18(1/2).対オカルト最強の三人 - The Big Three Against the Occult
リリーたちが去った後のガゼボでは、探偵たちの加熱した議論によって中断されていた食事を再開していた。話し合いのために出て行った二人を思って、マイはランチを少し包んでおくべきかと悩んだ。再び探偵たちがお互いの考えを共有するのに言葉を重ねたとき、没頭し過ぎて彼らがここにあるものを食い尽くしてしまう未来は想像に難くなかった。探偵として未熟な自分が役に立てるとしたら、そういう気を利かせることではないだろうか、とマイは考えていた。
「皆さんは、」とおもむろに口を開いた家政婦長のスレマの声で、マイの思考は霧散した。「先程の"彼"が示唆していたことについて、心当たりがあるのですか?」
「心当たりはありますが、」サンドイッチ片手にカートが応えた。「詳しいことは分かりません。僕たちには関与できないことなので。ところで、」
彼の答えに目を瞬いている従業員二人に目を遣り、カートは訊ねた。
「人が突然消える事象について、皆さんに心当たりはございますか?」
ああええと、とポーターのアンディが唇をまごつかせた。
「うちは従業員の入れ替わりが激しくて、それで人が消えたように感じることはあります」
そこではたと食い違いに気付いたアンディは、慌てて 「あ、超常現象的な意味で、ですよね、勿論」と間違いを修正しようと口を動かした。考えるよりも先に喋ってしまう性格だった。アンディは「私ったら、つい想像してしまって、」と言うべきじゃないことまで口走った。
「時々考えるんです、あの人たち、辞めたんじゃなくて消えちゃったのかも、なんて。だって、人がいなくなるのはいつも、奥様の具合が悪くなった後なんですもん」
場がしん、と静まり返った。アンディは、しまった、と自身の口を塞いだ。えへん、と隣で同僚が咳払いして、彼の発言に補足した。
「誤解しないで頂きたいのですが、我々の人事異動に奥様が関与していると言っているのではありません。ただ、奥様の具合がよろしくない時期と退職が重なることが多々あるということを申し上げたまでです」
「それは、奥様が『人が変わったようになる』時期のこと?」
セニヤは執務室でのウィリアム・ハフナーとの会話を思い出しながら問いかけた。スレマは主人が彼らに話したのだろうか、と疑問に思いつつも、「ええ、そうです」と肯定した。
「昨日、俺たちが街に出たときのことなんだが、」
やにわにペドロが喋り出した。
「俺は探偵社に連絡をして、ここを辞めた従業員の情報を集められないか訊いてみたんだ。するとな、なんにも出なかったんだ。誰の足取りも掴めなかった。その時は、この依頼が毎度箝口令を敷かれているものだからと思っていたんだが、もしかすると、そう単純な話でもないのかもしれん」
「それ、今も調査が入ってるのか?」とロロ。ペドロは上司の質問に肩を竦めた。
「分かりません。ここからは連絡が取れないので」
そうだったな、とロロは頷いた。実際に責められてはいないのだが、釈明しなければならない気がしてアンディは、「全くできないというわけでは」と口を挟んだ。
「丘を下ってすぐに古い食堂がありましたでしょ? あそことなら連絡が取れるんです。なんなら、宿泊の予約もあそこでやってもらってまして。郵便物も、そこでなら受け取れます」
ほとんど陸の孤島ね、と歯に衣着せぬ科白を吐くのはネルである。しかし、真剣な顔でアンディの話を聞いている様子だったので、嫌味には聞こえず、むしろ心からの感想と受け取れた。アンディは半ば誇らしげに半ば申し訳なさげに、「宿泊客の皆様が一時でも日常を忘れられるためにです」と説明した。
「あの、私、」とペドロに続けとばかりに、マイもやにわに語り始めた。
「私は昨日、図書館に行ったの。ネルについて来てもらって。そこで、この街のこと、調べようと思って。街の歴史から、民間伝承から、御伽噺みたいな昔話まで」
マイは人と視線を合わせるのを避けながら、と喋り続けた。笑われる恐怖と不安で口を噤んでしまう前に、一気に話し切ってしまおうと考えていた。
「だから、なんとなく分かるの。この街では、突然人が消えてもおかしくないな、って」
ちら、と視線だけを上げて、マイは仲間たちの様子を窺った。誰一人として、彼女を馬鹿にしたり蔑んだりするような表情は浮かべていなかった。皆真面目に取り合ってくれていた。マイの不安を和らげるように、穏やかな声音でセニヤは問いかけた。
「マイ、そのことはジェームズたちにも話したの?」
ふるふる、とマイは首を横に振った。
「話した方がいいわ。あの二人なら、分かることがあるかもしれないから」
それは良い案だと思った。胸にすとんと落ちた。マイは、うん、と返事をして、考え事に耽った。二人に話すべきその話は、一体どの本に書かれていただろう、と記憶を掘り起こしていた。部屋に戻って、資料を見直さなければ、と。――そのとき。
「あれは……」
セニヤから戸惑いの呟きが漏れた。耳聰い探偵たちは直ぐ様彼女の視線の先を確認した。
そこには、褐色の肌ととぐろを巻く黒髪を持った、幼い子どもが立ち竦んでいた。
* * *
子どもの姿を見失った後、ジェムたちは森の中を探索することにした。ヴィッラ・エリジウムの所有する敷地を把握するためでもあったし、歩いていたら、あの子どもが向かった先に行き着くかもしれないと期待したからでもあった。ただ歩くだけでは張り合いがないので、二人は互いが一緒にいなかった時間に得た情報を共有することにした。
「――それが、この屋敷の前の所有者の最期だったそうです。"呪われている"と噂されるのも、理解できる気がするでしょう?」
半歩ほど先行して歩きながら、リリーはそう話を締めくくった。
「ミスター・ハフナーはなぜそんな話をきみたちにしたんだと思う?」
ジェムの問いかけに、リリーは考えながら答えた。
「さあ……。自分たちが抱える問題について、理解するのに役立つだろうから、と彼は言ってましたけど」
「きっとハフナーは、"問題"が発覚してからずっと、この屋敷のことを調べていたはずだ。その過程で、この悍ましい物語を知った。そして、"呪い"について真剣に向き合うと決めた。そこに答えがあるかもしれないから。――聞けば聞くほど、オカルトに取り憑かれた人間の話みたいだな」
茶化すような言い方だった。リリーは視線でそれを咎めたが、本当に怒っているわけではなかった。それが相手に伝わったのだろう、ジェムは軽いお巫山戯でも言った後のように片側の口角を上げた。
「――それで? そっちはどうでした? イスメネって人から依頼を受けたって話は聞いてますけど」
「そうだなあ、」喋りつつ、ジェムは溜め息を吐いた。どこから手を付けたものかと悩む心が、そのまま口から出た気がした。「どうも分からなくなってきた。その、前の所有者だった男と境遇が似ているように感じたけど、こればっかりは、イスメネに直接聞いてみないと」
「女の子ではなかったの?」
「……少し、複雑でね。最終的には男性として周りと接してたみたいだけど。実際のところ、ぼくはあの子を"彼"と"彼女"のどちらで呼ぶべきなのか分からない」
「だったら、"イスメネ"か"あの子"って呼べばいいんじゃない?」
「そりゃ名案だね。"イスメネ"はぼくの人生で最も名前を呼ばれる人物になるだろう――流石に今のは意地が悪いかな?」
「そうね、冗談にしてはちょっと棘があるかも。なにか不愉快なことでもあったの?」
「……なにもかも。イスメネが見せる記憶は、なにもかも不愉快だったよ」
リリーは足を止めた。ジェムは彼女に倣った。
「見たんですか? "その子"の過去を」
「"あの子"の言ったことを信じるなら」
リリーは唇を窄めた。
「……ジェムは、イスメネがこの屋敷の所有者だったと思いますか?」
「だったらいいな、と思ってるよ。調べる取っ掛かりがあるからね」
ジェムの回答にリリーは目を泳がせて、躊躇う素振りを見せた。相棒の違和感を今度はジェムが拾う番だった。
「なに? なにか気になってる?」
「いえ、ここで話すことでもないので」
「言ってみなよ。調査に関係なくたって構わないから」
なんて甘い誘いだろう、とリリーは思った。心の内をなにもかも曝け出したくなった。ことの異様さ不可解さで忘れかけていた個人的な悩みが、一気に口を出そうになった。リリーは自分を落ち着かせようと息を吸った。
「……わたし、この仕事に向いてないのかもしれません」
虫の音のような小さな声が紡ぎ出した言葉を、ジェムはしっかりと聞き取った。そして、丸く目を見開いた。一体なにが彼女をそこまで追い詰めたのだろう。
珍しく言葉に詰まったジェムに、リリーはしまったと思った。ジェムの優しさについ甘えて、今すべきではない悩みを打ち明けてしまった。「ごめんなさい、」とリリーは慌てて発言を撤回しようとした。
「仕事が嫌になったとかではないんです、全く。ただ、そのう……どうしても気になってしまうんです。わたしは――わたしがこの仕事をすると決めたのは、人助けのためだったのに、わたしが今しようとしていることは――いいえ、止めましょう、これ以上は。調査に集中しないと」
話はそれっきり切り上げられた。リリーはそそくさと歩き出し、ジェムはその後を追うしかなかった。彼女の背中が痛々しげに丸く縮こまっていたので、心配になって、ジェムは「リリー?」と声をかけた。リリーは返事もせず、振り返りもせず、足も止めなかった。やがて開けた場所に出て、けもの道とは違って幅広の人工的な経路を見つけた。リリーはそこで足を止め、顔を上げて辺りを見回す素振りを見せた。
「――なあ、リリー?」
返事は返ってこなかった。ジェムは自分が対応を間違えたのだと考えていた。他人の感情の機微に聡い彼女は、ジェムを傷付けたと思ったに違いない、と。だからジェムは、彼女に釈明する必要があった。
「リリー、さっきは――」
「――これ、」
リリーの呟きを聞いて、瞬時にジェムは聞き返した。
「なに?」
「気配です――多分、ヴィンスの」
「ヴィンス?」
こっち、とリリーは行き先を指差した。整備された道の先にあったのは、それはそれは大きな池だった。あの庭師がひとりで管理しているとしたらぞっとするほど大きな池だった。
不思議な池だ。何の変哲もないように見えて、水底へ誘い込まれそうになる魅力がある。凪いだ水面から時折こぽこぽと魚が跳ねる音がする。まるで、こちらへおいで、と誘うように。水の中は安全よ、穏やかでしがらみもなく、静寂が優しく包み込んでくれるわ、と。吸い寄せられるようにリリーが水辺へ歩みを進めると、
「――近付かない方がいいぜ。その池、怨念が渦巻いてるみたいだから」
と、水辺から離れた場所から声をかけられた。振り返って視認した声の主は、鍔広の麦わら帽子を被っていた。それに加えてシャツやらオーバーオールやら、季節外れのバカンスに来たような格好だった。帽子の鍔を上げ、にやりと悪戯っ子の笑みを浮かべたその青年の顔を見て、リリーは破顔した。




