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【プロット公開】【完結】等価交換したくないので錬金窯を自作してみました  作者: 若菜みかん


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エピローグ 等価交換したくないので

それから、十年が経った。


ロックフィールドの町は、大きく変わった。


マードック錬金工房の周囲には、いくつもの工場が建っている。


木材を扱う工場。


食品を加工する工場。


家具を作る工場。


建築部材を作る工場。


治療に使う道具を作る工場。


材料が運び込まれる。


状態を確認する。


加工する。


完成したものを調べる。


記録を残す。


合格したものだけが、次の場所へ送られる。


錬金窯は、工場ごとに違う形をしていた。


大きなもの。


小さなもの。


長い材料を通せるもの。


少量の材料を細かく調整するもの。


マードックが最初に買ったような、何でも作るための窯は少なくなった。


作るものに合わせて、必要な機能だけを持たせる。


誰が使っても、同じ手順で動く。


異常があれば止まる。


使った魔力量も、材料も、作った者も記録される。


「止めろ!」


工場に声が響く。


巻き上げ機が止まる。


吊られていた梁が、空中で静止した。


作業する者が縄を確認する。


横木を叩く。


返ってくる音を聞く。


表面へ魔力を流す。


木の中を通り、戻ってきた魔力の違いを調べる。


「ここだ」


職人が印をつける。


木材を下ろす。


印の場所を切ると、中から細い亀裂が現れた。


「不合格」


札がつけられる。


その木材が、家の梁に使われることはない。


工場の入口には、一冊の記録が置かれていた。


十年前の事故。


割れた横木。


切れた縄。


倒れた石。


救えなかった一人の職人。


新しく工場へ入った者は、最初にその記録を読む。


誰も、ギルバードを知らない。


それでも、名前を知っている。


何が起きたのかを知っている。


なぜ吊り荷の下へ入ってはいけないのか。


なぜ使う前に設備を確認するのか。


なぜ異常があれば作業を止めるのか。


決まりだけではなく、その理由を教えられる。


治療院も大きくなった。


隣には、医療用の道具を作る工房がある。


人工骨。


皮膚を育てるための小さな窯。


血管を補う膜。


失われた手足の代わりとなる器具。


身体の働きを助ける設備。


どれも、治療師の指示がなければ作れない。


錬金術師だけで使い方を決めることもできない。


作る者。


使う者。


確認する者。


患者へ説明する者。


役割は分かれていた。


治療を受ける本人の同意も、記録へ残される。


成功したもの。


うまくいかなかったもの。


途中で使うことをやめたもの。


起きた問題。


分からないこと。


すべてが残されている。


生命と魂に関する不可侵条約は、各地へ広がった。


国が違えば、言葉も違う。


治療の方法も違う。


神の呼び方も違う。


それでも、最初の条文だけは変わらなかった。


人間は、生きている者を治す技術を手放さない。


神は、人間が身体を治し、補い、作ることへ介入しない。


人間は、魂を作らない。


死者を本人として再製造しない。


神は、人間の命を勝手に奪わない。


人間の選択を、神の都合で変えない。


条約の原本は、今も錬金術協会に保管されている。


人間の文字で書かれた署名。


そして最後に、誰にも読めない神の文字。


何度写しても、その署名だけは消えた。


そのため原本を見るために、遠くの国から訪れる者もいた。


神の文字を研究する者。


条約の意味を議論する者。


本物ではないと言う者。


神との約束を人間が作ったことに怒る者。


「偽物だ」


そう言われるたび、ブラウンは答えた。


「内容を読んでから決めてください」


ブラウンは、まだ協会で書類を読んでいた。


以前より部屋は広くなった。


扱う書類は何倍にも増えた。


確認する者。


教育する者。


事故を調べる者。


規格を作る者。


条約を管理する者。


仕事ごとに部門が分かれている。


「また増えたな」


マードックが書類の山を見る。


「増やしたのは君だ」


ブラウンが答える。


「俺は窯を改造しただけだ」


「まだ言うか」


隣の部屋では、カールが若い錬金術師へ設備の使い方を教えていた。


「決められた魔力量を超えないこと」


「少しくらいなら大丈夫では?」


「少しくらいと思った理由を説明してください」


「早く作れるからです」


「早く作る必要は?」


「注文が多いので」


「では、窯を増やしてください。条件を変えてはいけません」


「でも、マードックさんはよく変えたと聞きました」


「だから、問題が増えました」


廊下まで笑い声が聞こえた。


その向かいの部屋では、ルドウィックが古い錬金術の記録を整理している。


以前なら、新しい技術を否定していた。


今は違う。


古い方法が、なぜその形になったのか。


失われた手順に、どんな意味があったのか。


新しい技術と比べ、残すべきものを調べている。


「それ、使うのか?」


マードックが聞いた。


「使うかどうかを決めるために調べている」


「捨ててもいいんじゃないか?」


「お前は昔から、古いものを簡単に捨てすぎる」


「新しく作ればいい」


「作れなくなってから気づいても遅い」


「面倒だな」


「技術を残すとは、そういうことだ」


いつかブラウンが言った言葉を、今度はルドウィックが口にした。


協会を出ると、少年が待っていた。


十五歳になったセドリックだった。


マードックより少し背が低い。


手には紙の束を抱えている。


「遅かったな」


マードックが言った。


「お父さんが頼んだ図面を取ってきたんだよ」


「そんなに多かったか?」


「途中でまた増やしたでしょう」


「必要になった」


「先に言ってよ」


「後で必要だと分かった」


セドリックは父親へ紙を渡した。


新しい錬金窯の図面。


治療院から頼まれたものだった。


患者の身体へ直接使う窯ではない。


人工の皮膚を育てるための材料を、一定の温度に保つ設備。


魔力が強くなりすぎた場合は止まる。


二人以上で確認しなければ、条件を変えられない。


「大きすぎない?」


セドリックが聞いた。


「後で増やすかもしれない」


「必要になってから考えろって、治療師に言われたんじゃなかった?」


「覚えてたのか」


「何度も聞いたから」


「じゃあ少し小さくする」


「少し?」


「半分くらい」


「最初の図面は何だったの?」


「夢だ」


「使わないものを描かないでよ」


二人で工場へ戻る。


入口の横には、小さな椅子が置かれていた。


誰も座らない椅子だった。


十年前。


ギルバードが休憩中によく座っていた。


壊れれば直す。


雨が降れば中へ入れる。


邪魔になる場所へ移動されても、いつの間にか元の位置へ戻っている。


その椅子だけは、規格品ではなかった。


脚の長さも少し違う。


座面も傾いている。


作った者の名前も残っていない。


「ただいま」


セドリックが椅子へ言った。


返事はない。


それでも、毎日言っている。


工場の中では、多くの人が働いている。


マードックが知らない者も増えた。


自分で錬金窯を作ったことのない者。


冒険者だった頃のマードックを知らない者。


ギルバードと話したことのない者。


それでも、同じ図面を使う。


同じ手順を守る。


問題が起きれば記録する。


分からなければ、勝手に進めず誰かへ聞く。


必要なら止める。


よりよい方法があれば、理由を確認して変える。


「マードックさん」


若い職人が声をかけた。


「この部材、寸法は合っています。でも、戻ってくる魔力が少し違います」


「前の記録は?」


「ここです」


「同じ材料か?」


「同じ種類です」


「種類じゃなく、切り出した場所は?」


「分かりません」


「なら、分からないまま使うな」


「不合格ですか?」


「まだ決めるな。別の者にも確認してもらえ」


職人が部材を持っていく。


マードックは、その背中を見る。


昔なら、自分で切って確かめていた。


今は、切らずに調べる者がいる。


自分には扱えない設備もある。


知らない技術もある。


「楽になった?」


セドリックが聞いた。


「何が?」


「お父さん、ずっと楽をしたかったんでしょう?」


「ああ」


「今は?」


マードックは工場を見回した。


相談を待つ書類。


確認が必要な図面。


新しい窯。


治療院からの依頼。


国から届いた質問。


次に教える職人。


やることはいくらでもある。


「前より忙しい」


「失敗じゃない?」


「いや」


マードックは笑った。


「俺が全部やらなくてよくなった」


一人では作れないものが増えた。


一人で決めてはいけないことも増えた。


だから、仕事を分けた。


知識を残した。


教える仕組みを作った。


確認する者を置いた。


作れるかどうかだけではなく。


作ってよいか。


誰が使うか。


何が起きるか。


失敗したとき、誰が止めるか。


そこまで考える者たちが現れた。


彼らは、錬金術師と呼ばれることもあった。


職人と呼ばれることもあった。


学者。


設計者。


管理者。


検査員。


教える者。


多くの仕事に分かれていた。


だが、やがて。


作ることに責任を持つ者たちを表す、新しい言葉が使われるようになった。


彼らは、エンジニアと呼ばれるようになった。


その日。


マードック錬金工房の屋根の上に、エルドが座っていた。


神との条約が結ばれてからも、ときどき町へ来る。


何をするわけでもない。


工場を見る。


治療院を見る。


新しく建った家を見る。


人間たちが、また面倒な決まりを増やしているのを見る。


工房の中から、マードックの声が聞こえた。


「同じ代価なら、もっと効率よく使っても問題ないだろ!」


「条件を勝手に変えないで!」


セドリックの声が続く。


「結果が同じならいいじゃないか!」


「同じかどうか、まだ確認してないでしょう!」


エルドは目を閉じた。


十年前と、何も変わっていない。


いや。


変わったからこそ、同じ言葉を言い続けている。


エルドは小さく笑った。


「屁理屈をこねおって」


工場の煙突から、白い煙が上がる。


町の向こうでは、新しい家が建っている。


治療院の窓から、子供の泣き声が聞こえた。


生まれたばかりの、元気な声だった。


エルドは空を見上げた。


「これも時代か」


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!

本作はこれにて【完結】となります。

もし少しでも「面白かった」「一気に読んだ」「この先が気になった」と感じていただけましたら、画面下部にある広告下の【☆☆☆☆☆】をタップして評価していただけると、大変励みになります!

(★評価やブックマーク登録が、次の執筆への一番の燃料になります)

改めて、最後までのお付き合い誠にありがとうございました!

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