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オリカ・イズ・デッド、それから  作者: 遊佐東吾
幕間

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36/40

探偵vs占い師〈前編〉

長くなりましたので前後編に分割します。

 一人きりでの留守番は久しぶりかもしれなかった。

 ハルクとミコは夕食の買い出しに出掛け、風呂掃除を済ませたキョウスケは五階の空きテナントを使って──もちろんビルのオーナーは了承済みだ──踊りの練習に勤しんでいる。

 セイゲンとオリカもまだ帰宅していない。もっとも姉のオリカはぬいぐるみの姿形へと変じているため、あまり自由には動けないのだが。


探偵(プライベート・アイ)のプライベートな時間(タイム)ってことね」


 レモンスライスをアイスティーに突っ込み、ストローで氷ごとがちゃがちゃと適当にかき混ぜながら、フブキは一人きりの午後を満喫していた。

 格安で手に入れた対面型のソファーに座り、ご機嫌だ。

 宙宮家五きょうだいと九慈星彦、六人が共同で暮らしている空間だが、今この瞬間は宙宮探偵事務所と名乗っても差し支えない。

 これまでの生活を思えば非常に広い部屋だ。店舗用なのか居住用なのか、どっちつかずの間取りであり、扉を開ければいきなり十四畳ほどの空間になっている。

 現在はオープンにしているが、かつてはパーテーションによって区分けもされていた。遮っている壁の向こうが居住部分として想定されていたらしく、キッチンにバス、トイレに小さなダイニングスペース、さらには寝室と一通り揃う。

 今のところフブキとミコ、それにオリカが寝室を使用している。残りの男ども三人はこちらのリビング部分で雑魚寝だ。

 セイゲンは元々が遠慮がちな気質なのか、当初は「別の階で寝るから」と主張して聞かなかった。それも直上の三階を使うという。

 かつて男鹿靴工房なるテナントが入っていた三階では、突然壁を伝って赤い水が流れてきたという目撃情報がある。その恐怖ゆえに男鹿氏は退去したのだそうだ。


「ほんと、考えられない。バカでしょ。あいつ、脳みその大半を囲碁に持っていかれたんじゃないの?」


 ひとしきりセイゲンをこき下ろしたフブキは、ずぞぞぞ、とアイスティーを豪快に吸い上げる。姉のオリカや一歳下の弟であるハルクには「行儀が悪い」と叱られそうだが、今なら誰にも気兼ねはいらない。

 なのにこんなときにかぎってインターフォンが鳴らされるのだ。


「はーい」


 少し高めのよそ行きの声である。

 憩いのひと時を邪魔された、という気持ちもなくはなかったが、客である来訪者に対して失礼があってはならない。

 喉の調子を整え、玄関のドア越しにフブキは訊ねた。


「どういったご用件でしょうかー」


「看板もなんも出てないけど、ここにええ腕しとる探偵がおるって聞いてな」


 合っとるやろか、と早口の関西弁でまくし立ててくる。女の声だった。

 いい腕の探偵、フブキの自尊心をくすぐるフレーズだ。

 作った微笑とともにドアを開け、相手を中へと招き入れる。


「ご依頼の方ですか。私がその探偵、宙宮フブキと申します。どうぞお入り──」


「ほな邪魔すんでー」


 フブキに最後まで言わせず、女がずかずかと室内へ足を踏み入れてきた。


「このまま土足でかまんの? ああ、スリッパあるわ。これ履いたらええんやな」


 一人で疑問を口にし、一人で納得している。さすがのフブキも口を挟むタイミングを見出せない。

 それにしても、なかなかすごいファッションセンスの女性である。

 これから葬儀にでも出席するのか、と問いたくなるような真っ黒のワンピースドレスを身にまとっているのだが、シースルーの部分が多く露出度は高い。おまけに足元は金色のピンヒールだ。いったいどこで売っているのか。

 厚めの唇には紫のルージュ。髪型はフィンガーカールであり、女の切れ長の目にはよく似合っている。さながら大正時代のモダンガールだ。

 フブキに促されるよりも早く、女はソファーに浅く腰掛けた。


「外はほんま(あっつ)いなー。何でもええから冷たーい飲み物だしてくれへん?」


「……はい」


 こうまで会話の主導権を握られては、フブキとしても面白くない。だが苛立ちは思考を濁らせる。あくまで沈着冷静でなければ。

 グラスに氷を入れ、パックのアイスティーを注ぐ。レモンスライスはなしでいいだろう。

 トレイに乗せて女の前へストローとともに置く。


「どうぞ」


「助かるわあ」


 ありがとさん、と礼を述べてから女はアイスティーに口をつけた。

 よほど喉が渇いていたのか、一気に半分ほどを飲み干してしまう。

 けれども彼女の様子には違和感があった。入室してからずっと、それこそアイスティーで喉を潤している間も、目だけはずっときょろきょろと動いて忙しない。

 ふむ、とフブキは女を観察し続ける。

 話した言葉に一挙手一投足、そのすべてが情報だ。それらを総合して相手の置かれた状況と真意を見抜き、優位に立たなければ探偵とは名乗れない。

 しばらく放置していたフブキのグラスから、不意にからんと音が鳴る。どうやら氷が溶けてグラスの底へ沈んでいったらしい。

 まるで今の音が合図であったかのように、女は不敵に笑って切りだした。


「うちが何者(なにもん)か、あんたわかる?」


「依頼者ですよね」


 素っ気なくフブキが答える。

 柔道に例えれば、これは組み手争いだ。相手へ有利なポジションを与えてしまうわけにはいかない。

 案の定、女はフブキからの返答に少し不満げな様子を見せた。


「ちゃうちゃう。そうやなくて、うちの素性を当ててみぃってゆうてんの」


 ここで彼女は足を組み、ソファーへと背中を預ける。


「できひんの? えー、ほんなら依頼すんのやめよかな」


「一応お伝えしておきますが、あたしは探偵志望であって、占い師になりたいわけじゃないんですよ」


 そしてフブキは淡々と続けた。


「おわかりいただけましたか、占い師のアイアコッカ千鶴さん」


 明らかに部屋の空気が変わる。

 まずはフブキによる先制攻撃だった。といっても彼女の持ち札を切っただけで、さほど大したことはしていない。

 すでに必要な情報はある程度揃っていた。このビルの霊障騒ぎの際、フブキは地道に各テナントの調査も済ませていたからだ。

 まさにこの階の住人であった占い師、アイアコッカ千鶴。年齢は三十八。

 自称クォーターという触れ込みではあるが、そこの真偽は不明だ。

 ただし彼女が関西出身なのは承知していたし、占いの際に好んで着用する服が黒であることもつかんでいる。さすがに金色のピンヒールまでは想定外だったが。

 そもそもどの依頼人にも共通している切迫感が、彼女からはまったくといっていいほど感じとれなかった。

 だからこそフブキも気づいたのだ。探偵である自分への用件ではなく、かつて仕事場兼住居だった部屋を確認したかったのではないか、と。

 そこまで類推できれば、後は鎌を掛けてみるだけだ。

 低い声で千鶴が言う。


「──何でわかったん?」


「探偵だから、ですかね」


「答えになっとらんっちゅーねん」


 語気は強いものの、別に怒ってはいないのだろう。アイスティーから抜いたストローでフブキを差してきたのには辟易させられたが。


「まあええよ。あんたがデキる女探偵やから、でうちも納得したるわ」


「それはどうも」


 一応誉め言葉を頂戴したということで、フブキも簡単にお礼の言葉を述べる。

 千鶴はストローをグラスへ戻し、「はあ」と気の抜けたようなため息をついた。


「結局喫茶オアシスさんまで出ていってしもたんやな。残念やわ」


「はい。最後に退去されたそうです」


「あそこもな、大して美味しいコーヒーやなかったけど、居心地は抜群によかってん。マスターの人柄やろなあ」


 熊みたいに大柄のマスターが背中丸めてコーヒー淹れはんねん、と千鶴の思い出話は一向に終わる気配がない。このままだとどこまでも続いてしまいそうだ。


「三階のそ……男鹿さんもな、作業の合間によう来てたわ。このビルの人ら、いつ行っても誰かしらおったんちゃうかな」


「あの、アイアコッカ千鶴さん」


「水くさいわあ。千鶴呼びでええって」


「では千鶴さん。依頼がおありでしたら、お話を伺わせていただきますが」


 言外に「無駄話をしたいだけなら帰れ」との意味を込めている。

 千鶴にもきちんとその意図は伝わったらしく、すぐに苦笑いを浮かべた。


「あんた、京都人みたいな子やなあ。いけずやいけず」


「いやもう、そういうのはいいですから」


 さすがにフブキとしても遠慮している場合ではない。延々話に付き合わされた挙句、依頼人でも何でもなかったとなればただの徒労ではないか。


「実はうち、今こういう立場でやらせてもろててな」


 そう言って千鶴が名刺を差し出してくる。


「拝見します」


 受け取ったフブキが見たのは、「果てなき銀河の会 副代表 アイアコッカ千鶴」と書かれた紙面であった。

 千鶴や先ほど話題になった喫茶オアシスと同様、このビルから退去していったテナントの一つが新興宗教の「果てなき銀河の会」なのだ。

 ビルについて調査しだした当初は「単なるエクササイズ教室でしょ」と侮っていたが、意外にも全国各地に多くの支部を擁しているらしい。

 なのでフブキとしても驚きを隠せなかった。


「へえ? 千鶴さん、宗教団体に入られたんですね。しかも結構いいポジションにちゃっかり収まってるし」


「ちゃっかりて。おーおー、だんだん素が出てきよったわ。それはそうと、『果てなき銀河の会』な。あそこはポテンシャル高いでえ」


 彼女の口にする「ポテンシャル」がどのような意味合いなのか、フブキとしては問い質す気にもなれなかった。どうせろくな話ではない。

 だが一瞬とはいえ、嫌悪感が表情に出てしまっていたのだろう。

 千鶴が「変なん想像せんといてや」と釘を刺してきた。


「いたって健全、ひたすらこの世の真理に向かって邁進するための高潔な集まりやで。うちはほんの少ーし、そのお手伝いをさせてもらうだけよ」


「左様でございますか」


 慇懃無礼のお手本のような返答だ。

 これには千鶴も厚い下唇を突き出して「小憎らしい子やなあ」とぼやいた。


「うちが女子高生だった頃なんか、そらもうしおらしかったもんやで。でもあんたのその態度、一周回って可愛らしく思えてきたわ。まあ実際顔も可愛らしいしな」


「カワイイ、ですか」


「なんやそのぎこちない言い方。まるで外国の人のkawaiiやん」


「いや、あまりに言われ慣れていないフレーズだったもので。たぶんkowaiの間違い、耳の誤作動じゃないかと」


 フブキとしては率直に事実を述べたつもりだった。

 しかしどうやら千鶴の笑いのツボを刺激したらしく、大げさな身振りで手を叩いて笑っている。テレビのバラエティ番組でよく見かけるようなジェスチュアだ。


「ひー、おもろ。何やねん誤作動て。あんたはロボか」


 そう言って大笑いを締めくくり、彼女は居住まいを正した。


「よっしゃ、特別サービスや。千里眼を持つこのアイアコッカ千鶴が、可愛いあんたのこれからの運命を占ったる」


「いえ結構です」


 けれどもフブキの声は真正面の相手へ届いていないらしい。声のボリュームを落とした覚えはないのだが。


「ほんまは誰にも占いのやり方を見せへんのやけどな。探偵へ敬意を表してっちゅうことで、大・公・開や」


 恩着せがましく口にして、千鶴はポケットティッシュを一枚取り出す。

 そのティッシュへ、ストローを使ってアイスティーを一滴垂らし、目を皿のようにして滲みの広がり具合を観察している。

 茶番だな、とフブキは内心で切って捨てた。

 そのようなものから他人の運命を読み取れるのであれば、この世は神の恩寵だらけではないか。


「見えたで、未来」


 醒めた目で終わりを待っていた彼女に対し、恭しく千鶴が告げてくる。


「何やあんた、近いうちに別れの相が出てんで。うちの占いはズバッと的中がモットーやからな。付き合うとる男の子でもおるんやったらご愁傷様やで」


 ひどい別れならつい先日に経験した。

 姉であるオリカの肉体は結局失われたままとなり、魂だけが帰還してどうにか家族の一員であり続けてくれている。

 それでも以前のような生活はもう永遠に戻ってこない。別離はフブキにとって正しくトラウマであり、地雷でもあるのだ。

 当然、怒りの矛先はアイアコッカ千鶴へと向けられた。

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