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ブラック・スミス2 〜探偵と幽霊もどきと妖精の丘〜  作者: 雅楠 A子
《本編》

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36/36

18(2/2).

「ヴィンス!」

「ああ良かった、きみには見えていないのかと」


  などと意地の悪い揶揄がすぐ傍から聞こえた。横目でジェムを見遣ると、彼は引き攣った笑顔を張り付けていた。不安を覆い隠すような表情だった。とっくに気付いていたのだ、ヴィンスの姿に。この池に着いたときから。


「随分と池が気になってたみたいだね、リリー? なんか見えたの?」


「そういうわけではないのですが、」ヴィンスの質問に答えつつ、リリーは訊ねる。「さっき言っていた、怨念、というのは?」


「そのまんまの意味だよ。恨みの記憶とでも言うのかな、そんなのがこの辺り一帯に蔓延してる。俺だったら近寄りたくもないね」

「そういえばお前、霊感があるとか言ってたな」


 ジェムが思い出したように言った。すると、ヴィンスは得意げに鼻を鳴らした。


「精霊に愛されし探偵に、実在する本物の妖精、霊感のある情報屋――対オカルト最強の人材が揃ったってわけだ」


 そんな冗談半分のヴィンスの表現は、なかなか的を射てるとも思えたので、リリーは微笑み、ジェムは片眉を上げた。超常的なものへの拒否感や不寛容さはとうに無くなっているので、"オカルト"という括りへの心理的抵抗感もなかったのだ。ヴィンスは二人の意外な反応に少し面食らったようだった。


「お前がここにいるってことは、」状況を整理しようと率先してジェムは問いかけた。「()()()の調査に進展があった、って考えていいのか?」


「まあ、そうだな……そう思ってもらっていいさ」ヴィンスは言った。「だけどそれを伝えるのは、お前がおれに納得できる説明をできたらの話だ」


 ヴィンスは胸の前で固く腕を組んだ。その愛嬌のある目で一所懸命にジェムを睨み付ける。


「前に、お前が聞かせてくれた怪奇現象、本来なら生きてる人間が体験できるようなものじゃないらしいな? なのに、なんだってそう何度も"死者の世界"足を踏み入れてんだ?」

「知らないよ、そんなの」


 間髪入れずにジェムは言った。青筋が立つほどにヴィンスの眉間が狭まれる。リリーは彼らの間に流れる緊張感を察して、すげない態度を取るジェムに呆れつつ、二人の視線がぶつかるところへ物理的に割って入った。


「ちょっと待って、落ち着いてください。ヴィンスらしくないですよ、そんなふうに責めるような聞き方をして! ジェムもジェムです、もう少し言い方ってものがあるでしょう!」


「だけどリリー、」とヴィンス。「あいつの性格を知ってるだろ? はっきり言ってやんないと、こっちの気持ちなんか少しも理解出来ないクソ野郎なんだよ」


「そんなふうに思われてるなんて知らなかったな。そんなクソ野郎なら、とっとと縁を切っちまえばいいのに」

「ジェム!」

「ほらな、こうやってすぐに人との関係を断とうとする。こいつのやり方なんだよ。身体張って爆弾を覆い隠そうとするんだ。それで被害が防げると思ってんだよ。自分を犠牲にする以外の解決方法を考えないんだ、こいつは!」


 ジェムを指差し、厳しい批難を浴びせるヴィンスを正面から捉えながら、リリーはえらく共感した。


「すごく、よく分かります。危険に気付いた瞬間、それに自ら飛び込んで自分一人で背負い込もうとする。誰かを頼ろうとはせず、自分自身を守ることも一切考えない。わたしも、何度かそういった彼の姿勢を目にしています」

「わお。ぼくの味方は一人もいないのか」

「でもね、ヴィンス。ジェムが言ってたことは嘘じゃないし、隠してるわけでもないんです。本当に、知らないんです。理屈なんかないんです。説明なんてできないんです!」


 リリーの説得を聞き、ヴィンスは虫が納まったようだった。深く溜め息を吐き、後ろに一歩、身を引いた。


「……約束、覚えてんだろうな?」

「覚えてるよ」

「だったら、おれのいないところで勝手にくたばろうとすんじゃねえよ」

「そんなことした覚えはないな。こう見えて、ぼくなりに抗ってるつもりさ」

「それを聞いて安心したよ」


 リリーは二人の間に身を置きながら、一切口を挟むことなく、彼らの遣り取りを聞いていた。一触即発の雰囲気は消え、二人の声音にも普段の穏やかさが戻っていた。ふう、と胸を撫で下ろし、ちらちらと視線を動かして二人の顔を窺った。


「そお――れじゃあ――、いいかしら? 話を進めても?」

「「どうぞ」」


 ジェムとヴィンスが声を揃えてに返事をしたので、リリーは思わず満面の笑みを浮かべた。


「まず、この御屋敷で分かったことですが、依頼人を含め、ここで働く方々は毎年サウィンの時期に起きる超常現象に悩まされています。ジェムに起きている現象はその中でも特殊で、そこからこれらの事態の原因を突き止められんじゃないかと、可能性を見出したところ、なのですが……」


 リリーが口を濁してさりげなくジェムを見上げたので、ヴィンスは、ははあと一人で納得した。


「リスクは避けたいけど、"死者の世界"に行けるのはジェムしかいなくて、危険を承知で頼るしか道がない、って状況なわけね?」


「今のところはな」とジェム。

「今のところは、って?」とヴィンス。


「まだ分からないんです」とリリーが話す。「実はジェムの他にも、この屋敷から気配を消した人がいるみたいで」


「それって、ディガーなんじゃないの?」とヴィンス。「クー・シーなら、この世界から一瞬でも姿を消すことが可能だろうさ。なんたって妖精丘の番犬らしいし?」

「可能性はあるが、確証はない」とジェム。

「証拠ならあります」とリリー。ジェムとヴィンスの二人は後に続く言葉を静かに待った。


「ディガーの気配を、わたしは感じ取れません」


 ヴィンスは自分の理解度を測るために、ちらとジェムの表情を見た。さほど驚いた様子もないが、以前から知っていたという様子でもない。ヴィンスは自分が今し方聞いたことを確認するようにリリーに言った。「ごめん、感じ取れない、って?」


「理由は分かりません」リリーは答える。「どうしてか、ディガーがすぐ傍にいたとしても、この目で姿を確認できなければ、わたしには彼はここにいないのと一緒なんです――あの、この感覚は分かりますか?」

「分かるよ」とジェム。「むしろ、そっちの感覚の方が一般的だろうね」


 そう、とリリーは呟く。「とにかく、わたしが感じ取った気配がディガーのものでないことは確かです。ジェム以外の誰かが、別の世界に移動したんです」


「ちょっといいかな」とヴィンスは早口に言う。「リリーの言う"気配"ってのは、なんなの?」

「聞いても分かんないぞ」とジェムが横槍を入れる。それにヴィンスは睨み付けて応対し、それからすぐに首を傾けてリリーに説明を促した。


「端的に言うと、"匂い"です。ひとは皆、固有の匂いを持っているんです。そのひとつひとつを特定するのは難しいんだけれど、それでも、あなたたち二人の気配ならどこにいても感じ取れるのは、それが慣れ親しんだものとして、わたしの中に記憶されているから。本当は人混みの中にいられると、他の人と混ざってしまって切り分けるのも難しいんですけど、二人の"匂い"は知っているからどうにか探し出せるんです。でも、こんなふうに開けた場所なら、気配がひとつ消えたり増えたりするぐらいのことは、なんとなく感じ取れます。だって、"匂い"が増えたり減ったりするから」


 リリーの話をヴィンスはぽかんと聞いていた。なにか言おうと時折、魚の口のようにぱくぱくと動くが、正直なところ、なにを言おうとしているわけでもなかった。リリーは心配になって、確認を取る。「今ので分かりました?」


 ヴィンスは動揺を隠しきれずも応えた。


「理屈は――多分。だけど――いや――うーん――気付けるものなの? 臭いが増えたり減ったりするのって?」


 彼の科白にリリーは眉尻を下げた。


「だから言ったろ、『聞いても分かんない』って」ジェムが言い重ねた。「ぼくたちとは感覚が違い過ぎるんだ」


()()()()()()()ってわけか」とヴィンス。その呟きに、ぴんときたジェムは、「そうだ、リリー」と彼女に問いかけた。


「妖精同士だから臭いが分からないってことはない?」彼の発言に、過去を思い返すような仕草をするリリーを見ながら、ジェムは続ける。「つまりさ、きみたち妖精には、()()()()()()んじゃない?」


 リリーは飛び上がった。


「そんなことありません! ジェムはいい匂いです! ヴィンスだって!」

「――あ、そう? それは――よかっ……た……?」


「話を戻すけど、」(こめかみ)をぐりぐりと人差し指で刺激しながら、ヴィンスは口を挟んだ。「おれがここにいるって分かったのは、おれの"気配"を感じ取ったから、なんだよね? ()()()()の"気配"を?」


 はい、とリリーは肯定した。事実を飲み込むようにヴィンスは頷いた。


「つまり、おれがどうやってここに入ってきたか、リリーは分からないわけだ?」


 リリーは一瞬、言葉に詰まった。


「――そういえば、どうやって……?」


 ヴィンスはにんまりと唇を歪ませた。


「これで確証を得たぞ。おれはね、リリー、ここに来るのに"常世"を通ってきたんだ。ディガーの力を借りてね。要するに、"死者の世界"――きみらの言うところの、"ブルー"だよ」


「その話、」ジェムは些少ながら眉間に皺を寄せて言った。「詳しく聞きたい。ぼくの認識とお前の情報とを擦り合わせしたい」

「そりゃ勿論だけどさ、聞いてもあんまりいい気はしないだろうぜ。おれが通ってきた"常世"はなんでも、この町の嫌ぁな記憶を再現したものらしいから」


 ヴィンスの言葉を受けて、ジェムとリリーはなんとなしに顔を見合せた。――この()()ではなく、()()()と言ったのに、注意を引かれた。


「おっと、その前に話すこともあったな。長話になりそうだ、ちょっと座ろうか」


 ヴィンスは後退して水辺から距離を取りつつ、ちょいちょいと二人を手招きした。雑草の生い茂る土手に腰を下ろし、隣を勧めるように顎をしゃくった。ジェムはジャケットを脱ぎ、促されるままに土手に座ろうとするリリーを制して、ジャケットを広げた。地面に広げられた服に、リリーとヴィンスは「わあ」と小さく感嘆の声を上げて、ジェムを見上げた。


「……なに」


 ジェムは戸惑った。


「今どき、そんなことするやつ、いないよ」

「わたしも、現実では初めて見ました」


 二人の感想がなにを意味しているのか分からなかった。ジェムは逡巡するように眼球を動かし、恐る恐る訊ねた。


「駄目なの?」

「いえいえ! むしろ、いいんですか? この上に座って」

「そのために敷いたんだけど」

「では、お言葉に甘えて」


 そう言って腰を下ろしたリリーはなにやら上機嫌だった。ふふ、とヴィンスに笑みを向け、向けられた方はにまにまと意味ありげである。ジェムはふと、自分の行動がかつてのグレアムの真似事であると気付き、途端に恥ずかしくなった。

 首筋を擦りながらジェムが土手に座るのを確認し、ヴィンスはおもむろに話し始めた。


「そんじゃ、話すぜ。ひとつめは、アラン・グレアムに頼んだ調査についてだ」

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