英雄ゴンドを夢に見る〈1〉
ぬいぐるみに睡眠は必要ない。それでも微睡むことはできるし、夢も見る。
そんな夢の中でオリカはときどきだが、受け継いだ血の濃さをひどく実感するときがあった。英雄ゴンドが登場するのだ。
異世界にてワイト王国とラブツーク王国の双方から英雄と畏れられていたゴンド、直接会ったことはなくとも彼はオリカの祖父である。
もちろん顔を知らないし声にも覚えがない。言ってみれば歴史上の人物のような扱いだが、夢の中での彼の姿は一目でそれとわかってしまう。
中肉中背で黒い髪、特徴のない髪型、現代の日本であればどこにでもいそうな青年。にもかかわらずオリカには「ああ、ゴンドだ」と認識できるのだ。
これを血の縛りと呼ばないなら、何と呼べばいいのか。
宙宮家の四きょうだいに九慈星彦、加えて来客である椎葉理樹が寝静まった夜、オリカも眠りにつこうとしている。
そして今夜もまた、微睡みながら祖父を夢に見るのだ。
◇
城外に出て、何にも煩わされることなく一人きりで絵を描いている時間だけが、ゴンドにとって心の安らぐひと時だった。
「異世界であっても植物の種類は変わらないもんなんだな」
独り言を口にしつつ、貴重品とされている紙に絵筆を走らせる。
ゴンドは草花を描くのが好きだ。異世界へやってくる前までは、デッサン力を磨くために様々な静物画を描いてきたし、人物画や風景画もたくさんの枚数を経験している。
その中でもゴンドはとりわけ草花の佇まいに惹かれた。儚さとしぶとさが同居している姿に、つい自分自身の境遇を重ね合わせていたのかもしれない。
だが穏やかな時間はやがて終わるだろう。
もうすぐ子供が生まれる。彼と、ワイト王国の王女であるメルガンとの間に宿った新しい命が。
「名前を決めなきゃいけないが、メルガンはどう出るかな」
憂鬱そうな響きになってしまったのも無理はない。結婚の儀を終えてからまだ一年足らずだが、すでに二人の仲は冷え切っている。
メルガンの尊大さには心の底からうんざりしていた。
子供の誕生自体はゴンドにとっても楽しみだ。ただ、赤ん坊を含めた三人が家族として成立するヴィジョンが、彼にはどうしても見えてこないのだ。
ため息とともに筆が止まった。まだ描きかけの草花からは「早く続きを」とせっつかれているような気がするが、メルガンのことを思うだけで手も鈍ってしまう。
今だって、本来であれば出産を控えた妻のそばにいるべきだ。少なくとも現代日本の価値観ではそうだった。
しかしメルガン本人によって拒まれたのだ。邪魔だ、と。
こんな自分たちが親でいいのだろうか。その資格があるのだろうか。
はあ、と再びのため息が漏れる。ちょうどそのときだった。
「ゴンドさまぁ、捜しましたぞう」
馬の背にまたがってやってきたのは、メルガンお気に入りの兵士の一人だ。
彼女は自ら兵士たちを選抜して親衛隊を作っている。いずれ劣らぬ眉目秀麗な若者たちだけで構成された武装組織であり、王女メルガンのためにのみ働くことを求められていた。
「無事お生まれになりました。女の子であります」
きっと王女に似て美しく成長されることでしょう、と馬上の兵士は言い添えた。
ゴンドからすれば美醜などどうでもいい。咲き誇る花もやがては枯れる。どれほど外見が美しかろうと、いずれは衰えていく定めだ。
馬上の兵士に対し、ゴンドが指示を出す。
「先に戻っていてくれ。おれもすぐに向かう」
「かしこまりました」
受け答えが終わるとすぐに一礼して馬首をめぐらし、親衛隊の兵士はさっそうと王城へ駆けていく。
その後ろ姿を眺めながら、ゴンドは一つだけ心に決めた。
生まれ落ちてきた娘へは花の名前を贈ろう。
王族としての運命に負けないくらい気高くも可憐に咲く、そんな花の名前を。




