二年目 食品 1
「包丁を作ろう」
年が明けて最初の仕事の日。
マードックは鉄を錬金窯へ入れた。
「普通じゃない?」
ローレライが言った。
「普通でいいんだよ」
「去年は金を作ろうとしてたのに」
「忘れてくれ」
「無理ね」
去年までマードックは鉄を精製して、そのまま素材として売っていた。
今年は違う。
同じ鉄から完成品を作る。
最初に選んだのが包丁だった。
理由は単純だ。
家にあるから形が分かる。
「これを作る」
マードックは台所から持ってきた包丁を錬金窯の横へ置いた。
「私の包丁なんだけど」
「参考にするだけだ」
「使うから早く返してね」
マードックは包丁を観察した。
刃の長さ。
厚み。
形。
柄との接続。
今までの錬成とは少し違う。
鉄を精製するだけなら、完成した鉄の形はそれほど重要ではなかった。
今回は違う。
使える形にしなければならない。
マードックは紙に包丁の形を描いた。
「……絵、下手ね」
「分かればいい」
「これ包丁?」
「包丁だ」
「魚かと思った」
「包丁だ」
術式へ完成形を設定する。
鉄を入れる。
柄に使う木材も入れた。
錬金窯を起動する。
魔石から魔力が供給され、去年一年かけて改良した調整器が必要な量へ整える。
錬成が終わった。
マードックは窯を開ける。
「できた」
中には包丁があった。
少し歪んでいる。
柄も太い。
それでも包丁には見える。
「貸して」
ローレライが受け取った。
「重い」
「鉄だからな」
「そういう意味じゃないわよ」
台所へ持っていく。
野菜を置いて切る。
「切れない」
「そんなに?」
「使ってみる?」
マードックが受け取った。
野菜へ刃を当てる。
押す。
「……切れないな」
「でしょう?」
「形は合ってる」
「包丁は形が合ってればいいものじゃないの」
マードックは自分で作った包丁を見る。
鉄を包丁の形にした。
それだけだった。
「刃か」
「刃ね」
そこから作り直した。
厚みを変える。
刃先を薄くする。
材料も変える。
硬さも調整する。
二本目。
「切れるけど使いにくい」
三本目。
「柄が痛い」
四本目。
「悪くない」
五本目。
「これなら使える」
ローレライから合格が出た。
「最初のと比べてみる?」
五本の包丁が机に並んだ。
「最初のひどいな」
「魚みたい」
「まだ言うのか」
五本目は店で売られている包丁と比べても悪くない。
問題は値段だった。
マードックは材料費と魔力の使用量を計算する。
「いけるな」
「儲かる?」
「ああ」
鉄を精製して売るより利益が大きい。
同じ材料でも、使えるものに加工すれば値段が上がる。
去年考えたことは間違っていなかった。
「付加価値だ」
「気に入ったの? その言葉」
「いい言葉だろ」
「私は普通に包丁を買うけど」
「なんでだよ」
「五本作って一本成功するなら、まだ買った方が安心だから」
「そこは改善する」
次は鍋を作った。
これは比較的簡単だった。
皿も作った。
金属製の道具もいくつか試した。
木材を使った箱にも挑戦した。
作れるものが増えるたびにマードックは帳簿へ数字を書き込んだ。
素材のまま売るより利益が出る。
だが別の問題も見えてきた。
「面倒だな」
「何が?」
「覚えることが多い」
包丁には包丁の作り方がある。
鍋には鍋。
箱には箱。
材料を入れれば何でも完成品になるわけではない。
形。
材質。
厚さ。
用途。
それぞれ条件が違う。
「職人さんがいる理由が分かった?」
「分かった」
「じゃあ任せれば?」
「それだと俺が楽にならない」
「またそこ?」
マードックは完成した包丁を見る。
同じものをもう一本作る。
今度は成功した。
三本目も同じだった。
条件さえ決まれば、錬金窯は同じものを作れる。
「最初だけ大変なんだ」
「最初?」
「一度うまくいった条件を残しておけばいい」
材料の種類。
量。
魔力量。
完成形。
錬成時間。
全部を書き残す。
次から同じ条件で錬成する。
「毎回考えなくて済む」
「それは楽ね」
「だろ?」
マードックは嬉しそうに記録を整理した。
これなら完成品を作れる。
同じものを何度も作れる。
素材を売るより利益も出る。
しばらくは日用品を作ってみよう。
そう考えていた日の夕方。
ローレライが工房へ顔を出した。
「マードック」
「どうした?」
「夕飯作るから、その鍋返して」
「ああ」
試作品として使っていた鍋を渡す。
ローレライはそれを持って家へ戻ろうとした。
マードックは机の上にある材料を見る。
鉄。
木材。
完成した包丁。
鍋。
そして家へ向かうローレライ。
「……料理も同じじゃないか?」
ローレライが足を止めた。
「何が?」
「材料を加工して完成品にする」
「まあ、そうだけど」
「肉と野菜を入れる」
「うん」
「切る」
「うん」
「火を通す」
「うん」
「味を付ける」
「うん」
「料理になる」
「そうね」
マードックは錬金窯を見る。
ローレライも錬金窯を見る。
少し間があった。
「駄目よ」
「まだ何も言ってない」
「その顔してるときは大体ろくなこと考えてないもの」
「料理を作れるんじゃないか?」
「普通に作りなさい」
「でも毎日作るだろ?」
「作るわよ」
「毎日同じ作業をしてる」
「料理だからね」
「毎日やる作業なら、自動化した方がいい」
「待って」
マードックは立ち上がった。
「肉ある?」
「夕飯用なら」
「野菜は?」
「あるけど」
「香辛料」
「ある」
「持ってきて」
「夕飯どうするのよ」
「今から作る」
「あなたが?」
マードックは錬金窯を叩いた。
「こいつが」
ローレライは錬金窯を見た。
「嫌な予感しかしないんだけど」
「大丈夫だ」
「その言葉、去年何回聞いたと思ってるの?」
「今回は食えるものを作るだけだ」
「そこが一番心配なのよ」
その日の夕食が食卓に並ぶまで、いつもの三倍の時間がかかった。




