第10話「愛の引力~言葉を持たない●(きみ)へ~」
【プロローグ】
漆黒の宇宙に、極めて近い軌道で互いの周囲を回り続ける、二つの惑星があった。
双子惑星「ニチリン」と「ゲツリン」。
しかし、その無機質な天体の上で、地表に生きる住民たちの営みは、愛が溢れるものだった。
ニチリンの住人も、ゲツリンの住人も、毎日のようにシャトルで行き来し、同じ市場で買い物をし、同じ食卓を囲んでいた。彼らにとって、頭上に浮かぶ隣の星は、大切な隣人が暮らす「実家」のようなもの。二つの惑星の民は、星を越え、互いを『家族』だと思って暮らしていた。
【Aパート:深夜の調整事務】
● GAA執務室
小出は窓の外、遠くの夜空に寄り添うニチリンとゲツリンを眺めていた。
そのとき、デスクの通信端末から眩い光が溢れ出す。
総務部長:「小出くん!! 君は未練ある離婚手続き夫婦に対し、即座に籍を切り離す『離婚の魔術師』と聞いているよ! 今回も、君の力で電撃離婚させてくれたまえ!」
小出:「……いや、『本籍地が分からない』って言うから、その場で戸籍謄本を出して『この住所書けば今すぐ受理できますよ』って案内しただけなんですが……」
総務部長:「謙遜はよしたまえ! 実は、宇宙権利擁護団体『タスケ・ルノー』が、ニチリンとゲツリンの強制分離を求めて、銀河家事審判所に『離婚調停』を申し立てたのだ!」
小出:「惑星が離婚?」
総務部長:「代表のダイベン・サセテー氏が『本星たちの苦痛を私が代弁する!』と全宇宙に生配信して大炎上しているのだ! 君は直ちに現地へ行き、事務的にこの調停を円滑に処理してくれたまえ!」
小出は重いため息をつき、もう一度ニチリンとゲツリンに目を移した。
「……本人が言ってもいないことを、誰が何の権利で代弁するっていうんだ。」
【Bパート:バトルとメヂェフの乱入】
● 惑星ニチリン・ゲツリン 重力接合点
宙域には、巨大な拡声器の形をした宇宙船が居座り、派手なストライプの法衣を纏った男が咆哮を上げていた。銀河利権同盟の宇宙権利擁護団体代表、怪人「ダイベン・サセテー」である。
ダイベン:「見ろ! ゲツリンの強欲な引力がニチリンの自転を毎年0.01秒遅らせている! これは明白な搾取であり、不当な支配だ! ニチリンは自由を求めて泣いている! 私は彼らの唯一の代理人として、この『破綻した関係』を今すぐ解消させる!」
ダイベンは巨大な「次元断絶ハサミ」を取り出すと、二星を繋ぐ目に見えない重力線を物理的に切り裂き始めた。
その瞬間、空間に蓄積されていた数億トンもの高密度プラズマが一気に解放され、超巨大な「磁気リコネクション(磁場崩壊)」の連鎖反応が発生。
宇宙空間に、数万キロメートルに及ぶ「真紅の宇宙オーロラ」が、まるで引き裂かれた空間から噴き出す血飛沫のように激しく燃え上がった。
そこに宇宙公務員オヂェフが現着する。
オヂェフ:「待て!ダイベン・サセテー!」
ダイベン:「ハハハ! 来たか役人! 見ろ、この二星の離心率の拡大と、潮汐摩擦による角運動量の損失データを!! 惑星間の距離が開いていることこそ、愛が冷め、離婚を望んでいる決定的なエビデンスだ! これがEBPMだよ!役所なら黙って、この数値上の『破綻』を認めて調停書を処理しろ!」
ダイベンが放つ「加工された調停書」の光弾が、オヂェフの装甲を激しく打ち据える。
オヂェフ:「くっ……都合のいい数値だけを切り取った、実態の伴わない書類じゃないか……!」
ダイベン:「終わりだ、宇宙公務員! 次元断絶ハサミで完全に引き裂いてくれる!」
絶体絶命のオヂェフ。その時、宙域に真紅の閃光が突き刺さった。
「先パ・・・・ツ隊のオヂェフさん! これを!!」
宇宙公務員メヂェフが降臨。眩い輝きを放つ重厚なナックルガードがオヂェフに渡された。
オヂェフ:「これは?」
メヂェフ:「これは『民声オートEインナックル』(以下『民声ナックル』という)。住民の『願い』を力に変える新兵装です!!! 」
ガシィィン!と重厚な金属音が響き、オヂェフの右拳にナックルが装着される。
メヂェフ:「そしてこちらが、私が両惑星で集めてきた、今回の離婚調停を拒絶する住民たちの一億枚の『嘆願書(署名簿)』です! 皆さん『我々はお互いの惑星民を家族だと思っている。勝手に引き裂かないでくれ』と言っています!」
一億の住民の「家族を守りたい」という切実な願いが、エネルギーとなってオヂェフの右拳に充填されていく。
オヂェフ:「これが……一億人の民意の力!」
【Cパート:声なき●の「絶唱」】
だが、その凄まじい民意の脈動の一方で、軋む惑星の動きに、オヂェフは違和感を感じた。
「(……おかしい。ダイベンが重力線を切り裂いているというのに、なぜ、この二つの惑星の軌道は完全に崩壊しないんだ……? 物理計算の定数と、何かが致命的に噛み合わない……)」
オヂェフは『O-JE-Frame』のバイザーの解析深度を限界最大まで引き上げてサーチした。
その瞬間、モニターに映し出された天体深部の凄まじい熱量とエネルギーの流動を目の当たりにし、オヂェフは息を呑んだ。
「……っ!? これは……!!」
ニチリンの地殻は、ゲツリンに面した片側だけが異常なほど引き裂かれ、黄金に輝く数千キロのマントル(地殻エネルギー)が宇宙空間へと異常に突出していた。
自らの地殻が崩壊し、惑星としての形を保てなくなるリスクを負ってでも、自身の「質量モーメント」を極限まで偏らせ、ゲツリンを強引に引き上げる潮汐の錨となっていたのだ。
対するゲツリンは、自らの大気を極限まで薄く引き伸ばし、2つの星のラグランジュポイントを経由して、ニチリンへと吸い込まれる絶対零度の青白い「大気の橋(物質移転ストリーム)」を宇宙空間に架けていた。
それは、爆発寸前のニチリンの地表を包み込み、冷やし続けるための、冷たい命の衣。
宇宙の暗黒の中に、ニチリンから伸びる黄金のマグマの腕と、ゲツリンから注がれる氷のシルクの帯が、お互いを狂おしく抱きしめ合うように巨大な光の螺旋を描いていた。
お互いが、自分の命を削ってでも最愛のパートナーを守るように。
住民たちが互いを家族と思い合っていたように、この星たちもまた、数十億年を共にしてきた唯一無二の家族だったのだ。
オヂェフ:「これは『関係の破綻』などではない! 互いの存在を維持するための、命がけの『扶養』の履行だ! ……星たちは、声なき絶唱で、狂おしいほどに愛を叫んでいるんだ!!!」
ダイベン:「ええい、うるさい! 惑星が愛だの扶養だの、そんな非科学的な屁理屈があるか! 私は彼らの代理人だ! 喋れない星の代わりに私がこの『調停委任状』を提出している以上、これが法的な本音だ! 離婚を執行しろ!」
ダイベンが放つ「権利主張ビーム」がオヂェフを襲う。
オヂェフはその攻撃をナックルで弾き飛ばし、毅然と言い放った。
オヂェフ:「……GAAは現時刻をもってニチリンとゲツリンを銀河住民基本台帳に登録する。」
ダイベン:「……は!?」
オヂェフ:「『銀河家事事件手続法 第三十九条 銀河家庭裁判所は、別表第二に掲げる事項について、【当事者】の申立てにより、審判をする』!ニチリンとゲツリンを住民登録したことにより本件の【当事者】とは、今まさに命がけで支え合っているこの二つの惑星自身のこととなる!よって、当事者でもない者が勝手に名前を騙った本調停の申立ては、却下だ!!」
ダイベン:「な、何だとぉっ!?」
オヂェフ:「貴様は『沈黙の叫び』を代弁すると言ったな。だが、公務員が最後に信じるのは、貴様のような代理人が都合よく加工したデータではない。窓口に届いた、この『願書』の重み。正式に受理された一億通の住民の願い、そして……この星たちが命を賭して語る、愛の証明だ!!」
【クライマックス:最終決戦】
オヂェフは1億人+2星の願いを民声ナックルに籠め、構える。
《民意:同期完了。執行モード:願》
ダイベン:「や、やめろ! 私は代理人だぞ!?」
オヂェフ:「代理人ならまず、依頼人の願いを知れ!! ――願パァーーンチ!!!!」
ズガァァァァァン!!!!
激突の瞬間、宇宙に目も眩むような「朱色の電子印(E-in)」の巨大な印影が、ニチリンとゲツリンを優しく包み込むように浮かび上がった。
それは、一億の住民の願いと、二つの天体の「婚姻継続の実態」が、銀河の法において公的に『承認』された証であった。
ダイベン:「バ、バカな……! 私の高尚な正義が、たかが石ころ2つの意志に打ち砕かれるというのか……! ぎゃあああああ!!! 」
ダイベンの掲げていた虚偽の委任状は木端微塵に粉砕され、宇宙空間へと舞い散っていった。
引き裂かれかけていた重力線は、黄金の輝きを放ちながら再接続され、二つの星は以前よりも深く、優しく、互いを抱きしめ合うようにその軌道を安定させたのであった。
【Dパート:後片付けとオチ】
● 数日後:GAA執務室
深夜。静まり返った執務室で、小出二郎は、山のような書類と格闘していた。
小出:「……はぁ。星が『夫婦(一つの自治体)』として正式に認定されたのはいいけど……そのせいで、双星間で行われるすべての物流に対する『贈与税』の免除申請が、一気に200億件も届いたぞ……。」
死んだ魚のような目をした小出のもとへ、隣の防災課から有家美兎子が、湯気の立つ温かい緑茶の湯呑みを持って歩み寄ってきた。
小出:「……有家さんか。ありがとう。」
小出は湯呑みを受け取って一口すすると、作業の手を止め、熱い眼差しで遠い宙域を見つめた。
小出:「今回も『メヂェフ』という戦士に助けて貰ったんだ。一億枚もの嘆願書を、泥臭く現場を回って集約してくれた……。誰かの日常のためにそこまで徹底して戦える圧倒的な現場主義。……同じ公務員として、尊敬するなぁ。」
有家:「え……っ!?」
有家は人差し指同士をツンツンと合わせてモジモジし始めた。
小出:「ん? どうしたの有家さん、顔がすごく赤いよ? 風邪かい?」
有家:「な、何でもありません! お茶の湯気が顔に直撃して熱かっただけです!!」
小出は不思議そうに首を傾げながら、夜空で美しく寄り添って輝くニチリンとゲツリンを見上げた。
それを見た有家も、火照った顔を隠すように静かに外へ目を向ける。
有家:「……あんなに自分の身を削ってまで相手を護ろうとする数十億年越しの愛なんて……毎日ココで書類にまみれていたら、一生お目にかかれないですよね。」
小出:「そう?ココはいつでも愛で溢れてるよ?」
有家:「(――っッ!?!?)」
有家の心臓が跳ね上がった。
小出:「入籍届、出生届……ココは住民の愛を書類で支える場所だからね。」
有家:「……あ、そっちですか。」
有家は自分の勘違いだと気づき、安心するのと同時に――ほんの少しだけ、本当に爪の先ほどだけ、残念そうな溜息を小さく漏らす。
有家は気恥ずかしさを誤魔化すように、慌てて手元の見本用紙に目を落とす。
有家:「……そういえば書類の氏名欄の記入例で『●● ●●』みたいに書いてること、ありますよね」
小出:「ああ、よくあるね。まだ誰のものでもない、ただの記号。でも、書類は言葉を持たないけれど、未来にいつか、誰かから誰かへの愛を●が語るんだ。」
小出は書類上の●を愛おしそうに撫でた。
有家:「……(無自覚にそういう事をサラっと言う)」
小出:「え? 有家さん、何か言ったかい?」
有家:「何でもありません! ほら、仕事、仕事!」
トン、と完璧な角度で、今日最初の一枚に、確かな音を立てて朱肉の印が捺された。
窓の外で寄り添う夫婦惑星の光が、深夜のGAA執務室で並んで机に向かう二人の影を、静かに、温かく結びつけていた。
(第10話『愛の引力~言葉を持たない●(きみ)へ~』 完)




