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ブラック・スミス2 〜探偵と幽霊もどきと妖精の丘〜  作者: 雅楠 A子
《本編》

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34/36

17(2/2).


「あんたの理屈は分かった」ネルはそれまできつく結んでいた唇を解いて、カドのある口ぶりで言った。


「だけど、そんなふうに短絡的に結論を出すべきじゃないわ。こんな荒唐無稽な推理を聞かされた彼らの身にもなってみなさいよ。"妖精"の特徴が呪いを発現する? ――それを聞かされてどうしろって? 屋敷から出ていけとでも言うつもり?」


 カートの顔が不愉快に歪められた。「そんなことを示唆した覚えはないな。先に言ったはずだ、これはまだ仮説だって」


「そんなのは問題じゃない」ネルは目を血走らせて抗議した。「分からない? あんたの考えなしの発言が彼らの居場所を奪ってしまうってことが!」


「だから、仮説だって言ってるだろ! 誰の居場所も奪ったりしない!」

「あんたはそう思ってても、みんながそうとは限らない!」


 再び、どん、とテーブルが叩かれた。またしても重い沈黙が、彼らを包んだ。誰かが息苦しそうに息を吐いた。ペドロは腕を組んで、ことの成り行きを見守っていた。その向かいではマイが不安そうに周りの顔色を窺うように視線を泳がせて、その隣ではジェムがじっ、とテーブルの上に視線を漂わせていた。セニヤは黙り込んだカートを気にする素振りを見せており、ロロは肘をついて目を瞑り、時折悩ましげに(こめかみ)を揉んでいた。リリーは当事者の゙二人(スレマとアンディ)をちらと見た。静かなものだった。怯えている様子も、不安げな様子もない。ただ事態を静観しているだけのようだった。まるで――そう、慣れているようだ。こんな議論は日常茶飯事だ、と。


「ちょっと、いいですか?」


 場の空気にそぐわない、軽々しく口調でジェムが言った。


「原因がなにかはともかく、結局のところ、その"呪い"とやらをどうにかすればいいだけの話じゃないんですか? 誰が来ようが超常現象なんて起きなくすれば、なんの問題もないでしょ?」


 それを聞いた全員が、へんてこな顔でジェムを凝視した。まるで彼が見当違いの発言をしたかのように。


「ジェームズ、」ロロが大いに呆れを含んだ声音で物申した。「そいつはあまりにも安直で浅はかで一足飛びの意見だ。だが、」深い深い溜め息が漏れた。「――くそ、それが一番理想的な解決だと否定できない俺がいる」


 にやり、とジェムは片側の口角を上げて、狡そうな笑みを浮かべた。


「これで、ぼくを送り帰す考えはなくなりました?」


 探偵たちは一斉に顔を顰めた。状況を知らない五人は怪訝な目をした。ジェムは改めて自分の口で説明する気はなかった。今すぐでないというだけで、どうせすぐに明かされることだ。今更誠実になるなんてちゃんちゃらおかしかった。


「"呪い"を解く方法があるんですか?」


 アンディが期待を滲ませた明るい声音で訊ねた。どう答えるべきかと唇をもぞもぞ動かしているロロたちに代わって、ジェムは暢気な調子で答えた。


「確信があるわけではないですけど、"呪い"の仕組みを調べることなら出来ると考えています。仕組みが分かれば、解き方も分かるかもしれませんよ」


 なんだか芝居がかっている、とリリーは思った。わざとお気楽なふりをしているようにも見えた。どうしてそんなふりをする必要があるのか、と考えた。そうしていると、


「そのための手立てを見つけたということですか?」


 と、スレマが訊ねるのを聞いて、はっとした。彼の態度、言葉、それらが突然輪郭を持って、彼の考えが浮き彫りになった気がした。リリーは立ち上がって、「すみません!」と会話を遮った。ガゼボに集まる人々の目が、一斉にリリーに向けられた。こういう"空気を乱した瞬間"ってものには、いつまでたっても慣れそうにない。


「……あの、少し、話す時間を頂けませんか? ――彼と、二人で」


 その場にいる全員に聞いたつもりだった。実際には妖精課の責任者であるロロが真っ先に反応し、ジェムの方に首を回して応答を促した。


「勿論だよ、()()


 本当に、妙な振る舞いだ。



 * * *



「リリー、待ってよ」


 制止の声も聞かず、リリーは中庭をずんずんと歩いていく。ジェムはわざと一定の距離を保ちながら彼女の後を追い、(ハシバミ)のトンネルに差し掛かったところでもう一度声をかけた。


「なあ、この辺でいいんじゃないか? もう誰にも聞こえないよ」


 すると、リリーは急に立ち止まって踵を返し、ジェムの方に向かって来た道を戻ろうとしたので、ジェムは戸惑ってその場に立ち竦んだ。彼女は眉をひそめていた。きゅっ、と唇を引き結び、リリーはジェムの許までやって来ると顔の横で拳を作り、腕を引いて勢いをつけつつ、それを突き出した。ぼす、とジェムの左肩に当たって、彼が少しよろめいた。


「あなたはっ、いつもっ、そうやってっ、ひとりでっ、ぜんぶ!」


 一言一言物申す度に、リリーの両拳が交互にジェムの胸を叩いた。最初はよろけて後退っていた彼も、2、3回目には踏ん張って全てを受け止めていた。びくともしない身体にますます腹立たしくなって、リリーは突き放すように彼の肩に向かって両掌を突き出した。ほんの少しだけ、彼の上半身が仰け反った。


「――このエゴイスト!」


 目を目一杯瞑って、リリーは精一杯の悪口を叫んだ。目を開けると、彼は全く意に介した様子もなく、どころか、この状況を面白がるかのように僅かに口角を上げていた。ジェムは軽く肩を竦めた。


「気は済んだ?」


 むっ、とリリーの眉間に皺が寄った。


「いいえ!」


 そうはっきりと否定すると、いくらか溜飲が下がった。リリーは深い溜め息を吐いて、もう攻撃はしない意志を示すように胸の前で腕を組んだ。「……だけど、ちょっと言い過ぎました」

 リリーの科白にジェムはくすりと笑った。これだけ罵倒されておいて少しも気にしていない様子を見せつけられると、格の違いを見せつけられているみたいで、少しだけ気分が落ち込む。リリーは居心地悪そうに身動いだ。


「きみに相談すべきだったってことは分かってるさ」


 ジェムは言った。リリーの機嫌を窺うように首を軽く傾げていた。


「だけどロロは――なんというか――堅実な男なんだよ。このまま帰される可能性だって考えられた。……ああ言うしかなかったんだ」


 そうジェムが言い訳すると、リリーに上目遣いでじっとりと睨みつけられた。ジェムは苦笑いを浮かべた。


「受けたばかりの依頼を早速放り出すわけにもいかないだろ?」


 リリーの瞳が揺れた。その僅かな変化をジェムは見逃さなかった。


「それともきみは、困っている人間を見捨てろ、って言うのか?」

「……狡いひと」


 きっ、と眼光を鋭くさせて、リリーは非難した。ジェムはその批判を大人しく受け入れた。彼女の指摘はごもっともだ。狡く立ち回らなければ探偵なんぞやってられるか。そんな考えが表面化したのか、一瞬、ジェムの顔の筋肉が強ばった。その微妙な変化から、余裕のある相棒の笑みの裏の心苦しさを感じ取ったリリーは、眉尻を下げた。


「……わたしも一緒に行けたらいいのに」


 ジェムの目が丸く見開かれた。


「行くって、"ブルー"に? 駄目に決まってるだろ」

「そういうところが勝手だ、って言ってるんです。今のわたしはあなたの庇護対象じゃない、相棒なのよ」

「分かってるよ、だけど……、ぼくだって好きで危険を冒しているんじゃないし、だからこそ、きみには関わってほしくないというか、」

()()()()()()()()()?」


 間違えた、とジェムは唇を噛んだ。


「関わってほしくないんじゃなくて、敢えて無茶をする必要はない、って言いたかったんだ。きみがやるべきことじゃないっていうか、」

「わたしが()()()()こと、って?」

 「リリー! そう言葉尻を捕らえないでくれよ! ぼくだって上手く伝えたいけど、分からないんだ」


 思わず情けない声が出た。ジェムの本音にリリーは態度を軟化させた。不器用な彼を憐れむ気持ちになって、リリーはその小さな唇に微笑を浮かべた。


「時々、あなたの立場を代わってあげられたらと思うわ」


 リリーの慰めに、ジェムは嘆息した。


「ぼくの立場なんか、一生分からなくていい。こんな面倒事、他人に任せられないよ」


 突っ撥ねるような言い草だったが、リリーはその科白に彼の優しさが隠されているのを知っていた。彼女の能力にジェムの感情を読み取る力はなかったが、彼の誠実な想いはいつも強い光を放って、彼女の目に飛び込んでくるのだ。ジェムの予想を覆すべく、リリーは言った。


「あなたって、本当に優しいひとね」


 ジェムは怪訝な目を向けた。彼の心に寄り添おうとして、リリーは尚も言葉を続けようと口を開きかけた。かさ、とそう遠くないところから物音がして、即座に身を固めた。同じく物音を耳聡く聞きつけたジェムは、彼女を危険から遠ざけようとリリーの腕に手をかけ、音の正体を見極めようと目を凝らした。


 (ハシバミ)の木の裏から褐色の顔を覗かせる、子どもの姿を捉えた。


「子ども?」と呟いたリリーの声に反応して、子どもは一目散に逃げ出した。待って、と瞬時にリリーは追いかけた。一足遅れて、ジェムも追いかけた。子どもは(ハシバミ)の森の中を慣れた足取りでするすると駆けていた。リリーたちは落ち葉や枯れ木に足を取られながらも、子どもの姿が視界に入る距離を保っていた。


 ぴょん、と子どもが跳ねた先は灘らかな崖になっていた。子どもにとって勝手知ったるこの森では、どこを飛び越え、どこに着地すれば上手く歩けるのかを熟知していた。この森の扱い方を心得ていた。子どもは滑り台でも滑るみたいに崖を下り、追っ手を撒こうと全速力で森を駆け抜けた。追っ手の女性は予想外の崖につまづいて、転げ落ちそうになるのを男性に引き止められていた。「待って!」と叫ぶ女性の声が聞こえた。子どもは振り返らなかった。


 リリーは走り去る子どもの後ろ姿を眺めていた。息が上がっていた。リリーの腕を引いて、「こっち」とジェムが誘導した。リリーは言われるがままに歩みを進め、ジェムが見つけた道を辿って崖を下りた。子どもの姿は見えなくなってしまった。


「あの子はだれ?」


 誰にともなくリリーは訊ねた。姿の見えない子どもを見つめる彼女を、ちら、と横目で見ながら「分からない」とジェムは答えた。


「知ってる気配?」


 ジェムの問いかけにリリーは首を振った。


「分からない。でも、そうかもしれない」


 ()()が、昨日にリリーが感じ取った小さな気配のことだと、ジェムは理解した。

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