第9話「赤い宇宙公務員 ―遺志を継ぐもの―」
【オープニング】
「惑星イーサン」
この惑星の法体系は「日」単位ではなく「ナノ秒」単位で管理されている。
例えば地球であれば転居の際、A市を転出した日が4月9日とすれば、B市への転入が4月10日であれば事足りる。
だが、この惑星イーサンではA市を転出したのが4月9日9時48分43.256216937秒であればB市への転入は4月9日9時48分43.256216938秒でなければならない。
もし1ナノ秒以上の空白が発生した場合、その対象は人間であれ不動産であれ、宇宙の虚無へと強制的に消去されるのだ。
Aパート:総務部長の天啓】
小出二郎(35)は、机の上に広げられた二枚の「広域資産照合表」を前に、眉間に皺を寄せていた。
彼の両手には、それぞれボールペンが握られている。
左手のペンがA表の項目をチェックすると同時に、右手のペンも寸分違わずB表の対応する項目へ連動する。左の目でA表の「取得価格」を追い、右の目でB表の「評価残高」をチェックするのだ。
部長:「……素晴らしい!!素晴らしいよ、小出くん!!」
部長の声が、深夜のオフィスに響く。
部長:「二つの独立した公文書に対し、整合性をチェックし続ける、バイラテラル(両側性)同時監査術! 君こそが、惑星イーサンの泥沼を断ち切る唯一の執行官だ! 直ちに行ってくれたまえ!」
小出:「……片手で順番にチェックしてると、どっちの紙をどこまでチェックしたか分からなくなるから同時にやってるだけなんだけどなぁ」
【Bパート:相続ループの絶望】
惑星イーサン・最下層不法占拠区画。
宇宙公務員オヂェフとして降臨した小出の前には、親怪人「オサントー」と、その傍らで不敵に笑う息子怪人「ムッコス」が立ちはだかっていた。
オサントー:「パパパパ!! 無駄なことだ。この星において、我々は法的に『消えることがない存在』なのだ!」
オヂェフは条例セイバーを抜き放った。
「……占有根拠不明、公有地不法占拠。銀河行政代執行法に基づき、強制撤去を開始する。」
オヂェフの条例セイバーが、まずは親怪人「オサントー」を一閃した。
セイバーの刀身が放つ「代執行の光」がオサントーを貫き、彼は叫び声を上げてデジタルの塵となって四散した。
執行完了、記録上の「死」である。
しかし、その瞬間。
『相続手続開始:被相続人・オサントーの全権利義務を、法定相続人・ムッコスが包括承継します』 消滅したはずのオサントーが、ムッコスの影から再構成される。
ムッコス:「ココココ! 無駄だ! 銀河民法 第896条により相続は死亡の瞬間に空白なく完了する! そして権利者となった俺は、銀河民法上の『保存行為』として親父のバックアップを原状回復する正当な権限を持つのだ!」
オヂェフは再びセイバーを構え直すが、今度はムッコスが前に出る。
ムッコスを倒せば、今度はオサントーがその権利を相続し、息子を蘇生させる。
銀河行政代執行法上、撤去には「義務者」の特定が必要だが、片方を代執行した瞬間にもう片方に権利が移り、代執行の執行力が追い切れず逃げ切られてしまうのだ。
「くそっ……!条例セイバーでは、どれだけ高速で斬っても2撃目までに『前後関係』が生まれてしまう。そのナノ秒の隙間を、相続という名のバトンが通り抜けていく……!」
オサントーとムッコスの連携攻撃が、身動きの取れないオヂェフの装甲を容赦なく削っていく。
不法占拠の連鎖という名の暴力が、法執行官を深淵へと突き落とそうとしていた。
【Cパート:メヂェフの降臨と同時抹消】
絶望的な攻防の中、二人の怪人に挟まれ、オヂェフが膝をついたその時であった。
戦場に、一条の真紅の閃光が突き刺さった。
轟音と共に土煙が舞い、そこから現れたのは、深紅の装甲を纏った戦士。
その手にはオヂェフのものと同じ、条例セイバーが握られていた。
オヂェフ:「……赤い…… 宇宙公務員!? 」
メヂェフ:「私は『宇宙公務員メヂェフ』。貴方はオサントーを。私はムッコスを。」
彼女はオヂェフに背中を預け、ムッコスをロックオンした。
彼女のMEJE-FrameからNTP同期信号が放たれ、オヂェフのヘルメットバイザーに共通の「執行時刻」がオーバーレイされる。
オヂェフ:「……なるほど。承知した。」
二人のデバイスが共鳴し、ナノ秒単位のカウントダウンが開始される。
【銀河民法 第32条の2(同時死亡の推定)】
オヂェフ:「銀河民法 第32条の2!数人の者が死亡した場合において、その一人が他の者の死亡後になお生存していたことが明らかでないときは、これらの者は、【同時】に死亡したものと推定する。」
オサントー「なん……だと!」
オヂェフ:「二人を『完全に同時に』断ち切ることができれば、法理上『どちらが先に死んだか』という順序が消える。順序が消えれば相続関係は発生せず、権利のキャッチボールは法的に停止する!」
ムッコス:「だ……だが、この惑星の法管理体系はナノ秒だ!ナノ秒単位で同時執行など出来るわけが…」
オヂェフ:「オマエの前に立つ者の職業を知らないのか?」
ムッコス:「うちゅぅ…」
オヂェフ:「公務員が!【適正な】事務を執行できないはずがないだろう!!」
オサントー&ムッコス:「!!!!!!」
オヂェフ&メジェフ:『3……2……1……!!』
「条例セイバー・同刻死亡合唱鎮魂歌!!」
二人の一撃が、宇宙のクロックを止めるかのような精密さで、親子怪人を同時に貫いた。
センターサーバーのログには、両者の消滅が「同一の記録単位」として刻み込まれる。
法理上、相続の余地がない「同時死亡」が確定。怪人は権利を渡す相手を永遠に失い、不法工作物の包括的撤去が完了した。
オサントーとムッコスは、法的な拠り所を完全に失い、デジタルな塵となって宇宙の彼方へ消え去った。
メヂェフは、怪人が消滅した場所を一度だけ見つめると、言葉を交わすこともなく、再び真紅の閃光となって空の彼方へと去っていった。
【Dパート:エピローグ】
翌朝。豊北市役所執務室。
徹夜明けの小出が、血走った目で2台のパソコン画面を睨みつけていた。
小出:「まずい! 今回の出張の事前旅費申請も事後精算も、システム締め切りに間に合わない! パソコン2台で同時進行するしかない! 時間がない! ヤバい!! 間に合うか!! ?」
小出はAパートで見せた「バイラテラル同時監査術」の要領で、右手と左手で別々のキーボードのエンターキーを同時に振り下ろした。
小出:「ッターン! ……よし、間に合った!」
ホッと息をついた瞬間。
『シュンッ』
机の上の端末から、総務部長のホログラムがぬっと現れた。
総務部長:「小出君」
小出:「へっ?」
総務部長:「君の事前旅費申請と事後申請、ミリ秒単位で同時だったんだ」
小出:「なっ……」
総務部長:「小出君。事前旅費申請は【事前】である必要があるよな?」
小出:「……はい」
総務部長:「【同時】なんて駄目だよな?」
小出:「…………」
総務部長:「よって要件不備! 今回の旅費は全額自腹だ! 身銭を切って宇宙を守るとは公務員の鑑だな!」(シュンッ)
小出が白目を剥いて机に突っ伏していると、隣の防災課から有家美兎子が歩み寄ってきた。
彼女は黒ぶち眼鏡の奥に少しだけ楽しそうな光を宿し、温かい緑茶を小出の前に置いた。
有家:「あーあ、先輩。役所の手続きは、ちゃんと【順番】を守らないと駄目ですよ」
小出:「……もうやだ……」
有家:「ふふ。一人で無理やり『同時』にやろうとするからですよ。」
小出:「いや、1人で出来ることには限界があるからさ」
有家:「その時は私に言ってください。次もお手伝いしますよ。」
小出:「ありがとう。次からそうするよ」
有家は微笑みながら執務室を後にした。
小出:「ん?…『次も』って言ったか?」
(第9話 完)




