一年目 魔力効率化 2
錬金窯を分解して三日が経った。
「直せるの?」
「直せる」
「本当に?」
「たぶん」
「今たぶんって言った?」
工房の床には錬金窯だったものが広がっていた。
外装。
魔力を流すための術式板。
錬成室を囲む金属板。
魔力を内部へ導くための部品。
その中央でマードックは腕を組んでいる。
「思ったより単純だな」
「私には元に戻せるようには見えないけど」
「大丈夫だ。全部覚えてる」
「図面は?」
「ない」
「描きながら分解しなさいよ」
もっともだった。
マードックは床に並べた部品を見る。
「次からそうする」
「次も分解するの?」
「必要なら」
ローレライはため息をついて家へ戻っていった。
マードックは作業を再開する。
錬金窯の仕組みそのものは理解できた。
問題はやはり魔力だった。
素材を入れる。
術式を起動する。
術者が魔力を流す。
錬成が始まる。
必要な魔力量に達すると錬成が完了する。
「なんで俺が全部出すんだ?」
そこが気に入らない。
魔導師だった頃も同じだった。
魔法を使えば自分の魔力が減る。
使いすぎれば動けなくなる。
当然のこととして受け入れてきた。
だが、錬金術は戦闘ではない。
敵が待ってくれるわけではない戦場なら、自分の魔力を一気に使う意味はある。
工房に置かれた錬金窯には逃げる足もなければ、襲ってくる牙もない。
急ぐ必要がない。
「別に俺じゃなくてもいいだろ」
マードックは棚から小さな魔石を取り出した。
魔力を蓄えた石だ。
魔導具の動力などに使われている。
珍しいものではない。
錬金術でも補助的に使われることはある。
マードックは魔石を術式板の横へ置いた。
「ここから入れて……」
術式を紙に写す。
錬金窯の魔力経路は、術者から魔力を受け取ることを前提に作られている。
ならば入口を増やせばいい。
自分から入れる魔力。
魔石から入れる魔力。
二つを同じ経路へ流す。
「いけそうだな」
問題は量だった。
魔力は多ければいいわけではない。
錬成中に供給量が大きく変われば錬成そのものが不安定になる。
魔石を直接つなげば、どれだけ流れ込むか分からない。
「じゃあ絞ればいい」
マードックは魔力の流れを制限する術式を追加した。
魔導師時代に使っていた考え方だった。
大きな魔法を使うときも、一気に魔力を流せばいいとは限らない。
必要な量を必要な速さで流す。
それを錬金窯にやらせる。
三日後。
錬金窯は元の形に戻った。
正確には少し違っていた。
側面から一本の管が伸び、その先に魔石を固定する箱が取り付けられている。
「……格好悪いわね」
完成した窯を見たローレライの第一声だった。
「性能には関係ない」
「もう少し何とかならなかったの?」
「試作品に見た目を求めるな」
「試作品なの?」
「成功したら完成品になる」
「失敗したら?」
「試作品だったことになる」
「便利な言葉ね」
マードックは鉄鉱石を窯へ入れた。
いつもなら術式へ手を当てる。
今回は違う。
側面の箱へ魔石を入れた。
「始めるぞ」
術式を起動する。
魔石が淡く光った。
魔力が管を通り、窯へ流れ込んでいく。
内部の術式が光り始めた。
「おお」
「動いた?」
「動いた」
マードックは術式へ手を当てた。
自分の魔力も少し流す。
魔石から供給される分を感じながら量を調整した。
「……軽いな」
「何が?」
「いつもの半分も使ってない」
錬成は続いている。
それなのに身体がほとんど疲れない。
魔石から一定量の魔力が供給され続けているからだ。
しばらくすると術式の光が消えた。
マードックは窯を開ける。
中には精製された鉄があった。
「できてる」
ローレライも覗き込む。
「いつもの鉄と違う?」
「いや」
マードックは鉄を取り出して確認した。
見た限りでは問題ない。
重さを量る。
変わらない。
簡単な品質確認も行った。
「同じだ」
「じゃあ成功?」
「ああ」
マードックは自分の手を見る。
ほとんど疲れていない。
同じ素材。
同じ錬成物。
違うのは自分が支払った魔力の量だけだった。
「これだよ」
「何が?」
「俺がやりたかったのはこれだ」
マードックは魔石を取り出した。
もちろん魔石はただではない。
使えば内部の魔力も減る。
何もないところから魔力が生まれたわけではなかった。
それでも意味はある。
今までは術者一人の魔力量が、そのまま一日にできる仕事の限界だった。
魔石を併用できれば、その限界を変えられる。
何より疲れない。
「これなら一日に何回も使える」
「働く回数を増やすの?」
「そうだ」
「楽をしたかったんじゃなかった?」
「一回の仕事が楽になる」
「仕事は増えるのよね?」
「……」
「増えるのね?」
マードックは聞こえなかったことにした。
その日の夜。
マードックは眠っていた。
『おい』
「……」
『おい、起きろ』
「うるさいな……」
『起きろと言っておる!』
目を開ける。
知らない場所だった。
上下も左右も分からない白い空間。
目の前には見知らぬ老人が立っている。
「誰だ?」
『エルド』
「知らないな」
『神だ』
「神?」
『そうだ』
マードックは少し考えた。
「何か用ですか?」
『お前、今日何をした』
「鉄を作りました」
『その前だ』
「錬金窯を改造しました」
『なぜ魔石がつながっておる』
「魔力を入れるためです」
『錬金術とは術者が素材と魔力を代価として錬成を行うものだ』
「払ってますよ」
『何?』
「魔力」
マードックは答えた。
「魔石から」
『お前の魔力ではないだろう』
「でも魔力ですよね?」
『……』
「素材と魔力が代価なんでしょう?」
『そうだ』
「素材は入れました」
『入れたな』
「魔力も入れました」
『入れたが』
「じゃあ等価交換してますよ」
エルドは黙った。
マードックは少し不安になった。
「駄目なんですか?」
『……規則には、術者本人の魔力でなければならないとは書いておらん』
「じゃあ問題ないですね」
『そういう話ではない』
「でもちゃんと払ってますよ。俺が直接払ってないだけです」
エルドの眉間にしわが寄った。
『屁理屈をこねおって』
「規則どおりです」
『それを屁理屈と言うのだ!』
翌朝。
マードックは目を覚ました。
隣ではローレライが眠っている。
セドリックも小さな寝息を立てていた。
「……夢か」
妙な夢だった。
マードックは起き上がる。
工房へ向かい、昨日改造した錬金窯を見る。
魔石を固定する箱には何の異常もない。
「規則どおりなんだけどな」
マードックはつぶやいた。
その日から彼は、魔石を使った錬金窯の改良を本格的に始めた。




