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【プロット公開】【完結】等価交換したくないので錬金窯を自作してみました  作者: 若菜みかん


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18/26

五年目 医学 1

五年目。


事故は、工場が動き始めて十二日目に起きた。


大きな音がした。


木材が床へ落ちる音。


続いて、誰かの叫び声。


マードックが駆けつけると、若い職人が床に倒れていた。


「何があった!」


「台車です!」


ギルバードが答える。


材料を載せた台車が、通路の途中で止まっている。


その横に、折れた車輪止めが落ちていた。


職人は右腕を押さえていた。


顔が青い。


「動かすな」


親方が言った。


「腕を見せろ」


「痛い……」


「分かってる。ゆっくりだ」


袖を切る。


腕が、不自然な方向へ曲がっていた。


「折れてるな」


マードックが言った。


「見れば分かる」


親方が睨む。


「治療院へ運ぶぞ」


担架を持ってくる。


職人を載せる。


揺らさないように、何人かで運ぶ。


マードックも一緒に行こうとした。


「お前は残れ」


親方が言った。


「なんでだ?」


「次の事故を止めろ」


マードックは台車を見る。


作業は止まっている。


周囲には多くの職人が集まっていた。


「全員、持ち場に戻れ」


「作業を続けるんですか?」


「続けない」


マードックは工場を見回した。


「今日は全部止める」


窯の火を落とす。


巻き上げ機を止める。


材料を置く。


加工途中の部材には札をつける。


誰も作業を再開しないよう、入口にも札を出した。


それから、事故が起きた場所を調べた。


台車。


車輪。


床。


落ちた材料。


折れた車輪止め。


「誰が置いた?」


マードックが聞いた。


一人の職人が手を上げた。


「俺です」


「きちんと入れたか?」


「入れました」


「本当に?」


「入れました!」


職人の顔が強張る。


ギルバードが車輪止めを拾った。


「これ、薄くないですか?」


並べて使っている別のものを持ってくる。


比べる。


折れた車輪止めは、少し薄い。


「誰が作った?」


記録を調べる。


名前がない。


作った日も分からない。


「工場のものじゃないな」


親方が言った。


「足りなかったので、倉庫にあったものを使いました」


職人が答える。


「似たような形だったから」


「確認は?」


「車輪が止まったので……」


最初は止まった。


だから使えると思った。


材料を載せた。


台車を押した。


途中で床がわずかに傾いていた。


台車が戻った。


車輪止めへ重さがかかった。


そして、折れた。


「似ているものを使った」


マードックが言った。


「大丈夫だと思いました」


「俺もそう思ったかもしれない」


職人が顔を上げる。


「責めてるんじゃない」


マードックは折れた車輪止めを見る。


「見分けられないものを置いたのが悪い」


使ってよい道具。


使ってはいけない道具。


形が似ていれば、間違える。


忙しければ、近くにあるものを使う。


「工場で使うものには、全部同じ印をつける」


マードックが言った。


「壊れたものは?」


ギルバードが聞く。


「すぐに分ける。直すものと捨てるものも」


「点検は?」


「台車を使う前に、車輪と止め具を見る」


紙へ書く。


事故が起きた時間。


場所。


作業していた者。


使っていた道具。


起きたこと。


考えられる原因。


次に同じことを起こさないための方法。


書き終えても、職人の腕は治らない。


「治療院へ行ってくる」


マードックが言った。


町の治療院は、工房から歩いて十五分ほどの場所にあった。


中へ入ると、薬草の匂いがした。


怪我をした職人は寝台に横たわっている。


腕には二本の板が添えられ、布で固定されていた。


「どうだ?」


マードックが聞いた。


「しばらく仕事は無理だ」


治療師が答えた。


白髪の混じった、小柄な女だった。


「骨は戻した。だが、くっつくまでは動かせない」


「治癒魔法は?」


「使った」


「なら、すぐ治るんじゃないのか?」


治療師はマードックの左肩を見る。


冒険者だった頃についた古い傷が残っている。


「お前の傷は、すぐに治ったか?」


「いや」


「治癒魔法は傷を消す魔法じゃない。血を止め、痛みを和らげ、身体が治ろうとするのを助ける」


「骨は?」


「本人の身体が繋ぐ」


「どのくらいかかる?」


「一月で済めば早い方だ」


マードックは固定された腕を見る。


板の形が、腕に合っていない。


肘の近くに隙間がある。


手首のところでは、布が強く食い込んでいた。


「その板、合ってないな」


「人の腕は一本ずつ違う」


治療師が答える。


「使える板の中から近いものを選んだ」


「作ればいい」


「怪我をするたびにか?」


「すぐ作れる」


マードックは腕の長さを測った。


太さを測る。


曲がっている部分へ触れないよう、紙に形を写す。


工場へ戻り、薄い木材を選んだ。


内側を削る。


腕の形に合わせて曲げる。


肌に触れる場所には、柔らかい布を張る。


重くならないよう、必要のない部分を抜く。


錬金窯を使えば、同じ厚さに整えられる。


だが、形は一つにしなかった。


怪我をした職人の腕に合わせた。


治療院へ持っていく。


治療師が古い板を外し、新しい固定具を当てた。


「痛むか?」


「さっきより楽です」


「指は動く?」


職人が指を動かす。


色を見る。


冷たくなっていないか確認する。


布の締め方を変える。


「これなら使える」


治療師が言った。


「もっと作るか?」


「同じものはいらん」


「なんでだ?」


「次の患者には合わない」


「大きさを何種類か用意する」


「太さは?」


「それも分ける」


「折れる場所は?」


「……それも」


「右腕と左腕は?」


マードックは黙った。


治療師が笑った。


「椅子の脚とは違うぞ」


「分かってる」


「本当か?」


「今分かった」


人間の身体は、一人ずつ違う。


同じ人間でも、右と左で違う。


大人と子供で違う。


男と女で違う。


同じ場所を怪我しても、折れ方が違う。


腫れ方も違う。


痛みも違う。


「じゃあ、作り方を決める」


マードックが言った。


「形じゃなくて?」


「ああ」


腕を測る。


怪我の場所を確認する。


紙へ形を写す。


必要な長さに切る。


身体へ合うように曲げる。


肌に触れる場所を柔らかくする。


固定した後も、指の色と動きを見る。


「これなら、別の腕にも使える」


治療師は固定具を見た。


「作る者が、怪我を理解していればな」


「教えてくれ」


「何を?」


「骨折した腕に、何をしていいか。何をしたら駄目か」


治療師の目が細くなる。


「お前が治療するつもりか?」


「固定具を作る」


「同じことだ」


「違う」


「患者に触れるなら、同じだ」


マードックは反論しようとした。


だが、言葉が出なかった。


柱なら、失敗しても建てる前に壊せる。


梁なら、重りを載せて試験できる。


車輪なら、壊れるまで回すこともできる。


人間にはできない。


少し試す。


駄目なら作り直す。


それでは遅いことがある。


「治療師が指示する」


マードックは言った。


「俺たちは、その指示に合わせて作る」


「勝手に変えないか?」


「変えない」


「便利だからと、余計な穴を開けないか?」


親方に言われたことを思い出す。


マードックは固定具を見た。


「必要なら変える」


「誰が必要だと決める?」


「治療師だ」


白髪の治療師は、しばらくマードックを見ていた。


「なら、次も頼むかもしれない」


「骨折か?」


「それだけじゃない」


治療師は棚から、古い木箱を下ろした。


中には、形の違う板や布が入っている。


指を固定する細い板。


脚を支える長い板。


首を動かさないための厚い布。


歩けない者が使う杖。


欠けた歯の代わりに入れる小さな金属。


「治すのは身体だ」


治療師が言った。


「だが、治るまで支える道具はたくさんいる」


マードックは箱の中を見る。


どれも小さい。


家の柱より小さい。


家具よりも小さい。


最初に作っていた錬金術の品と比べても、珍しいものではない。


それでも。


一つ間違えれば、人の身体を傷つける。


「面倒だな」


マードックが言った。


「やめるか?」


「いや」


固定具をつけた職人が、寝台で眠っている。


事故が起きる前と同じ腕には戻せないかもしれない。


それでも、できることはある。


「面倒だから、やる」


マードックは木箱を持ち上げた。


五年目。


マードック錬金工房は初めて、人間の身体に使うものを作り始めた。


ただし。


何を作るかを決めたのは、錬金術師ではなかった。


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