一年目 魔力効率化 3
魔石を接続できるようになってから、マードックの仕事はずいぶん楽になった。
朝一番に鉄を精製する。
続けて銅。
昼までにもう一度鉄。
昼食を挟んで午後から二回。
一日に五回。
以前なら三回も錬成すれば魔力を使い切っていた。
今では仕事を終えても余裕がある。
「これはいい」
マードックは満足していた。
錬成できる回数が増えた。
疲れも減った。
仕事を終えてからセドリックを抱く余裕もある。
冒険者だった頃とは大違いだった。
数日後。
マードックは帳簿を開いた。
「……高いな」
魔石代が増えていた。
当然だった。
自分の代わりに魔石へ働かせているのだから、その分だけ魔石を消費する。
仕事の回数が増えれば消費量も増える。
「また?」
ローレライが帳簿を覗き込んだ。
「まただ」
「今度は何が高いの?」
「魔石」
「使ってるもの」
「分かってる」
「じゃあ仕方ないんじゃない?」
「仕方ないで終わらせたら改善できないだろ」
「改善するの?」
「する」
マードックは帳簿を持って工房へ向かった。
ローレライもついてくる。
「今度は壊さないでね」
「壊してない」
「一回ばらばらになってたけど」
「あれは分解だ」
「同じじゃない?」
「元に戻れば分解だ」
「戻らなかったら?」
「破壊だな」
ローレライは納得しなかった。
マードックは錬金窯の横に置かれた魔石を見る。
問題は単純だった。
魔石を使いすぎている。
ならば使用量を減らせばいい。
マードックは錬成中の魔力の流れを調べることにした。
鉄鉱石を入れる。
魔石を接続する。
術式を起動する。
魔力が窯へ流れ始めた。
マードックは自分の魔力を少量だけ流し、内部の状態を探る。
「多いな」
「何が?」
「最初に入りすぎてる」
錬成が始まった直後は大量の魔力が流れ込んでいる。
しばらくすると必要量が減る。
それでも魔石からの供給量はほとんど変わらない。
最後はさらに少なくていい。
「ずっと同じ量を入れてたのか」
「駄目なの?」
「必要ない」
マードックは紙を取り出した。
錬成開始。
安定。
終了直前。
三つに分けて必要な魔力量を書き込む。
「最初だけ多くして、途中から減らせばいい」
「そんなことできるの?」
「俺がやればできる」
「あなたがやるの?」
「……それだと意味がないな」
楽をするために改造しているのに、錬成中ずっと横で調整する仕事が増えてしまう。
マードックは腕を組んだ。
「窯にやらせよう」
「どうやって?」
「考える」
そこから数日間、工房の机は紙で埋まった。
魔力の流量を変える術式。
錬成の進み具合を判断する術式。
一定量を超えたら魔力を絞る仕組み。
マードックは魔導師時代に覚えた魔力制御を一つずつ術式へ置き換えていった。
失敗もした。
魔力を絞りすぎて錬成が止まった。
逆に増やしすぎて素材を駄目にした。
術式が焼けて交換することもあった。
ローレライが工房へ来るたび、窯の横に新しい部品が増えている。
「大きくなってない?」
「少し」
「最初こんなの付いてなかったわよね?」
「必要になった」
「こっちの箱は?」
「魔力調整器」
「その横は?」
「制御用の術式板」
「これは?」
「触るな」
「触らないわよ」
さらに数日後。
改良した窯で鉄を精製した。
品質に問題はない。
使った魔石を確認する。
「減った」
マードックは前回の記録と比較した。
もう一度試す。
同じ結果だった。
「よし」
魔石の消費量が目に見えて減っている。
必要なときだけ必要な量を供給する。
それだけで無駄はかなり減った。
「これなら魔石代も下がる」
「やっと完成?」
「いや」
マードックは錬金窯を見る。
「まだ無駄がある」
「あるの?」
「錬成が終わる直前だ」
必要な魔力量を減らしても、完全にゼロにはできない。
術式の内部にも魔力が残る。
錬成が終われば、その魔力は少しずつ散って消えていく。
今までは気にしたこともなかった。
わずかな量だからだ。
だが一日に何度も錬成するなら話は変わる。
「これ、もったいないな」
ローレライは嫌な予感がした。
「まさか、それも使うの?」
「使えるなら」
「どうやって?」
「戻せばいい」
「どこに?」
マードックは魔石を指さした。
「ここ」
「魔石に戻せるの?」
「分からない」
「分からないの?」
「だから試す」
また錬金窯の横に部品が増えた。
今度は魔力を送り込むためではない。
逆だった。
窯に残った魔力を集め、外へ戻す。
最初の実験ではほとんど回収できなかった。
二回目も失敗。
三回目で魔石が割れた。
「危ないじゃない!」
「今のは予想外だった」
「そういうのを危ないって言うのよ!」
割れた魔石を片付けながらマードックは考える。
空になった魔石へ魔力を押し込めばいいと思っていた。
だが魔石にも受け入れられる量と速さがある。
「入れる方にも調整が必要か」
「先に気付いて」
「今気付いた」
回収した魔力を一度別の場所へ貯める。
そこから少しずつ魔石へ戻す。
マードックは小さな蓄魔器を追加した。
錬金窯はさらに大きくなった。
そして十日後。
錬成が終わる。
余った魔力が回収される。
蓄魔器へ移動する。
そこから魔石へ少しずつ戻っていく。
マードックはしばらく待った。
「……入ってる」
魔石を確認する。
量は少ない。
錬成に使った魔力が全部戻ってくるわけではない。
それでも今まで捨てていた魔力の一部が残った。
「できた」
ローレライも魔石を見る。
「それだけ?」
「それだけって言うな」
「少ししか戻ってないじゃない」
「一回ならな」
マードックは錬金窯を叩いた。
「百回なら?」
「百回?」
「千回なら?」
ローレライは少し考えた。
「結構な量になる?」
「なる」
「でも千回も働くの?」
「……」
「楽をしたいんじゃなかった?」
「一回の仕事は楽になってる」
「前にも聞いたわ、それ」
マードックはまた聞こえなかったことにした。
その夜。
『おい』
聞き覚えのある声がした。
マードックは目を開ける。
また白い空間だった。
目の前にエルドが立っている。
「こんばんは」
『何が、こんばんは、だ』
「今日は何ですか?」
『お前、魔力を戻したな』
「余ってたので」
『余っていたから?』
「捨てるのはもったいないでしょう」
『代価として差し出した魔力だぞ』
「使わなかった分です」
『一度差し出しただろう』
「でも使ってないですよね?」
『そういう問題ではない』
「じゃあ使ってない魔力は誰のものなんですか?」
『……』
「俺のですよね?」
『……』
「なら持って帰ってもいいでしょう」
エルドは額を押さえた。
『お前は等価交換を何だと思っておる』
「ちゃんと必要な分は払ってますよ」
『そういうところだ!』
「足りないなら錬成できないんでしょう?」
『できん』
「できてますよね?」
『できておる』
「なら足りてます」
『……』
しばらく沈黙が続いた。
エルドは大きく息を吐いた。
『屁理屈をこねおって』
「二回目ですね、それ」
『誰のせいだと思っておる!』
翌朝。
マードックは目を覚ました。
横ではセドリックが泣いていた。
「おっと」
抱き上げる。
少しあやすと泣き声が小さくなった。
マードックは眠そうな顔で息子を見る。
「父さんな、神様に怒られたぞ」
セドリックは何も答えない。
「でも間違ってないと思うんだよな」
セドリックが小さな手を伸ばした。
「お前もそう思うか」
「何を赤ちゃんに同意させようとしてるの?」
後ろからローレライの声がした。
「起きてたのか」
「セドリックが泣いたら起きるわよ」
ローレライはセドリックを受け取った。
「それで、今日は何するの?」
「仕事」
「窯はいじらない?」
マードックは少し考えた。
「今日はな」
「今日は?」
「もっと安い魔石が使えないか試したい」
「やっぱりいじるのね」
魔力を節約するために始めた改造だった。
その錬金窯はいつの間にか、買ったときとはまるで違う姿になっていた。
そしてマードックはまだ満足していなかった。




