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【プロット公開】【完結】等価交換したくないので錬金窯を自作してみました  作者: 若菜みかん


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19/26

五年目 医学 2

治療院の裏に、小さな作業場ができた。


錬金窯が一基。


作業台が二つ。


材料を置く棚。


完成した道具を保管する箱。


工場で使っている窯より、ずっと小さい。


「これでいいのか?」


マードックが聞いた。


「大きな窯を置いて、何を作るつもりだ」


治療師が答える。


「まだ分からない」


「分からないもののために場所を取るな」


「後で必要になるかもしれない」


「必要になってから考えろ」


治療師は棚を指さした。


「それより、あれをどうにかしろ」


棚には何種類もの布が積まれていた。


傷口を押さえる布。


薬を塗るための布。


火傷を覆う布。


身体を固定するための布。


洗ったもの。


まだ洗っていないもの。


一度使ったもの。


「分けてあるだろ」


「足りん」


「何が?」


「見ただけで分かるようにしろ」


「札がある」


「怪我人を運び込んだ後に、いちいち読むと思うか?」


マードックは棚を見る。


工場では、札と記録で材料を管理した。


だが、治療院では急ぐことがある。


血を流している人間を前にして、紙を読んでいる暇はない。


「箱を変える」


用途ごとに箱の形を変えた。


すぐに使う清潔な布は、蓋のついた白い箱。


使用したものは、赤い印のある箱。


固定用の布は、細長い箱。


薬を塗ったものは、中身が分かるように小さな絵をつける。


「これなら間違えないか?」


「暗い場所でも分かるようにしろ」


「色だけじゃ駄目か」


「夜に運び込まれる者もいる」


箱の蓋へ凹凸をつけた。


触れば区別できる。


「面倒だな」


「人間は、明るい時間だけ怪我をするわけじゃない」


「それもそうだ」


マードックたちが最初に作ったのは、傷を塞ぐものではなかった。


傷へ触れるものだった。


布を洗う。


煮る。


乾かす。


汚れがつかないように保管する。


一度使ったものを、清潔な布と混ぜない。


簡単なことだった。


だが、それだけで傷が悪くなる者が減った。


「錬金術をほとんど使ってないな」


ギルバードが言った。


「窯で乾かしてる」


「それだけですか?」


「箱も作った」


「錬金術師の仕事ですかね」


「治療師に必要だと言われたものを作ってる」


「地味ですね」


「家を建てるより小さいからな」


「大きさの話ですか?」


そんな会話をしながら、ギルバードは布を畳んでいた。


治療院へ来るたび、セドリックも一緒についてきた。


五歳になったセドリックは、白い箱へ布を入れる仕事を任されていた。


「これは?」


セドリックが聞く。


「白い箱」


「なんで?」


「きれいな布だから」


「こっちは?」


「使った布」


「なんで赤いの?」


「間違えないため」


「なんで間違えるの?」


「人間だから」


「おとうさんも?」


「特にお父さんが」


ローレライが答えた。


「なんで?」


「よく考える前に作るからよ」


「今は考えてる」


「今はね」


次に作ったのは、血を止めるための布だった。


怪我をした場所へ当て、強く押さえる。


それだけでも、多くの出血は止まる。


だが、深い傷では布がずれる。


押さえる力が弱ければ、血は流れ続ける。


「傷を塞ぐ薬はあるだろ」


マードックが聞いた。


「ある」


治療師が答える。


「なら、それを使えばいい」


「傷の中に汚れが残っていたら?」


「洗う」


「太い血管が切れていたら?」


「繋ぐ」


「誰が?」


「治療師が」


「できる者は多くない」


治癒魔法で血を止めることもできる。


しかし、すべての治療師が同じように使えるわけではない。


魔力が尽きれば使えない。


一度に大勢が怪我をすれば、全員には間に合わない。


「なら、魔力を使わずに止められるものを作る」


マードックは布の重ね方を変えた。


傷に当てる部分を厚くする。


その上から、長い布を巻きつける。


引けば締まる。


緩まないように留め具をつける。


「強く締めれば止まるな」


ギルバードが言った。


「強すぎれば、別のところが悪くなる」


治療師が答えた。


「では、どのくらい?」


「身体と傷による」


「また一人ずつ違うのか」


「人間だからな」


締める力は、作る側では決められなかった。


だから、少しずつ調整できるようにした。


締めた後に、皮膚の色を見る。


指先へ触れる。


冷たくなっていないか確認する。


時間も記録する。


巻いたまま忘れないよう、目立つ札をつける。


「道具だけでは使えないな」


マードックが言った。


「使い方まで一緒に渡せ」


治療師が答える。


「教えないで売るな」


出来上がった止血具は、治療院だけではなく工場にも置かれた。


加工場。


材料置き場。


建築現場。


台車にも一つ載せた。


使い方を教える。


傷を押さえる。


助けを呼ぶ。


いつ装着したか伝える。


勝手に外さない。


「使わないで済むのが一番ですね」


ギルバードが言った。


「ああ」


「でも、前より安心です」


「道具があるからって油断するなよ」


「分かってますよ」


ギルバードは笑った。


それから、皮膚を作った。


最初の患者は、かまどの火で腕を焼いた女性だった。


命に別状はない。


だが、腕の広い範囲で皮膚が失われていた。


傷を覆う布を交換するたび、女性は声を上げた。


「皮膚を作れないか?」


治療師が言った。


「革なら作れる」


「革では駄目だ」


「似たものなら?」


「身体が受け入れない」


動物の皮。


植物の繊維。


薄く加工した膜。


いくつも試した。


傷を覆うことはできる。


乾燥を防ぐこともできる。


だが、人間の皮膚にはならない。


「本人の皮膚を使う」


治療師が言った。


「傷のない場所から少し取る」


「取ったら、そこも傷になる」


「だから少しだ」


女性の同意を得た。


腕の内側から、ごく小さな皮膚を採る。


それを錬金窯へ入れる。


「増やせるか?」


治療師が聞いた。


「材料が足りない」


「魔力で補えないのか?」


「形だけなら作れる」


「形だけでは駄目だ」


皮膚は生きている。


ただ薄い膜を作ればいいわけではない。


本人の身体と繋がる必要がある。


血が通る。


汗を出す。


痛みを感じる。


傷つけば、また治ろうとする。


マードックは、少量の皮膚へ材料を足した。


水。


塩。


油。


動物から採った組織。


魔力を流す。


薄い皮膚のようなものができた。


治療師が確認する。


「使えない」


「なんで?」


「死んでいる」


「皮膚の形はしてる」


「形だけだ」


何度も失敗した。


厚すぎる。


脆い。


身体へつかない。


魔力を流した直後だけ動き、すぐに変色する。


「何が足りない?」


マードックが聞いた。


「本人だ」


治療師が答えた。


「この皮膚が、誰のものか分かっていない」


「皮膚にそんなことが分かるのか?」


「私は錬金術師ではない」


「俺は治療師じゃない」


「なら、二人で考えろ」


本人の皮膚を、完成品の見本ではなく中心に置く。


別のものへ形を写すのではない。


本人の皮膚が増えるのを、材料と魔力で助ける。


マードックは錬金窯の術式を変えた。


作るのではなく、育つ方向を揃える。


急がせすぎない。


途中で取り出す。


治療師が状態を確認する。


また窯へ戻す。


数日かかった。


出来上がった皮膚は、形が悪かった。


厚さも均一ではない。


家具や建築部材なら、不合格になっている。


治療師は、それを見てうなずいた。


「使える」


「これでいいのか?」


「これがいい」


女性の傷へ移す。


治癒魔法を使う。


新しい皮膚が、少しずつ身体と繋がっていく。


すぐには治らない。


何日も状態を見る。


色を見る。


熱を持っていないか確認する。


痛みを聞く。


一部は身体へつかなかった。


そこを取り除く。


残った皮膚が、少しずつ傷を覆った。


一月後。


女性は自分の腕を動かした。


完全には元に戻っていない。


大きな痕も残っている。


それでも、自分の手で服を着ることができた。


「ありがとう」


女性が言った。


マードックは皮膚を見る。


きれいではない。


同じ厚さでもない。


計画どおりの形でもない。


「こちらこそ」


「なぜ?」


「作り方を教えてもらった」


女性は不思議そうな顔をした。


治療師だけが笑った。


人工骨は、さらに難しかった。


鉱山で落石に巻き込まれた男が運び込まれた。


脚の骨が砕けている。


細かく割れた部分は、元の形へ戻せない。


「脚を切る」


治療師が言った。


男が青ざめた。


「待ってくれ」


マードックが言う。


「何か作れるか?」


「骨なら作れる」


「形だけでは駄目だぞ」


「分かってる」


砕けた骨の形を調べる。


反対側の脚も測る。


同じ形にはしない。


怪我をした場所に必要な形を作る。


材料には、動物の骨を使った。


洗う。


煮る。


不要なものを取り除く。


細かく砕く。


錬金窯で形を整える。


だが、硬く作ればいいわけではなかった。


「硬すぎる」


治療師が言った。


「骨より丈夫だぞ」


「周りの骨が負ける」


「弱くするのか?」


「本人の骨と同じくらいにしろ」


「同じにはできない」


「なら、少し弱い方がいい」


「壊れるぞ」


「壊れたときに、身体を壊さない方を選べ」


マードックは人工骨の中へ、小さな空間を作った。


本人の骨が伸びて入り込めるようにする。


永久に身体を支配する部品ではない。


治るまで支え、いつか本人の骨と一緒になる。


治療師が術式で周囲の骨を整える。


人工骨を入れる。


固定する。


傷を閉じる。


数日後。


熱が出た。


傷の周囲が腫れた。


一度開き、洗う。


薬を変える。


それでも、人工骨は身体の中に残った。


数か月後。


男は杖を使って立ち上がった。


一歩。


もう一歩。


長く歩くことはできない。


以前と同じように鉱山で働くことも難しい。


それでも、脚は残った。


「歩ける」


男が泣いた。


治療師が支える。


マードックは少し離れて見ていた。


「成功ですね」


ギルバードが言った。


「ああ」


「嬉しくないんですか?」


「嬉しい」


「そうは見えませんけど」


「どこまでが成功なのか分からない」


脚は残った。


だが、元には戻っていない。


歩ける。


だが、前と同じ仕事はできない。


命は助かった。


それなら成功なのか。


マードックには、まだ分からなかった。


「本人が喜んでるなら、今日はそれでいいんじゃないですか」


ギルバードが言った。


「軽いな」


「マードックさんが重すぎるんですよ」


「作ったのは俺だぞ」


「使って生きるのは、あの人です」


マードックは男を見る。


杖をつきながら、もう一歩進んでいる。


「そうだな」


その夜。


治療師が一枚の図を持ってきた。


人間の身体が描かれている。


骨。


血管。


肺。


心臓。


胃。


腸。


肝臓。


「今度は何だ?」


マードックが聞いた。


「皮膚は作れた」


「ああ」


「骨も作れた」


「完全じゃない」


「完全でなくても、助かった者がいる」


治療師は図の腹部を指さした。


「なら、身体の中にあるものは、どこまで作れる?」


マードックは図を見る。


皮膚や骨より、ずっと複雑だった。


形だけでは働かない。


他の臓器と繋がる。


血を受け取る。


別の場所へ送る。


一つだけで動いているものはない。


「作ったことはない」


「誰もない」


「失敗したら?」


治療師は答えなかった。


答える必要もなかった。


身体の外で試すことはできる。


形を調べることもできる。


動物で確かめることもできる。


だが最後には、人間の身体へ入れなければ分からない。


マードックは図へ手を伸ばした。


そこで止める。


「先に決めよう」


「何を?」


「誰に使うか」


「必要な者にだ」


「本人が知らないまま使わない」


治療師がうなずく。


「失敗するかもしれないことも伝える」


「ああ」


「治療師だけで決めない」


「錬金術師だけでも決めない」


「記録を残す」


「成功も、失敗も」


マードックは図を受け取った。


「それでも分からないことは?」


「分からないと伝える」


治療師が答えた。


「知らないことを、知っているふりだけはするな」


マードックは人間の身体が描かれた紙を見つめた。


作れるかもしれない。


その言葉が、以前ほど軽くは感じられなかった。


それでも。


作れなければ助からない人間がいる。


「やってみよう」


マードックが言った。


ギルバードが、その図を横から覗き込む。


「ついに人間まで作るんですか?」


「人間は作らない」


「じゃあ何を?」


マードックは、紙に描かれた内臓を見る。


「生きている人間に、足りないものを作る」


そのときはまだ。


その言葉の境界が、どれほど曖昧なものなのか。


誰にも分かっていなかった。


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