四年目 建築 3
土台に使う石は、全部で十二個あった。
「これを運ぶのか」
マードックが言った。
「そうだ」
親方が答える。
「十二個も?」
「四隅だけで建てるつもりだったのか?」
「駄目か?」
「小屋なら立つかもしれん」
「ならいいだろ」
「立つのと、使えるのは違う」
親方は地面へ杭を打った。
杭と杭の間に縄を張る。
建てる小屋の位置を決め、その中の土を少し掘る。
「なんで掘る?」
「柔らかい土を除く」
「全部?」
「必要なところだけだ」
掘った場所へ砕いた石を入れる。
棒で何度も突き固める。
その上に大きな石を置く。
柱は、さらにその上へ立てる。
「ずいぶん手間がかかるな」
「家を地面に置くだけだと思っていたのか?」
「少し埋めればいいと思ってた」
「腐るぞ」
「じゃあ石に載せる」
「その石が沈まないようにしてるんだ」
マードックは穴を見る。
家を作る。
そう言ったとき、考えていたのは柱と梁だった。
壁。
床。
屋根。
どれも目に見える。
だが、家が立つ場所にも仕事がある。
完成すれば、ほとんど見えなくなる。
それでも、そこを省くことはできない。
「面倒なものほど見えないな」
「見えないから手を抜く者もいる」
親方は地面を棒で突いた。
「そして、手を抜いたことが分かるのは家が傾いてからだ」
十二個の石のうち、最初の一個を運ぶ。
太い棒を差し込む。
二人で押す。
少し浮いたところへ丸太を入れる。
さらに押す。
石が丸太の上へ載った。
「動いた」
ギルバードが言った。
「よし」
さらに丸太を置く。
押す。
前へ進んだ石の後ろから丸太を抜き、また前へ置く。
少しずつ進む。
「遅いな」
「動いてるだけましですよ」
「もっと早くできる」
「また何か作るんですか?」
「このままだと十二回やることになる」
「そうですね」
「嫌だ」
「それが理由ですか」
翌日。
石置き場と建築場所の間に、二本の木材が並べられた。
その上に、低い台車が置かれている。
太い車輪。
短い車軸。
石を載せても壊れないように、家具用より頑丈に作った。
「道を作ったの?」
ローレライが聞いた。
「石のためにな」
「小屋を作るためでしょう?」
「小屋を作るために石を運ぶための道だ」
「また遠くなってるわね」
石を台車へ載せる。
縄を掛ける。
建築場所の近くに立てた太い柱へ滑車を取り付ける。
縄の反対側を、横向きに置いた大きな輪へ巻きつける。
「これは?」
ギルバードが聞いた。
「巻き上げ機」
「誰が回すんです?」
「俺とお前」
二人で棒を押す。
輪が回る。
縄が巻き取られる。
台車がゆっくり動いた。
「おお」
ギルバードが声を上げる。
今まで二人で押してもほとんど動かなかった石が、木材の上を進んでくる。
速くはない。
だが、確実に動いている。
「楽だな」
マードックが笑った。
「二人で回してますけど」
「押すより楽だ」
「これを作る方が大変でしたよ」
「十二個運べば得になる」
一つ目の石が到着した。
次は、台車から下ろさなければならない。
三本の柱を組み、上で繋ぐ。
そこへ滑車を吊るす。
石へ縄を掛ける。
巻き上げ機を回すと、石がわずかに持ち上がった。
「止めろ」
親方が言った。
「まだ穴の上じゃない」
「縄を見ろ」
縄の一本が、柱の角に擦れている。
細い繊維が毛羽立っていた。
「これくらいなら大丈夫だろ」
マードックが言う。
「なら、その下に立て」
親方が答えた。
マードックは石を見る。
大人二人でも持ち上がらない石が、目の前に吊られている。
その下へ入る気にはならなかった。
「嫌だ」
「なぜだ?」
「落ちたら死ぬ」
「大丈夫なんだろ?」
「直す」
石を下ろす。
縄が柱へ触れないように、滑車の位置を変える。
角には丸みをつける。
縄も太いものへ交換した。
もう一度持ち上げる。
「ギルバード、石の向きを変えてくれ」
マードックが言った。
ギルバードが近づく。
「待て」
親方が止めた。
「今度は何だ?」
「手で押させるな」
「少し動かすだけだ」
「揺れたら挟まれる」
石へ別の縄を掛ける。
離れたところから引き、向きを変える。
「面倒だな」
「死ぬよりは楽だ」
「それもそうだ」
石を穴へ下ろす。
高さを測る。
隣に置く石との高さが合わない。
一度持ち上げる。
下へ砕いた石を足す。
もう一度下ろす。
「まだ高い」
「少し取れ」
また持ち上げる。
少し取る。
下ろす。
「今度は?」
親方が板を渡す。
石と石の上に置く。
板の上へ、水を入れた細長い器を載せた。
水面を見る。
「少し傾いてるな」
「どっちだ?」
「そっちが低い」
また石を持ち上げる。
「これ、十二個やるんですか?」
ギルバードが聞いた。
「そうだ」
「今日は何個できます?」
「二個」
「小屋ですよね?」
「小屋だ」
「家だったら?」
誰も答えなかった。
十二個の石を据えるのに、六日かかった。
途中から作業する人間が増えた。
加工場の職人。
大工組合の若い職人。
錬金術協会から来たカール。
カールは巻き上げ機を見るなり、目を輝かせた。
「これ、魔力を使えば自動で回せませんか?」
「できると思う」
マードックが答える。
「なら、もっと早く運べますね」
「駄目だ」
親方が言った。
カールが振り返る。
「なぜです?」
「早く動かす必要がない」
「早い方が便利でしょう」
「石が揺れる」
「調整すれば」
「縄が切れたとき、すぐ止められるのか?」
カールは巻き上げ機を見る。
「止める仕組みを作れば」
「誰かが巻き込まれたときは?」
「それも……」
「動かす仕組みより、止める仕組みを先に作れ」
親方の言葉に、マードックは頷いた。
巻き上げ機へ歯をつける。
逆向きに回らないよう、木の爪を噛ませる。
棒から手を離しても、石が落ちない。
止めたいときには、爪を掛ければ止まる。
「これなら魔力で動かせる」
カールが言った。
「まだだ」
親方が答える。
「まだ何が?」
「誰が動かす?」
「誰でも」
「誰でも、で人が死ぬ」
操作する者を一人に決める。
石の近くにいる者。
縄を見る者。
巻き上げ機を動かす者。
それぞれが勝手に声を出すと、何を聞けばいいのか分からなくなる。
合図も決めた。
動かせ。
止めろ。
上げろ。
下ろせ。
危ない。
短い言葉だけを使う。
「こんなことまで決めるのか?」
マードックが聞いた。
「人数が増えれば必要になる」
親方が答えた。
「二人なら顔を見れば分かる。十人いれば分からん」
「間違えたら?」
「石が落ちる」
「分かりやすいな」
最後の石を据え終わった。
十二個の石が、同じ高さに並んでいる。
その上へ柱を立てる。
一本目。
二本目。
柱が倒れないように、仮の支えをつける。
梁を地面で組む。
縄を掛ける。
三本の柱で作った吊り上げ設備を動かす。
ゆっくりと梁が上がっていく。
「上げろ!」
親方が声を出す。
巻き上げ機が回る。
「止めろ!」
木の爪が噛み合う。
梁が空中で止まった。
柱の位置を直す。
「下げろ!」
少しずつ下ろす。
梁の継ぎ手が、二本の柱へ入った。
木槌で打つ。
栓を差し込む。
また次の柱を立てる。
その次の梁を上げる。
一日かけて、小屋の骨組みが出来上がった。
夕方。
マードックたちは少し離れた場所から、それを見ていた。
まだ壁はない。
床もない。
屋根もない。
柱と梁だけだった。
それでも。
「家みたいだな」
ギルバードが言った。
「小屋だ」
親方が訂正する。
「でも、立った」
マードックは骨組みを見上げた。
錬金窯で作った部材。
決められた寸法。
決められた継ぎ手。
地面で組み、設備で持ち上げ、現場で繋いだ。
巨大な窯は作っていない。
家を一度に錬成したわけでもない。
一人の魔力で持ち上げたわけでもない。
何人もの人間が、決められた役割を守って作った。
「おとうさんのおうち?」
セドリックが聞いた。
「みんなで作った家だ」
「ぼくも?」
「お前もだ」
「やった」
セドリックは骨組みの中へ走っていく。
「走るな!」
マードックと親方の声が重なった。
二人は顔を見合わせた。
「まだ仮の支えがある」
親方が言う。
「縄も張ってある」
マードックが続ける。
セドリックを追いかけ、ギルバードが中へ入った。
その姿を見ながら、マードックは考える。
作れるようになった。
だが、作れる人間が増えれば、それだけ危険も増える。
設備を使えば、今まで動かせなかったものが動く。
その代わり、失敗したときに落ちてくるものも大きくなる。
「親方」
「何だ」
「さっき決めた合図、紙にしておこう」
「読めない者もいるぞ」
「なら絵も描く」
「作業の順番もだ」
「設備を使う前の確認もいるな」
「縄と滑車も毎日見ろ」
マードックは新しい紙を取り出した。
そこへ書く。
作業する者。
合図する者。
確認する場所。
してはいけないこと。
「家を作るだけだったんだけどな」
「まだ小屋だ」
「そうだった」
マードックは笑った。
小屋を一つ作るために、道ができた。
台車ができた。
巻き上げ機ができた。
吊り上げ設備ができた。
役割が決まり、合図が決まり、確認する項目が増えた。
いつの間にか。
マードックたちは、物を作る設備だけでなく。
人が一緒に働くための仕組みまで作り始めていた。




