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【プロット公開】【完結】等価交換したくないので錬金窯を自作してみました  作者: 若菜みかん


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21/26

五年目 医学 4

ギルバードの葬儀は、事故から三日後に行われた。


工場の仕事は止めた。


治療院も、午前中は閉じた。


大工組合。


錬金術協会。


加工場で働く職人。


ギルバードが手伝った家に住む人々。


多くの人が集まった。


棺の中に、ギルバードがいる。


傷は見えないようにされていた。


眠っているようにも見えた。


だが、眠っている人間とは違う。


胸が動かない。


呼んでも答えない。


セドリックは、ローレライの手を握っていた。


「ギルバード、いつ起きるの?」


誰も答えられなかった。


「起きないの?」


ローレライが膝をつく。


セドリックと同じ高さになる。


「ギルバードはね、死んだの」


「しんだら、どうなるの?」


「もう会えない」


「なんで?」


「身体が動かなくなったから」


「おとうさん、なおしたんでしょ?」


セドリックがマードックを見る。


マードックは、答えられなかった。


壊れた血管を繋いだ。


人工骨を入れた。


裂けた内臓を塞いだ。


心臓も動かした。


それでも、ギルバードは戻らなかった。


「直せなかった」


ようやく、それだけを言った。


「おとうさんでも?」


「ああ」


「なんで?」


いつもの問いだった。


何を答えても、また聞く。


分からないことがあれば、納得するまで聞く。


「分からない」


マードックは答えた。


「分からないことも、あるんだ」


セドリックは棺を見る。


ローレライの手を離す。


ギルバードのそばへ行く。


小さな手で、棺の縁へ触れた。


「きょう、あそべないの?」


返事はない。


「ずっと?」


返事はない。


セドリックはしばらく待っていた。


やがて、泣いた。


大きな声ではなかった。


何度も息を詰まらせながら、ギルバードの名前を呼んだ。


マードックは、息子の肩へ手を置いた。


それしかできなかった。


葬儀が終わった後も、エルドは町にいた。


誰にでも見える姿で、普通に道を歩いていた。


最初は誰も、彼が神だとは思わなかった。


白い服を着た、見慣れない男。


そう思われていた。


だが、錬金術協会へ入った途端、ルドウィックが椅子から転げ落ちた。


「エ、エルド……」


「久しいな」


「なぜ、ここに」


「呼ばれた」


「誰に?」


エルドがマードックを見る。


「呼んでないぞ」


マードックが言った。


「死者を作る錬成式に、我を組み込んだだろう」


「代価を管理する神だからな」


「それを呼んだと言う」


「来るとは思わなかった」


「来なければ、お前は何をしていた?」


マードックは答えなかった。


ブラウンが立ち上がる。


「本当に、エルド神なのですか?」


「そう呼ばれている」


「証明は?」


部屋の空気が止まった。


ルドウィックが青ざめる。


「ブラウン!」


「重要なことだ。神を名乗る者の言葉だけで、協会の方針は決められん」


エルドはブラウンを見た。


「何をすれば証明になる?」


「分かりません」


「分からないものを求めるな」


「では、神であることを理由に命令しないでいただきたい」


「そのつもりはない」


エルドは空いていた椅子へ座った。


「話し合うために来た」


「神が座った……」


カールが呟く。


「立ったまま話せと?」


「いえ」


「なら、お前たちも座れ」


ブラウン。


ルドウィック。


カール。


マードック。


治療師。


親方。


ローレライも呼ばれた。


全員が、一つの机を囲む。


エルドも同じ机についている。


「何を話す?」


ブラウンが聞いた。


「境界だ」


エルドが答えた。


「人間の技術と、魂の境界」


「死者蘇生を禁じるのですか?」


「禁じるだけなら話し合いは必要ない」


「神の力で止めると?」


「できる」


「なら、なぜしない?」


エルドはマードックを見た。


「止めれば、別の場所で試す者が現れる」


「俺はもうやらない」


マードックが言った。


「お前だけの問題ではなくなった」


錬成式は残っている。


人工骨の作り方。


皮膚を増やす方法。


血管を補う膜。


内臓の一部を作る試み。


そして、身体の機能を再び動かす設備。


マードックが作らなくても、記録を読んだ誰かが続きを考える。


別の町。


別の国。


何十年も後。


いつか必ず、同じ場所へ到達する。


「全部燃やせばいい」


ルドウィックが言った。


「医療の記録もか?」


治療師が聞く。


「危険なものだけだ」


「どこからが危険だ?」


「死者を蘇らせるものだ」


「止まった心臓を動かすのは?」


ルドウィックが黙った。


治療師が続ける。


「心臓が止まっても、すぐなら戻る者がいる」


「それは死者ではない」


「誰が決める?」


「治療師だ」


「治療師の判断が、必ず正しいと思うか?」


答えは出なかった。


生きている者と、死んだ者。


言葉にすれば簡単だった。


だが、その境目は一瞬ではない。


呼吸が止まる。


心臓が止まる。


声が届かなくなる。


身体が冷たくなる。


どの時点から、治療が蘇生へ変わるのか。


「神なら分かるのか?」


マードックが聞いた。


「魂が身体を離れたことは分かる」


エルドが答えた。


「なら、お前が決めればいい」


「それでは、お前たちは死の判断を神へ預けることになる」


「何が悪い?」


「我が現れなければ、何もできなくなる」


「呼べばいい」


「必ず応じると思うな」


「神だろ」


「神だからだ」


エルドは机の上に置かれた記録を見る。


「人間の身体を扱う判断は、人間が負え」


「でも、間違える」


「神も間違える」


ルドウィックが立ち上がった。


「そのようなことを!」


「神を何だと思っている」


「完全な存在です」


「なら、なぜ世界にこれほど面倒な決まりがある」


誰も答えなかった。


エルドは続ける。


「神は世界のすべてを知っているわけではない。我は等価交換を管理する。魂の行き先を管理する神もいる。生と死を見守る者もいる」


「神にも役割があるのか」


マードックが聞いた。


「お前たちと同じだ」


「神も仕事を分けてるんですね」


カールが言った。


「一人ですべてを行えば間違える」


「神も?」


「神もだ」


ブラウンが新しい紙を出した。


「では、神と人間で役割を分けましょう」


エルドが紙を見る。


「何を書く?」


「互いに、してよいことと、してはならないことを決めます」


「神と約束するつもりか?」


「命令ではないのでしょう?」


「ああ」


「ならば、約束です」


話し合いは三日続いた。


最初に決まったのは、生きている者を治す権利だった。


人工骨。


人工の皮膚。


血管の代用品。


内臓の補助。


失われた手足の代わり。


身体の働きを助ける設備。


それらを作り、使うことへ、神は介入しない。


「寿命を延ばすのは?」


カールが聞いた。


「治療の結果として延びるなら同じだ」


エルドが答える。


「百年生きる身体を作ったら?」


「生きている者の身体なら、人間が判断しろ」


「千年は?」


「年数を神に決めさせるな」


「では、不死も?」


部屋が静かになった。


エルドは少し考えた。


「不死になった者が、何を失うのかまで理解しているなら止めぬ」


「何を失うんです?」


「知らぬ」


「神なのに?」


「作ったことがないからな」


マードックが笑った。


「神も、分からないと言うんだな」


「お前よりは早く言える」


次に、人間が踏み込まないものを決めた。


死者の魂を呼び戻さない。


魂を材料として使わない。


魂を別の身体へ移さない。


記憶と身体を再現したものを、死者本人として作らない。


死者の身体を動かすために、魂の代用品を作らない。


「人形なら?」


カールが聞いた。


「作ればいい」


エルドが答える。


「人間そっくりの?」


「構わぬ」


「記憶を持たせたら?」


「死者の記憶を使わなければよい」


「自分で考える人形は?」


「それは、作った後に本人へ聞け」


「本人?」


「自分で考えるなら、お前の道具ではないかもしれぬ」


ブラウンが額を押さえた。


「問題が増えました」


「技術が広がるとは、そういうことなのだろう?」


マードックが言う。


「君が言うな」


三日目の夕方。


紙の一番上に、名前が書かれた。


生命と魂に関する不可侵条約。


人間は、生きている者を治す技術を手放さない。


神は、人間が身体を治し、補い、作ることへ介入しない。


ただし人間は、魂を作らない。


死者を本人として再製造しない。


神は、人間の命を勝手に奪わない。


人間の選択を、神の都合で変えない。


「最後の二つは必要か?」


エルドが聞いた。


「人間だけが約束するなら、条約ではありません」


ブラウンが答えた。


「神を縛るつもりか」


「嫌なら、命令として持ち帰ってください」


エルドは紙を読んだ。


何度も読む。


一か所を指さす。


「ここが曖昧だ」


「どこです?」


「死者を本人として再製造しない。本人でなければ作ってよいように読める」


「では、書き直します」


「こっちは?」


治療師が聞いた。


「魂を材料として使わない」


「魂を測ることは?」


「構わぬ。ただし傷つけるな」


「どうやって確認を?」


「これから決める」


神と人間が、言葉の意味を一つずつ確認する。


勝手な解釈ができないようにする。


書き直す。


読み直す。


また書き直す。


ルドウィックが、その光景を見ていた。


「神との約束まで、規格にするのか」


「必要だろ」


マードックが答える。


「口約束では、後で揉める」


「相手は神だぞ」


「神も間違えるらしい」


「聞こえている」


エルドが言った。


「聞こえるように言った」


完成した条約へ、最初にブラウンが署名した。


錬金術協会を代表する名前。


次に、治療師。


大工組合からは親方。


工場で働く者を代表して、ローレライ。


マードックは最後だった。


「俺も書くのか?」


「一番必要だ」


全員が答えた。


マードックは、自分の名前を書いた。


紙をエルドへ渡す。


「神はどうする?」


エルドは指先を紙へ置いた。


淡い光が広がる。


紙の一番下に、見たことのない文字が現れた。


誰も読めない。


「何と書いた?」


マードックが聞いた。


「エルド」


「本当に?」


「神の署名を疑うのか」


「証明できないからな」


ブラウンが咳払いをした。


「写しを作ります」


「神の文字も写せるのか?」


カールが聞く。


「試してみる」


錬金窯へ入れる。


同じ紙を作る。


人間が書いた文字は、そのまま写った。


しかし、エルドの署名だけが消えている。


「駄目ですね」


カールが言った。


「では原本を保管する」


ブラウンが答える。


「写しには、人間の言葉でエルドと書いておけ」


エルドが言った。


「それでいいんですか?」


「署名が光る必要はない。約束が残ればよい」


原本は、錬金術協会で保管されることになった。


写しは治療院。


大工組合。


マードック錬金工房。


そして、国の管理機関へ送られた。


神と人間が条約を結んだ。


その話は、すぐに町中へ広がった。


信じる者。


信じない者。


死者蘇生ができるようになったと勘違いする者。


反対に、治療が禁じられたと思う者。


説明するための紙が、さらに必要になった。


「仕事が増えたな」


マードックが言った。


「君が死者蘇生に手を出したからだ」


ブラウンが答える。


「反省してる」


「本当に?」


「もうやらない」


「それだけか?」


マードックは少し考えた。


「次にやろうとするやつを止める」


ブラウンがうなずいた。


条約ができても、ギルバードは戻らない。


工場の入口には、事故の記録が置かれた。


割れた横木。


切れた縄。


倒れた石の位置。


ギルバードが、若い職人を助けたこと。


治療院で行った処置。


使った道具。


成功したこと。


足りなかったこと。


死者蘇生を試みたこと。


エルドに止められたこと。


何も隠さず書いた。


「ここまで残すのか?」


親方が聞いた。


「成功したものだけを残すなと言われた」


「神に?」


「ああ」


「素直に聞くこともあるんだな」


「俺が間違ってたからな」


マードックは、事故を起こした横木を見る。


外からは分からなかった亀裂。


今までの確認では見つけられなかった。


それも記録へ残す。


見つけられなかったものを、なかったことにはしない。


「次はどうする?」


親方が聞いた。


「中を見る方法を考える」


「木を切らずに?」


「ああ」


「できるのか?」


「分からない」


マードックは答えた。


「でも、見つけられなかったことは分かった」


工場が、少しずつ動き始める。


最初に行ったのは、事故現場の片づけではなかった。


全員で記録を読むことだった。


ギルバードを知っている者も。


ほとんど話したことのない者も。


新しく入ったばかりの者も。


同じ記録を読んだ。


そして、それぞれが自分の持ち場へ戻った。


錬金窯に火が入る。


台車が動く。


作業の合図が響く。


治療院では、白い箱から清潔な布が取り出される。


人工骨を入れた男が、杖をついて歩いている。


火傷をした女性は、自分の手で服を着ている。


救えなかった命がある。


それでも、救えた命もあった。


技術は、死をなくさなかった。


ただ。


生きている者にできることを、少しずつ増やしていた。


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