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オリカ・イズ・デッド、それから  作者: 遊佐東吾
幕間

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37/40

探偵vs占い師〈後編〉

文中の【ほかす】は【捨てる】と置き換えてお読みください。

 もちろんフブキとしても、うさんくさいことこの上ない占い師による妄言など、一切信じるつもりはない。

 だがでたらめなインチキ占いであるがゆえに許しがたいのも事実だ。コーナーポストへと追いつめて、ラッシュを仕掛けてやらなければ気が済みそうもなかった。


「へえ。それってあなたと男鹿颯一朗さんのように、ですか」


 平静を装ってフブキが言い放つ。

 さらに千鶴へ弁解する間を与えず、畳み掛けていった。


「伺っていますよ千鶴さん。三階で起こった、赤い水が壁を伝う異変について連絡されたのはあなただったそうですね。営業終了後の男鹿靴工房で一緒に目撃されたのでしょう。先ほどの喫茶オアシスのお話でもそうでしたが、男鹿颯一朗さんとは随分と仲がよろしいご様子」


 二人が男女の仲であることを示唆し、相手の逃げ道を少しずつ塞いでいく。

 もちろん千鶴も黙って聞いているだけではない。


「ちゃうちゃう。うちは男鹿さんからそう聞かされただけや」


「なるほど。赤い水の霊障に恐れおののき、慌てて逃げ出そうとしている男鹿さんから、ですか」


 随分と悠長な夜逃げもあったものですね、とフブキはせせら笑った。

 このビルから最初に退去したのは男鹿靴工房だ。しかも彼女の言葉通り、突然夜逃げのようにして引き払っている。商売道具であるミシンだけを残して。

 喫茶オアシスの話の際に、千鶴が「そ……男鹿さん」と口にしたのは明らかな失言だった。これでフブキも二人の関係を確信できたからだ。

 しかし本題はここからである。


「千鶴さんはご存知でしょうか。現在、男鹿颯一朗さんとは一切の連絡を取ることができません。残していかれたミシンの処遇について相談したく、何度もご連絡を差し上げているんですがね」


「あんた……何が言いたいねん」


 心なしか千鶴の声がかすれていた。


「ならはっきり申し上げましょう。男鹿颯一朗さんは、とっくにお亡くなりになっているんじゃないですか」


「うちがヤった、そう言いたいんか」


「ええ」


 淡々と答えたフブキだが、別に真実のつもりで話しているわけではない。

 あなたを犯人とする論理だって組み立てられるのだぞ、と嫌がらせをしているだけだ。もし藪をつついて蛇が出てくるようであれば、そのときは蛇を締め上げてしまえばいい。


「たとえばこういう筋書きはいかがでしょう。痴情のもつれで男鹿颯一朗さんを殺害してしまったあなたは、遠方へと死体を遺棄する。そして男鹿靴工房の商売道具を処分してしまおうと三階へ向かったわけです」


「ほーう。そこでうちが赤い水の怪現象を目撃した、と言いたいわけやな」


「さぞ驚かれたことでしょうね。まるで男鹿颯一朗さんの無念が、あなたの犯罪を告発しているかのような霊障だったわけですから」


 それこそすぐにこの部屋を引き払いたくなるくらいには、と付け加える。

 この間、フブキはずっと相手の目を真っ直ぐ見据えたままだ。退いてしまえば彼女の負けだし、でたらめな占いの代償にも全然足りていない。

 もっと顔を引きつらせてやらなければ気が済まないが、それでも千鶴の表情にはまだ余裕が感じられた。


「探偵やなんやと持ち上げられとっても、やっぱり子供は子供やな。自分でおかしなこと言うてんの、わかっとるか?」


「伺いましょう」


「あんな、その場合男鹿さんとこの道具一式はどうすんねん。靴から何から、めっちゃぎょうさんあったで。一人でほかすんはとても無理やし、どこかに保管しとるんやったらとっくに警察にもバレとるわ」


 勝ち誇ったような声音の千鶴だが、そのあたりはフブキも想定済みだ。


「もうちょっと厳しく攻めてくるかと思いましたが、案外ぬるいですね」


「おーん?」


「いるじゃないですか。条件次第で協力してくれそうな方々が」


 そう言ってフブキは先ほどの名刺を指差す。


「おあつらえ向きの集団ですよね、『果てなき銀河の会』って」


「果てなき銀河の会」であれば一斉に三階の荷を運びだし、どこかの私有地で秘密裏に処分することも可能だろう。

 違法行為に手を貸してもらう代わりに、占い師としての名声とキャリアをすべて差し出し、会の拡大と繁栄に尽力していく。

 千鶴と「果てなき銀河の会」の間で、そのような契約が交わされていたとしても不思議ではない。


「初対面の大人相手やで? いろんな角度から攻めてくんの、ほんまに怖いわあんた。人生何周目やねん」


 さすがの千鶴にもぼやきが出てきた。


「こんだけ詰められると、まるで自分がやらかしたような気ぃさえしてくるで。冤罪の追体験やわ」


 これが見たかった、とフブキは内心でガッツポーズを作る。

 彼女の推論が正しいかどうか、それを決定づける証拠はもはや残っていない。男鹿颯一朗の死体でも出てこないかぎりは。なので真相究明とまではいかないものの、相手に膝をつかせた満足感はあった。

 小さくお手上げのポーズを作り、千鶴が目線を落としながら言う。


「しゃあないな。あんたにはほんまのことを話しとくわ。不可解で現実離れした内容やから、まだ誰にも伝えてないねんけどな」


 彼女の言葉を額面通りには受け止められないが、新しく提示される情報に興味がないと言えば嘘になる。


「男鹿さん、いや、もう颯一朗さんでええか。確かにあの人とうちは恋仲やった。警察にもそのことを詳しく訊かれたわ」


 千鶴はフブキからの指摘をあっさりと認めた。


「話はこっからや。よう聞き。颯一朗さんにはな、少年期のトラウマがあんねん。近所の家に絵描きが住んどったらしいんやけどな、その人の描く絵がヤバい代物やったらしくて。知っとる? ミハイル・サハラっちゅう絵描きなんやけど」


「名前と、あと作風くらいは」


 ミハイル・サハラなる画家については九慈星彦から聞かされている。佐原桐子の父であり、ひどく印象に残る絵を描く人物だと。

 フブキの答えに、千鶴も大きく頷いた。


「そのミハイル・サハラが描いた、画面全体が赤い絵。これを見せられた幼い頃の颯一朗さんは、あまりの恐怖とおぞましさに三日間高熱で寝込んだそうや。あの人はそのときのことをずっと引きずって生きとった。ぐっすり寝とっても、いきなり『赤ァ!』って奇声を発して飛び起きるんやで? あそこまでいったら完全に呪われとるわ」


「だから赤い水の怪現象に対して、必要以上に恐れてしまい我を失った、と?」


「そうや」


 作り話である、と断定できるだけの材料はもうない。

 むしろここでミハイル・サハラなるカルト的な画家の名を出してきたこと自体、妙なリアリティがある。佐原桐子のことも相まって、嫌な湿度が感じられた。

 千鶴は淡々と続けていく。


「たぶんあの人はもう、正気ではないんやろ。うちかてどんなルートを使(つこ)うても連絡とられへん。悲しいけど、これが別れの運命っちゅうやつや」


「千鶴さん……」


「こっちのビルにも颯一朗さんからの連絡はなかったようやし、いい加減うちもあきらめんとな。まあ、赤い水を含めた諸々の霊障は終わってそうで何よりやわ」


 さばさばした表情でそう語った千鶴が、ソファーから腰を上げた。

 剣道の鍔迫り合いのような緊迫した時間はようやく終わった。なのに二人の間に流れているのは、思いのほかしんみりとした空気である。

 金色のピンヒールを履きながら千鶴は言う。


「別れは誰にでもあるもんや。でもな、それをどう受け止めるかは人それぞれ。うちはこう見えても結構弱いとこあるからな。ちょっとでも気持ちを楽にしてもらいたくて、神さまのお力に頼りたくなったんよ。せやからもしあんたがこの先しんどい思いをすることがあれば、そのときはいつでも相談に乗ったる」


「……ありがとう、ございます」


 そんな日は来ないだろうが、ひとまず礼を述べておく。

「ほなな」と手を振って去っていく千鶴を見送り、フブキは再びソファーへと戻った。やけに体が疲労を訴えてきている。甘い物がほしい気分だ。


「ただいまー」


 そこへ帰宅してきたのが、買い出しに出掛けていたハルクとミコである。

 天の配剤、とばかりにフブキは「何でもいいからおやつくれー、おやつ」と気だるげな声を出した。


「できればプリンとかアイスクリームとかがいいー」


「贅沢いってら。何でもよくないじゃねえか」


 買い物用のエコバッグを持ってキッチンへと向かいながら、弟のハルクが憎まれ口を叩いてくる。姉への労りが感じられない。

 一方でいつもにこにこしている末っ子のミコは、なぜか小学二年生らしからぬ険しい表情を浮かべていた。

 慌ててフブキもソファーから離れ、屈みこんで妹と目線の高さを合わせる。


「どした? 何か嫌なことがあった?」


 優しく訊ねてみると、少しだけ首を傾げたミコが「あのね」と話しだす。


「さっき、黒い服を着たお姉さんとすれ違ったの。そしたらね、お姉さんの肩あたりに、ものすごく怒っている男の人の顔が憑りついてた」


「──え?」


「その男の人の霊、すっごくお姉さんを恨んでいるみたいだったけど、ミコには何もしてあげられなくて。だからユキちゃんに相談しようと思って帰ってきたの」


 何のことはない、フブキは藪をつついて蛇を出すことに成功していたのだ。ただ彼女自身がそれと気づけなかっただけで。

 真夏に黒い服を着たお姉さんなどアイアコッカ千鶴しか考えられない。憑りついている男の霊は男鹿颯一朗であり、すでに亡くなっている。

 加えて千鶴を恨んでいるというミコの霊視から推察するに、やはり男鹿は殺害されたとみて間違いなさそうだ。

 いつの間にかフブキは感情に呑まれてしまっていた。探偵失格ではないか。


「やってくれたわ、あのクソ女」


 そう小さく吐き捨て、無造作に髪をかき上げる。

 はらわたが煮えくり返るとはまさにこのことだが、心配そうに見つめてくる妹の前でさらなる暴言は自制しなければならない。

 腹から深呼吸をし、怒りを鎮めていた彼女を「ユキ姉」とハルクが呼ぶ。


「何があったか知らないが、こいつでも食べて落ち着け」


 放物線を描いて彼が投げてきたのは、チョコ味のシューアイスだった。

 袋を開けて中身を取り出せば、ひんやりとした感覚が手のひらに伝わり、心も自然とクールダウンされていく。


「じゃあミコ、二つに割るからちょっと待っててね」


「うん」


 お金のない宙宮家において、おやつとはきょうだいと分け合うものだ。

 フブキの軸足がそっと移動する。先ほどまでの化かし合いから、大切なきょうだいたちとの他愛ない日常へ。

 アイアコッカ千鶴を追いはしないし、警察を動かすつもりもない。しかし次に彼女と会うことがあるならば、そのときは容赦しないつもりだ。今はそれでいい。

 フブキとミコが「いただきます」と声を合わせた瞬間、いきなり玄関のドアが勢いよく開け放たれた。


「やった、おやつの匂いがする!」


 また一人、にぎやかなのが帰ってきた。もう一人の弟であるキョウスケだ。


「おかえり。けどな、扉は静かに開け閉めしろって日頃から言ってるだろ」


「ごめんごめん」


 ハルクとキョウスケのやり取りもいつも通りだった。

 一人の時間も悪くはない。けれどもフブキにとっては、こうしてきょうだいたちの賑やかな声に囲まれている方が落ち着く。

 嘘で塗り固められたアイアコッカ千鶴による適当な別れの占いなど、心に留めておく理由があるはずもなかった。

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