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第11話「平和と繁栄」

## 1. 「普通」の惑星


惑星キチュー。


夕闇の中で二人の若者が身を寄せ合っていた。

端正な顔立ちの男性ニィの両目には横に座る美しい女性ツゥの顔が映る。

ニィは先ほどまで聴いていた音楽をツゥに聴かせようと片方のコードをツゥの耳につける。

彼らは互いを見つめ、指先を絡ませた。


「ニィ、どうして世界はこんなに美しい音楽を分かりあえないのかしら」

「わからない、ツゥ。僕たちはこうして手を取り合える。お互いの姿が見えて、同じ音が聞こえる。この『普通』のことが、どうして他の人たちにはできないんだろう」


ほんのわずかな「違い」、属するグループの「違い」を理由に、区別され、隔てられ、交わろうとしない世界。

ただ「違う」というだけの理由で線を引き合う世界から、二人はそっと目を背けた。



## 2. 過大評価


● 銀河行政本庁・総務部長執務室


「小出君! 以前の『離婚調停』実に見事な解決だったな!さて今回の特命も、その愛が溢れる調整力を活かして、惑星キチューのトラブルを処理してきてほしいんだ!」

「あんな離婚問題はじめてでしたよ…… 今回の案件は、一体どんな調停なんです?」

「今回は『境界調停』だ! 君は以前、不仲な隣人同士の庭の境界に『共有のごみ捨て場』を設置して見ごとに対立を霧散させたと聞いているぞ!」

「愛どころか、あれは単に、管理業務と清掃業務を相互に課して喧嘩する暇を無くしただけなんですけどね…… 」

「素晴らしいな! ぜひその愛が溢れる調整力で戦争を止めてきてくれ!」

「いや愛ではなくて……え?…… 戦争って言いました?」

「止めてきてくれ!」

満面の笑みで頷きながら親指を立てる総務部長のホログラム。

「……ごみ捨て場解決からの戦争解決って、相変わらずの過大評価だなぁ」

小出は、無情な強制転送の光に包まれ、惑星キチューに消えていった。




## 3. 知覚の地獄と「奇跡」の出自


GAAの分析に依れば、戦争を止める『奇跡』のキーマンであるニィとツゥのもとに小出が訪れる。

小出「ニィさん、ツゥさん。GAAは貴方達に全面協力し、戦争を止めたいと思っています。……協力してもらえますか?」

ニィ・ツゥ「もちろんです!」


小出がニィ・ツゥと話をしている間も、惑星キチューを二分する凄惨な戦争が火を噴いていた。


まず目に入るのは、「四つ目族」と「無目族」の戦争だ。


四つ目族は全天球を捉える四つの瞳で、一秒間に数億ギガバイトの視覚情報を処理する。彼らにとって世界は「色彩と光の奔流」であり、視覚なき者を「存在しない障害物」として、超高出力レーザーによって物質の分子結合を直接引き裂き、消滅させていく。


対する無目族は、目は一つも無く、空気中の化学物質を100%感知する驚異的な「超嗅覚」の発達した、成分の絶対主義者だ。彼らにとって世界の真理とは物質の「成分と組成」であり、視覚情報など中身のない、ただの光の張り子の幻に過ぎない。そのため彼らは、四つ目族の住処を実体のないエラーとみなし、化学溶解液や毒ガスを送り込み、物質の組成を内側からドロドロに溶かし尽くそうとしていた。


ニィはこの、決して交わるはずのない「極光」と「暗黒」の間で生まれた稀有な個体だった。四つ目族と無目族の激しい戦争の最中、数億分の一の確率で、偶然にも二つの瞳を得た奇跡の個体である。


次に耳に入るのは、「四つ耳族」と「無耳族」の戦争だ。


四つ耳族は、真空のわずかな振動すら聞き逃さない超聴覚を持つ。彼らにとって世界は「旋律と共鳴の宇宙」であり、音なき者を「不気味な空白」として、強力な衝撃波(ソニック兵器)によって物質の構造を物理的に激しく揺さぶり、爆砕していく。


対する無耳族は、耳は一つも無く、極限まで研ぎ澄まされた皮膚感覚(触覚)で物理法則を捉える「手触りと質量の絶対主義者」だ。彼らにとって世界の真理とは「確かな質量と手触り」であり、耳に聞こえる音などは実体のない大気の空回り(幻)に過ぎない。そのため彼らは、四つ耳族の放つ衝撃波を中身のないノイズとして一蹴し、圧倒的な質量兵器(重機)で彼らの住処を地殻ごと圧殺し続けていた。


ツゥはこの「極音」と「静寂」の狭間で生まれた、やはり数億分の一の確率で、偶然にも二つの耳を得た奇跡の個体であった。



## 4. 境界調停


小出は四族長を招集した。

不応諾なら星の全資産の凍結も辞さないというGAAの冷徹な調停令状を前に、四族長は忌々しげに円卓に並んだ。


小出が円卓に置いたのは、小さな音声・テキスト変換機だった。

地球の常識のまま普通に喋り出す小出の声は、耳のある三族長の鼓膜をそのまま揺らす。同時に、耳のない無耳族長の目の前には、空中ホログラムの『光る字幕』として小出の言葉がリアルタイムにマッピングされていった。


「皆様、お集まりいただきありがとうございます。GAAの小出です。本会議の目的は、これ以上不毛な損害を出さないための、惑星戦争における境界調停です。まずは皆様が何のために戦い、何を譲れないのか、皆様のお話を伺わせてください」


小出が聞く姿勢を見せると、四族長はここぞとばかりに宿敵への憎悪と自らの傲慢な主張をぶちまけた。


まず、四つ目族長が目を光らせた。

「色彩と光の奔流こそが宇宙の真理だ! 光なき無目族など、この星から抹消すべき劣等種に過ぎん!」


対する無目族長は目にもかけない。

「物質の成分と組成こそが宇宙の真理! 視覚など中身のない、ただの光の張り子の幻に過ぎんわ!」


四つ耳族長は耳を貸さない。

「旋律と共鳴の宇宙こそが宇宙の真理! 音なき無耳族など不気味な空白だ!」


無耳族長は、目の前に浮かぶ『光る字幕』を一瞥する。

変換機が無耳族長の主張を空中ホログラムに出力する。

「確かな質量と手触りこそが宇宙の真理だ。大気の空回りに過ぎん音などを崇める四つ耳族など、我が族の精緻な台帳には記載すらされぬバグに過ぎん」



円卓は一瞬で、罵声と拒絶の嵐に包まれた。「我々は交わらん!」「どちらかが絶滅するまで戦いは終わらん!」

族長同士による言葉と文字による対話は、完全に決裂した。


激昂し、互いに武器を抜きそうな族長たちを前に、小出は、静かに、しかし断固として語りかけた。


「各族長。あなた方が真理だと言い張るものは、単なる『個性』の違いに過ぎません。」

各族長は反論する。

「『個性』……だと!?我々の『真理』はそんな小さい枠には収まらない!!失礼な!!」

小出は少し怒気を孕んだ口調で言う。

「……銀河には、顔が3つ、目が6つ、鼻腔は4つで、口は2つの方もいます」

四つ目族長が驚愕に4つの瞳を丸くした。

「な、何だと……目が6つだと……!? 我らの全天球知覚を超える、規格外の異形が存在するというのか……!」

無目族長も声を失う。

「鼻腔が4つも…」

小出は冷血に続けて言った。

小出「なお、腕は6本です」

四つ耳族長が怯えたように叫んだ。

「ばっ……化け物じゃないか!!」

小出は少し笑みをこぼしながら答えた。

「そうですか? 私から見れば『ただの個性』ですが」

無耳族長は、目の前の円卓を叩こうとした指先をぴたりと止め、空中ホログラムに踊る文字を凝視したまま、硬直した。


小出は冷徹な眼差しで、4人の族長を見つめた。

「貴方たちは自分が他族より優位に知覚できる情報こそが世界の真理と思い込み、理解できない相手の感覚や、自らの仕様にない空白を『バグ』だと恐れて排除し合っている。」


その戦争の神聖さを根底から全否定する小出の言葉の重みに、族長たちは一様に押し黙った。

小出は、ニィとツゥを連れてくる。


「彼らは貴方たちが『バグ』『劣等』と呼び、忌み嫌う生物でしょう。……ですが、四つ目の情報量も, 四つ耳の轟音も、彼らが持つ『二対二』の知覚比率をシステムフォーマットに落とし込めば、すべての族が共有できる扱いやすいプロトコル変換規格ユニバーサル・ベースコードを設計できる。そうすれば、こんな協働が実現できる」


### 【光の重工ユニット】(四つ目族 × 無耳族)

惑星改造テラフォーミング・超巨大立体都市の建設業務:


全天球を死角なく見渡す四つ目族の設計官が、現場に飛び交う数万台の重機やクレーンの位置、地殻の微細な歪みを一瞬で並列目視し、完璧な三次元建築・管制データ(設計・座標)をシステムへ送信する。その指示を受け、物理法則とトルクの塊である「触覚」の無耳族のオペレーターたちが、超高出力重機を手の感覚だけで狂いなく操って、立体都市の骨組みを組み上げていく。「設計(目)」と「施工(手)」という、建設業務におけるこれ以上ない完璧なバディの誕生だ。


さらに、音という概念を必要としない無耳族の現場は、音響インフラを完全ゼロにした「完全静寂」の環境(固体物理の世界)であり、そこには重機の駆動爆音すら最初から存在しない。そのため、四つ目族は重機爆音に鼓膜を焼かれることなく、圧倒的な視覚並列処理能力を100%発揮して三次元管制に没頭できる。


他星なら300年はかかる超巨大立体電脳都市を、彼らはわずか数ヶ月で完成させる。この「光速不動産インフラ」が、銀河中の超巨大IT企業や富裕層の移住をキチューへと一極集中させ、土地の権利収入だけで星の口座に天文学的な富を永続的に叩き込む。



### 【闇の保守ユニット】(四つ耳族 × 無目族)

● 地下超深海プラントでの希少資源採掘・管理業務:


「四つの耳」が捉える微細な反響音から、地殻の奥底を流れる目視不可能な資源脈の位置や脈動を四つ耳族の探査官が完璧に聞き分け、音響データとして管制システムへナビゲート(探査・音響ソナー)する。その空間ナビゲートを受け、無目族の技術者が「超嗅覚」によって地下の致死性ガスの濃度やレアメタルの純度を100%嗅ぎ分け、安全を完全にコントロールしながら、正確にドリルを突き立てていく。「探査(耳)」と「化学管理(鼻)」という、インテリジェンスなプラント保守業務の極致。


最初から光を必要としない無目族の現場は、照明インフラコストを完全ゼロにした「絶対暗黒」の環境であり、岩盤掘削時に発生する強烈な電磁放電(アーク光)のフラッシュそのものが存在しない。そのため、四つ耳族の目は眩まされることなく、その超聴覚を100%クリアに保つことができる。


誰も見たことのない暗闇の底で、四つ耳族の「音のナビ」と無目族の「成分の採掘」がノンストップで噛み合い、惑星全体の電力を永続的に賄う最高純度のエネルギー結晶が、掘れば掘るほど無限の純利となってプラントから湧き出し続ける。



## 5. 惑星は狭い


小出は冷徹に、しかし断固として告げた。

「更にこの2つの部隊を連携させる『環』を建設しましょう。これは、共存ではなく『機能的な相互依存』の施行です」

「戦争なんか!続けるのが馬鹿らしくなるような協働による圧倒的な利益!!人類は戦争を根絶することが出来るんだ!それを実現するのが我々『公務員』だ!」


その戦争を置き去りにする圧倒的な利益による「平和の繁栄」の予感に、族長たちは沈黙した。



分かり合えたら。

愛し合えたら。

そんなに素晴らしいことはない。


でも


愛で戦争が止められないなら。

カネで戦争を止められるなら。

公務員として愛よりもカネを選ぶ。



小出は『O-JE-Frame』を起動し、緑銀色の装甲を纏った。今回は誰を倒すためでもない。この星の不連続な空間を、物理的に繋ぎ止めるために。


「この惑星は狭い。同じ丸い惑星に住む人類が手を取りあえない理由なんて無いんだ。」


「平和と繁栄の環!!」


小出の放った緑銀色のエネルギーが、円卓の変換機を核にして惑星全体の通信網へと爆発的に伝播し、強固な基幹インフラ(レイヤー)を瞬時に再構築していく。


四つ目族が管制し、無耳族が建設し、四つ耳族が探査し、無目族が採掘する。


異種族間の知覚プロトコル変換が完全に自動化され、相互依存のワークフローが噛み合ったことで、途切れることのない、惑星全体の永続的な繁栄が始まった。



## 6. 本庁


一週間後。

銀河行政本庁総務部長執務室。


「対応完了しました。急に総務部長が追加報告を求めるから時間かかってしまいましたが」

「そうか。すまんな。じゃあ次の特命を……」

「あ、いや、すみません。キチューにGAAから戦後復興支援として永久機関を寄贈したじゃないですか?その活用案をニィとツゥに説明しに出張行きたいんですよ。」

「ん?……うーん。いやぁ、旅費が今年度底をついてしまっていてね」

「まだ第1四半期ですよ?そうやって旅費絞ろうとしてぇ。じゃあ良いですよ。有給取ってキチューに遊びに行ってきます」

「えぇっと!時季変更権を……いや……」


突然黙る総務部長


「……小出君」

「はい?」

「私は、本当に君を評価しているんだ。」

「いつも過大評価してくれてありがとうございますぅ」

「……そうじゃないんだ。いや、そうじゃなくないんだが……」

「?」

「それだけは覚えていてくれたまえよ」


シュンッ


「?そんなに今年度旅費厳しいのか?……嫌な言い方しちゃったかな。帰ってきたら謝ろうかな」



## 7. 公務員の残響


翌日、小出は個人的な視察として、再び惑星キチューを訪れる。

ニィとツゥへの永久機関活用案と地球のお土産を抱え、有給休暇の軽い足取りで転送ゲートを潜った小出。


しかし、宇宙の時空は残酷だった。

小出がGAAに戻った後、キチューの浮かぶ宙域は時空嵐に巻き込まれ、小出達の時空の「一週間」のうちにキチューは「1000年」が経過していたのだ。


小出の前に広がっていたのは、繁栄の極致の果てにある、完全な死の世界。

環は風化し、四つの種族は一人も残っていない。

高度に効率化された社会が進化を早めすぎたのか、資源を使い果たしたのか。

小出のあずかり知らぬうちに、ただ人類は、歴史という名の帳簿を閉じ、絶滅していた。


静寂に包まれた瓦礫の街。

呆然と立ち尽くした後、小出の足は永久機関があるはずの場所に向いていた。

そこに何か、彼らの足跡があることを願って。


「~♪」


何やら子供向けの楽しそうな音楽が聴こえる。

小出の足が少しだけ早まる。


孤独に駆動し続ける、場違いなほどに鮮やかなメリーゴーランドだった。

風化し、色を失った瓦礫の街の真ん中で、そこだけが温かい光を放っている。

そこでは惑星中のこども達の人形が手を繋ぎ同じ歌を歌っている。


四つ目族の少年も

無目族の少女も

四つ耳族の少女も

無耳族の少年も

二つ目二つ耳の少女も

三つ目三つ耳の少年も


手を繋ぎ同じ歌を歌っている


「キチューは狭い」

「キチューは同じ」

「キチューは丸い」


惑星キチューの人類は、あの後貴重な永久機関の動力をこのメリーゴーランドに使ったのだ。

GAAの試算では、惑星の寿命をさらに10万年でも1億年でも延ばす産業を興せたはずの無限のエネルギーを。

種族の違いなんか、どれだけ小さいことかを永久に伝え続けるために。


かつて一人の公務員が敷いたカネの『環』よりも、自らの意志でメリーゴーランドという愛の『環』を選んだのだ。


永久機関を別の用途で活用していれば、彼らは今も生きていたかもしれない。

これは行政の生命維持施策として、完全な失敗の記録だ。


惑星キチューの人類がいつどうやって滅亡したのか、今となっては誰もわからない。


ただ確かな事がある。


公務員は神ではない。

絶大な力も持っていない。

公務員にできることは、住民の福祉をそっと後押しすることだけだ。

主体は住民であり、公務員に出来ることなんかちっぽけだ。

行政には、彼らの選択を制限する権利も、彼らの幸福の総量を測る秤も、最初から存在しない。


鳴り止まないメリーゴーランドの旋律。

誰もいない死の星で、その音だけがいつまでも回り続けている。


彼らが自らの意志で選び、命の限り全力で走り抜けた結末の残響を前に、小出はただ一人、二度と戻らない記録の重みに沈黙を守った。



宇宙公務員オヂェフ第11話 -完-


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