一年目 魔力効率化 1
マードック錬金工房。
そう書かれた真新しい看板を入口に掛けてから三か月が経った。
工房の中央には大きな錬金窯が置かれている。
石と金属で作られた円筒形の窯で、上部には素材を入れるための蓋がある。側面には魔力を流し込むための術式が刻まれていた。
マードックは窯の前に立ち、深く息を吸った。
「よし」
窯の中には鉄鉱石が入っている。
術式へ手を当てて魔力を流す。
淡い光が刻まれた線に沿って広がり、窯の内部から低い音が聞こえてきた。
しばらくすると光が消える。
マードックは蓋を開けた。
「できた」
中にあるのは精製された鉄だった。
不純物の多かった鉱石とは見た目から違う。
取り出した鉄を眺めていると、後ろからローレライが覗き込んだ。
「成功?」
「成功だな」
「ずいぶん嬉しそうね」
「そりゃ嬉しいさ。三か月前まで錬金術師ですらなかったんだぞ」
「三か月前から錬金術師って名乗ってなかった?」
「看板を出した日から錬金術師だ」
「そういうものなの?」
「たぶん」
ローレライは少し怪しいものを見る顔をした。
それでも仕事にはなっていた。
鉄の精製。
銅の精製。
簡単な合金。
壊れた金属製品の材料への再加工。
まだ一人前とは言えないが、基礎的な錬成なら安定して成功するようになっている。
特に魔力制御では苦労しなかった。
長く魔導師をしていた経験がそのまま使えたからだ。
錬金術師になった判断は間違っていなかった。
少なくともマードックはそう思っていた。
ある日までは。
「金を作ろう」
昼食の席でマードックが言った。
ローレライはスープを飲む手を止めた。
「急にどうしたの?」
「気付いたんだよ」
「何に?」
「鉄を作るより金を作った方が儲かる」
「……そうなの?」
「鉄より金の方が高いだろ」
「それはそうね」
「同じ錬金術を使うなら高いものを作った方がいい」
完璧な理屈に思えた。
少なくともマードックには。
翌日から実験が始まった。
まず銀。
成功した。
次に純度の高い銀。
これも成功。
その次は金。
必要な素材を集め、錬成条件を調べる。
鉄とは比べものにならない量の魔力を要求されたが、それでもマードックなら扱えた。
窯の術式が光る。
額から汗が流れた。
「まだか……」
魔力を送り続ける。
冒険者時代でも、ここまで長時間一定量の魔力を出し続けることは少なかった。
ようやく術式の光が消えた。
マードックはその場に座り込む。
「できた……」
窯の中には小さな金塊があった。
手に取る。
重い。
間違いなく金だった。
「ローレライ!」
家からローレライがやってくる。
「どうしたの?」
「見ろ」
マードックは金塊を見せた。
「金?」
「金だ」
「作ったの?」
「作った」
「すごいじゃない」
「だろ?」
これならいける。
鉄や銅を細々と精製するより効率がいい。
もっと条件を詰めれば量も増やせるかもしれない。
宝石も試したい。
希少金属もいい。
錬金術師になって三か月。
早くも楽に稼ぐ方法を見つけてしまった。
マードックは上機嫌で帳簿を開いた。
材料費を書く。
今回の錬成に使った素材。
補助材料。
窯の消耗。
そこへ自分が使った魔力量を加える。
魔力は無料ではない。
使えば疲れる。
大量に消費すれば休息が必要になり、その間は仕事ができない。
同じ量を魔石で補う場合の価格も書いてみた。
完成した金塊を秤に載せる。
現在の相場から売却価格を計算した。
「……」
マードックはもう一度計算した。
「……あれ?」
「どうしたの?」
「ちょっと待ってくれ」
数字を書き直す。
素材の量を確認する。
金塊をもう一度量る。
「おかしいな」
「何が?」
「思ったより儲からない」
ローレライが帳簿を覗き込む。
「材料が高いんじゃない?」
「高い」
「魔石も高いわね」
「高いな」
「窯も傷んでるんでしょ?」
「……少し」
「あなた、さっきから疲れて座ったままじゃない」
「それもある」
ローレライは完成した金塊を持ち上げた。
「これ、普通に買ったらいくら?」
マードックは答えた。
ローレライは帳簿を見る。
もう一度金塊を見る。
「買った方がよくない?」
「待て」
「何を?」
「それを言ったら錬金術師の存在意義がなくなる」
「でも買った方が安いんでしょう?」
「……条件を変えればいい」
マードックは宝石を試した。
駄目だった。
銀も計算した。
大して変わらなかった。
希少金属についても調べた。
希少なものには希少な素材が必要だった。
素材を減らせば、その分だけ必要な魔力が増える。
魔力を減らせば、素材の条件が厳しくなる。
何かを減らせば別の何かが増える。
錬金術は便利だった。
便利だが、都合よくはできていない。
数日後。
マードックは工房で錬金窯を眺めていた。
「割に合わない」
結論が出た。
高価なものを作れば楽に稼げる。
そんなうまい話はなかった。
「じゃあ普通に仕事する?」
ローレライが言った。
「嫌だ」
「働くの嫌なの?」
「違う。無駄があるのが嫌なんだ」
マードックは錬金窯へ近づいた。
側面に刻まれた術式を見る。
素材を入れる。
術式を起動する。
術者が魔力を送り続ける。
錬成が終わるまで待つ。
どこの工房でも使われている普通の錬金窯だ。
「そもそも、なんで俺がずっと魔力を送り続けないといけないんだ?」
「そういうものだからじゃない?」
「そういうものっていうのが気に入らない」
マードックは窯の周りを歩く。
一周して正面へ戻った。
もう一周する。
「素材を変えても駄目だった」
「そうね」
「作るものを変えても駄目」
「そうね」
「だったら……」
マードックは錬金窯を見上げた。
「こいつを変えればいい」
ローレライも窯を見る。
「錬金窯を?」
「ああ」
「買ったばかりよ?」
「だから?」
「高かったのよ?」
「知ってる」
「壊さないでね」
マードックは返事をしなかった。
「ねえ」
「まず構造を調べるだけだ」
「その言い方、信用できないんだけど」
マードックは工具箱を持ってきた。
錬金術師になって三か月。
ようやく仕事にも慣れてきたところだった。
その日、彼は初めて錬金窯を分解した。




