫だ」
翌日、錬金窯の横に魔石を入れる箱が三つ並んだ。
三個の魔石から同時に魔力を取り出す。
一つの出力が下がれば他から補う。
それぞれから流れる魔力を調整器へ送り、まとめてから窯へ供給する。
マードックは錬金窯を起動した。
「お」
三つの魔石が光る。
調整器を通った魔力が窯へ入っていく。
昨日より安定している。
「いけそう?」
「ああ」
錬成が終わる。
鉄を取り出して確認する。
問題はない。
「できた」
「安くなった?」
「計算してみる」
マードックは帳簿を開いた。
三個の魔石の価格。
使用した量。
回収できた魔力。
以前の方法と比較する。
「……少し安い」
「少し?」
「少しだ」
「三個も付けたのに?」
「三個付けたから安定したんだよ」
確かに安くはなった。
だが、期待したほどではない。
マードックはさらに試した。
四個にする。
五個にする。
種類の違う魔石を混ぜる。
供給する順番を変える。
錬成開始時だけ質のいい魔石を使い、安定したら低品質な魔石へ切り替える。
余剰魔力の回収量も増やした。
調整器も作り直した。
効果はあった。
魔石代は少しずつ下がった。
だが最初に魔石を接続したときほど大きくは変わらない。
一割。
そこからさらに少し。
また少し。
改善するたびに次の改善幅が小さくなっていく。
「これを変えたら?」
ローレライが術式板の一部を指した。
「そこはもう変えた」
「じゃあこっち」
「それも試した」
「これは?」
「昨日やった」
「……もうないじゃない」
「そうなんだよな」
マードックは錬金窯の前に座った。
最初に買ったときとはずいぶん姿が変わっている。
魔石を接続する箱。
魔力調整器。
複数の魔石をまとめる術式。
余った魔力を集める蓄魔器。
回収した魔力を戻す仕組み。
自分の魔力を直接流すこともできる。
魔石だけで補うこともできる。
両方を組み合わせることもできる。
同じ鉄を作るために必要な魔力は変わらない。
変わったのは、その使い方だった。
「この辺が限界か」
「珍しいわね」
「何が?」
「あなたが諦めるなんて」
「諦めるわけじゃない」
マードックは窯を見る。
「これ以上やっても割に合わない」
新しい部品を作るにも金がかかる。
術式を追加すれば管理する場所も増える。
複雑になれば故障する場所も増える。
わずかな魔力を節約するために、それ以上の金と時間を使えば意味がない。
「魔力をこれ以上効率よく使うのは難しそうだ」
「じゃあ完成?」
「一応な」
ローレライは錬金窯を眺めた。
「最初よりずいぶん大きくなったわね」
「必要なものを付けたらこうなった」
「買ったときはもっとすっきりしてたのに」
「性能は今の方がいい」
「掃除は前の方が楽だったわ」
「……そこは考えてなかった」
「考えて」
マードックは錬金窯の周りを見る。
確かに隙間が増えている。
管もある。
箱もある。
掃除しにくそうだった。
「次に作るならまとめるか」
「次も作るの?」
「今すぐじゃない」
「今すぐじゃないのね」
ローレライはその言葉を信用しなかった。
その日の夜。
マードックは帳簿を開いていた。
一年近く錬金術師をやってきた。
最初の頃と比べれば仕事はかなり楽になった。
同じ量を錬成しても疲れにくい。
一日にできる仕事も増えた。
魔石代も抑えられている。
悪くない。
だが、帳簿の数字は思ったほど増えていなかった。
「何見てるの?」
セドリックを寝かせたローレライがやってきた。
「今年の帳簿」
「赤字?」
「いや、黒字だ」
「ならいいじゃない」
「もう少し儲かると思ってた」
「最初に金を作ろうとしてたものね」
「それは忘れてくれ」
「忘れないわよ」
マードックは帳簿へ視線を戻した。
鉄を精製する。
銅を精製する。
頼まれた素材を作る。
仕事を増やせば収入も増える。
だが、一日にできる仕事には限界がある。
魔力の問題だけではない。
素材を運ぶ。
窯へ入れる。
錬成を待つ。
完成したものを取り出す。
客へ渡す。
全部に時間がかかる。
「魔力だけ減らしても駄目か」
「何が?」
「一回の仕事で入ってくる金は変わらない」
「同じものを作ってるんだから当然じゃない?」
「そうなんだよ」
マードックは鉄の精製に使った材料費と売値を見る。
次に銅。
銀。
どれも似たようなものだった。
材料には値段がある。
加工すれば価値は上がる。
だが素材として売っている限り、大きな差にはならない。
「安く作るのは限界がある」
「そうね」
「だったら高く売るしかない」
ローレライが嫌そうな顔をした。
「また金を作るの?」
「違う」
「宝石?」
「それもやらない」
マードックは一年前の失敗を覚えている。
高価なものを作ろうとすれば、それだけの代価を要求される。
金には金なりの代価が必要だった。
宝石も同じだった。
ならば最初から高価な素材を作る必要はない。
「同じ材料でも作るものによって値段が違うよな」
「まあ、そうね」
「鉄の塊と包丁なら?」
「包丁の方が高いでしょうね」
「木材と椅子なら?」
「椅子」
「小麦とパン」
「パンね」
マードックは帳簿へ書き始めた。
材料。
加工。
完成品。
売値。
「何してるの?」
「考えてる」
「何を?」
「材料を売るのをやめる」
ローレライは帳簿を見る。
「じゃあ何を売るの?」
「完成品」
今までのマードックは錬金術で素材を作ることばかり考えていた。
鉄を精製する。
銅を精製する。
銀を作る。
もっと高価な素材を作る。
だが、価値を上げる方法はそれだけではない。
同じ材料でも手を加えれば価値は変わる。
「安い材料に価値を足せばいい」
「簡単に言うけど、何を作るの?」
「それをこれから考える」
「まだ考えてないのね」
「方向は決まった」
マードックは帳簿に大きく文字を書いた。
付加価値。
「次はこれだ」
「付加価値?」
「ああ」
魔力を節約する方法は一年かけてずいぶん分かった。
次に考えるべきなのは、何を作るか。
高価な素材ではない。
同じ材料から、もっと価値のあるものを作る。
マードックはまだ知らなかった。
その考えが翌年、自分の工房へ一頭の豚を連れてくることになるとは。




