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【プロット公開】【完結】等価交換したくないので錬金窯を自作してみました  作者: 若菜みかん


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20/26

五年目 医学 3

内臓を作る試みは、失敗から始まった。


最初に作ったのは、胃だった。


動物の胃を調べる。


形を写す。


必要な材料を集める。


錬金窯で組み立てる。


出来上がったものは、確かに胃の形をしていた。


「袋だな」


治療師が言った。


「胃だ」


マードックが答える。


「何ができる?」


「食べ物を入れられる」


「革袋でもできる」


「溶かせる」


「自分まで溶けているぞ」


中へ薬液を入れる。


しばらくすると、作った胃の表面から液が染み出した。


「失敗だな」


「見れば分かる」


次は、液が漏れないように厚くした。


今度は縮まない。


食べ物を送ることもできない。


薄くする。


破れる。


丈夫にする。


身体と繋がらない。


「形だけでは駄目だな」


「皮膚のときにも言った」


「内臓はもっと面倒だ」


胃。


腸。


血管。


肺。


どれも単独では働かなかった。


血管だけ作っても、中を流す血が必要になる。


肺だけ作っても、空気を送らなければ動かない。


胃だけ作っても、食べ物を送る場所がなければ袋のままだ。


「全部繋がってるな」


マードックが言った。


「人間だからな」


治療師が答える。


「一個くらい、勝手に動くものはないのか」


「勝手に動かれたら困る」


マードックたちは、臓器そのものを作ることを一度諦めた。


代わりに、壊れた部分を補うものを作った。


切れた血管へ巻く薄い膜。


腸にできた穴を塞ぐ小さな当て布。


傷ついた臓器の表面を押さえる柔らかい板。


血が溜まった場所から、外へ流すための細い管。


身体のすべてを作るのではない。


治療師が治すために、足りない部分だけを支える。


動物で試す。


状態を見る。


数日待つ。


また調べる。


使えなかったものは捨てる。


使えたものも、すぐには人間へ使わない。


「遅いですね」


ギルバードが言った。


「人間だからな」


マードックが答える。


「親方みたいなこと言うようになりましたね」


「嫌なことを言うな」


「褒めたんですよ」


「もっと嫌だ」


ギルバードは治療院へ来ることが増えていた。


工場の仕事が終わると、マードックを迎えに来る。


セドリックが一緒にいる日は、肩車をして帰る。


「ギルバード」


「なんだ?」


「きょうもおしごと?」


セドリックが聞く。


「そうだ」


「なに作ったの?」


「細い管」


「なんで?」


「身体の中に溜まったものを外へ出す」


「なんで?」


「そのままだと治らないから」


「なんで?」


「それは治療師に聞いてくれ」


「なんで?」


「俺には分からないからだ」


「ギルバードもしらないの?」


「知らないことくらいある」


「おとうさんといっしょだ」


「そうだな」


少し前なら、マードックは反論していた。


今は何も言わなかった。


知らないものを扱っている。


その自覚だけは、なくしてはいけない。


最初に人間へ使ったのは、細い血管を補う膜だった。


患者は、刃物で脚を深く切った男だった。


治癒魔法だけでは血が止まらない。


治療師が傷を開き、切れた場所を探す。


膜を巻く。


固定する。


治癒魔法を使う。


血が止まった。


翌日も止まっていた。


三日後も、膜は外れていなかった。


熱が出る。


薬を使う。


腫れが引く。


十日後、男は脚の指を動かした。


「成功か?」


マードックが聞いた。


「まだだ」


治療師が答える。


一月後。


男は立った。


二月後。


仕事へ戻った。


そこで初めて、記録へ成功と書いた。


「長いな」


「生きている限り、本当は終わらん」


「どこかで終わりにしないと、次に使えない」


「だから記録を残す」


成功した。


だが、二月までしか確認していない。


その先に何が起きるかは分からない。


分からないことも、そのまま書いた。


使ってよい場所。


使ってはいけない場所。


確認できている期間。


異常が起きた場合の処置。


治療師の判断がなければ使わない。


錬金術師だけでは決めない。


少しずつ。


本当に少しずつ、人間の身体に使えるものが増えていった。


事故が起きたのは、その頃だった。


工場の外で、新しい吊り上げ設備を組み立てていた。


家よりも長い梁を扱うための設備だった。


太い柱を四本立てる。


上に横木を渡す。


複数の滑車で力を分ける。


重りを吊り、試験する。


最初は軽いものから。


次に、実際に使う材料と同じ重さ。


最後に、それより重い石を吊る。


「上げろ!」


合図が出る。


巻き上げ機が回る。


石が地面から離れた。


「止めろ!」


石が止まる。


縄を見る。


滑車を見る。


柱を見る。


問題はない。


誰も吊り荷の下には入っていない。


「もう少し上げる」


マードックが言った。


合図を出す者が周囲を確認する。


「上げろ!」


再び巻き上げ機が動いた。


音がした。


小さな音だった。


木が軋む音とは違う。


乾いた枝を折るような、短い音。


親方が顔を上げる。


「止めろ!」


巻き上げ機が止まった。


次の瞬間。


上部の横木が割れた。


滑車が傾く。


石が落ちる。


縄が跳ねた。


吊り荷の下にいた者はいない。


だが、切れた縄が地面を走った。


若い職人の脚へ絡む。


職人が倒れる。


吊り下げられていた石が地面へぶつかり、横へ傾いた。


その先に、倒れた職人がいる。


ギルバードが走った。


職人の服を掴む。


引く。


職人の身体が動く。


石が倒れる。


鈍い音がした。


土煙が上がった。


「ギルバード!」


石の下から、脚が見えていた。


腹から下が、石と地面の間に挟まれている。


「巻き上げ機を戻せ!」


マードックが叫ぶ。


「待て!」


親方が止める。


「そのまま上げるな! 石がずれる!」


柱を確認する。


使える滑車を集める。


別の方向から縄を掛ける。


石がさらに倒れないよう、木材を差し込む。


持ち上げる高さは、身体を抜けるところまで。


「ギルバード!」


マードックが地面へ膝をつく。


ギルバードの目は開いていた。


「聞こえるか?」


「……はい」


「すぐ出す」


「若いのは?」


少し離れた場所で、助けられた職人が座り込んでいる。


脚に縄の痕はあるが、立つことはできていた。


「無事だ」


「よかった」


「喋るな」


ギルバードが小さく息を吐いた。


口元に血がついた。


外から見える傷は少ない。


それが、かえって怖かった。


「上げろ!」


石が、少しずつ持ち上がる。


隙間ができる。


板を入れる。


さらに上げる。


ギルバードの身体を引き出す。


担架へ載せる。


「治療院へ運ぶ!」


止血具を使える場所ではなかった。


腹の中で出血している。


治療師が傷へ触れる。


魔力を流す。


表情が変わった。


「急げ」


「何が壊れてる?」


マードックが聞いた。


「ここでは分からん」


「治せるか?」


「運べ!」


治療院へ着く前に、ギルバードの意識が薄れた。


「ギルバード」


マードックが呼ぶ。


返事はない。


一度だけ、目が開く。


「セドリックに……」


「何だ?」


「今日は、行けないって……」


「自分で言え」


ギルバードは答えなかった。


治療院の寝台へ運ぶ。


服を切る。


腹部は大きく腫れていた。


治療師が魔力を流す。


助手が薬と道具を並べる。


「骨盤が砕けている」


治療師が言った。


「腹の中にも血が溜まってる」


「開くのか?」


「このままでは死ぬ」


「開いても?」


「分からん」


マードックは作業場へ走った。


人工骨の材料。


血管を補う膜。


細い管。


傷を押さえる布。


使えるものを、すべて持ってくる。


治療師が腹部を開く。


血を外へ出す。


切れた血管を探す。


見つける。


膜を巻く。


血が止まらない。


別の場所も切れている。


腸が裂けている。


肝臓の一部が潰れている。


「膜を」


「これか?」


「小さい。もっと大きいものだ」


作業場へ戻る。


材料を窯へ入れる。


魔力を流す。


「早く」


自分に言う。


急がせる。


膜が出来上がる。


取り出す。


端が薄い。


作り直す時間はない。


「使えるか?」


治療師が確認する。


「やるしかない」


切れた血管を補う。


出血が少し減る。


腸の穴を塞ぐ。


潰れた肝臓の一部を取り除く。


そこへ、試作していた組織を入れる。


身体と繋ぐ。


治癒魔法を使う。


「魔力が足りない」


治療師が言った。


「俺のを使え」


「お前の魔力では治癒術は使えん」


「窯へ送る」


試作していた補助具を動かす。


治療師の術式へ、魔力だけを送る。


強すぎれば身体を傷つける。


弱ければ足りない。


目盛りを見る。


治療師の指示に合わせる。


「少し下げろ」


下げる。


「そのまま」


保つ。


「上げろ」


上げる。


何度も繰り返す。


砕けた骨盤を人工骨で支える。


切れた血管を繋ぐ。


裂けた腸を閉じる。


失われた血の代わりに、身体を巡る液体を入れる。


冷えた身体を温める。


心臓の動きを助ける。


一つずつ。


壊れた場所を直していく。


どれほど時間が経ったか分からなかった。


治療師の腕が震えている。


マードックの魔力も、ほとんど残っていない。


それでも。


ギルバードの胸が上下した。


心臓が動いている。


「戻った」


マードックが言った。


治療師は答えない。


ギルバードの目を見る。


光を当てる。


名前を呼ぶ。


手を握る。


反応はない。


「眠ってるだけだ」


「違う」


「心臓は動いてる」


「身体を動かしているだけだ」


「なら、続ければいい」


「マードック」


「血を流す。息をさせる。身体を温める」


「もう届いていない」


「何が?」


治療師は答えなかった。


ギルバードの心臓が、また弱くなる。


「魔力を上げる」


「やめろ」


「まだ動いてる」


「やめろ!」


治療師が術式から手を離した。


補助具だけが、一定の魔力を送り続けている。


心臓が、一度動く。


長い間が空く。


もう一度。


そして。


止まった。


静かだった。


工場で事故が起きたときより、ずっと静かだった。


「動かせ」


マードックが言った。


誰も動かない。


「心臓を作る」


「やめろ」


「今のより強いものを作る」


「もう死んでいる」


「肺も作る」


「マードック」


「血が足りないなら、それも作る」


治療師がマードックの腕を掴んだ。


「戻らない」


「まだ分からない」


「私には分かる」


「お前にできないなら、俺がやる」


腕を振りほどく。


作業場へ入る。


紙を広げる。


心臓。


肺。


肝臓。


血管。


骨。


皮膚。


今まで作ってきたもの。


作ろうとしていたもの。


全部作ればいい。


一つ足りないなら、一つ足す。


壊れたものを交換する。


それでも動かないなら、すべてを作り直す。


ギルバードの身体から形を取る。


同じ材料を集める。


同じように組み合わせる。


魔力を流す。


「代価ならある」


マードックは新しい錬成式を描いた。


魔石。


材料。


自分の魔力。


足りない。


ならば。


「俺の命を使う」


治療師の顔が強張る。


「何を言っている」


「等価交換だ」


「やめろ」


「命には命だ」


「そんなものは治療じゃない!」


「ギルバードが戻るなら、何でもいい!」


マードックが錬成式へ手を置く。


魔力を流す。


線が光った。


窯が低い音を立てる。


寝台に横たわるギルバードの指が、わずかに動いた。


「ギルバード?」


マードックが顔を上げる。


もう一度、魔力を流そうとする。


その手首を。


誰かが掴んだ。


冷たい手だった。


治療師ではない。


助手でもない。


人の手の形をしている。


だが、その指先からは何の魔力も感じなかった。


「そこまでだ」


声がした。


聞き覚えのある声だった。


何度も夢の中で聞いた。


窯を改造するたび。


等価交換の抜け道を90探すたび。


呆れ、怒り、文句を言ってきた声。


「エルド……?」


マードックの前に、一人の男が立っていた。


白い衣。


灰色の髪。


年齢は分からない。


男は床に立っている。


足元には影がある。


マードックの手首を掴む指には、確かな重さがあった。


夢ではない。


声だけでもない。


神が。


人間の治療院に立っていた。


「放せ」


マードックが言った。


「放せば、お前は続ける」


「当たり前だ」


「その先に、ギルバードはいない」


「まだ分からない!」


「分かっている」


エルドは寝台を見た。


「お前が動かしたのは、あの者の身体だ」


「なら、身体を全部直せば戻る」


「では聞こう」


エルドはマードックを見る。


怒ってはいなかった。


いつものように呆れてもいない。


ただ、静かだった。


「その身体へ戻すギルバードを、お前はどうやって作る?」


「記憶がある」


「どこに?」


「頭だ」


「その頭が覚えていることを写せば、それはギルバードか?」


「同じ身体だ」


「身体が同じなら、同じ者なのか?」


「なら魂を戻せ!」


マードックが叫んだ。


「代価なら払う。魔力でも、材料でも、俺の命でもいい。だから戻せ!」


エルドの手に、わずかに力が入る。


「等価交換とは、何でも交換できるという意味ではない」


「命には命だろ!」


「違う」


「何が違う!」


「お前の命を差し出せば、あの者の命が戻る。そのような交換は存在しない」


「神ならできるだろ」


「できるかどうかを聞いているのではない」


エルドは光を失った錬成式を見た。


「お前は今、ギルバードを救おうとしているのではない」


「救おうとしてる!」


「死んだ事実を、お前が受け入れたくないだけだ」


マードックの身体から力が抜けた。


それでも、手を引こうとする。


エルドは放さない。


「腕を作るなとは言わぬ」


静かな声が続く。


「骨を作るなとも、臓器を作るなとも言わぬ」


「なら」


「生きている者を支えるためなら、お前たちの技術を使えばよい」


エルドは、ギルバードを見る。


「だが、死んだ者を材料から作り直すな」


「なぜだ」


「それは治療ではない」


「同じ身体なら」


「同じではない」


「同じ記憶があれば」


「それでも違う」


「何が違う!」


「ギルバードは、作られたからギルバードになったのではない」


エルドの声は変わらない。


「生まれ、生き、選び、失敗し、誰かと過ごした。そのすべてによって、あの者はあの者になった」


マードックは寝台を見る。


ギルバードは動かない。


「俺たちは、できることをした」


「そうだ」


「足りなかった」


「そうだ」


「なら、もっと作れば」


「届かなかったからといって、すべてを越えてよい理由にはならぬ」


マードックは何も言えなかった。


治療師が、錬金窯の魔力を切った。


低い音が止まる。


部屋から、すべての音が消えたように感じた。


エルドが、ようやく手を放す。


マードックの腕が下がった。


「……じゃあ」


声がうまく出なかった。


「俺は、何を作ればよかった」


エルドはすぐには答えなかった。


「お前たちは、今日必要だったものを作った」


「でも、助からなかった」


「技術は、必ず人を救うという約束ではない」


「なら、何のためにある」


「次に生きている者へ、できることを増やすためだ」


マードックは、破れた血管を補った膜を見る。


人工骨。


細い管。


止血具。


どれも使われている。


どれも働いた。


それでも、ギルバードは死んだ。


「この失敗を残せ」


エルドが言った。


「成功したものだけを残すな」


「失敗じゃない」


治療師が言った。


エルドが振り返る。


「私たちは失敗したのではない」


治療師は震える手を握った。


「救えなかった」


「同じだ」


マードックが言う。


「違う」


治療師は、はっきりと答えた。


「間違えたこともあった。足りないものもあった。それでも、救えなかったことのすべてを失敗と呼ぶな」


マードックは何も答えなかった。


窓の外は、すでに暗くなっていた。


セドリックが家で待っている。


ギルバードは今日、行けないと言った。


それを伝えなければならない。


マードックは寝台の横へ座った。


「少しだけ待ってくれ」


誰に言ったのか、自分でも分からなかった。


エルドは、何も言わなかった。


神は消えなかった。


逃げるように天へ帰ることもなかった。


ただ人間たちと同じ部屋に立ち。


ギルバードの死を。


朝が来るまで、一緒に見届けた。


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