第5話 境界線上のレガンツィア(2)
特異宙域から生還した探査艦『レガンツィア』の公式報告書、および広域航宙協会における報告部会の議事録・質疑要旨
探査艦レガンツィア 特異宙域航行調査報告書
1. 航行概要
探査対象: 特異宙域(無人機未帰還宙域)
探査日時: 星暦[黒塗り]年[黒塗り]月[黒塗り]日
探査艦: 深宇宙探査艦『レガンツィア』(旧電子戦艦改装型)
指揮官: [黒塗り]特等航宙監
2. 経過および観測事実
◯ 境界線通過: 境界線通過と同時に、後方母星系からの全テレメトリー信号および超空間通信が断絶。電磁妨害の痕跡はなく、空間の相転移による物理的遮断と推定。
◯ 異常天体の視認: 進入から数時間後、前方航路上の暗黒領域内に、未知の発光性ガス雲(便宜上「対象A」とする)を感知。光学観測により、対象Aの中央部に光を透過させない漆黒の垂直スリット状構造を確認。
◯ 対象Aの能動的変容: 観測開始から140秒後、対象Aが上下から急激に収縮・閉塞し、その後再開放する周期的運動(いわゆる「瞬き」に酷似した事象)を観測。同時に、対象Aの背景領域に、数万キロメートル規模の不規則な高密度質量および細長状の構造体の輪郭が一時的に走査された。
◯ 反転離脱: 指揮官の判断により、即座に最大出力でのスラスター反転機動および電磁・光学遮蔽シールドの最大展開を実施。境界線外への緊急帰投に成功。
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広域航宙協会 報告部会 議事録
1. 開会および審議事項
日時: 星暦[データ欠損]
場所: 広域航宙協会 第一中央評議場
議題: 探査艦『レガンツィア』の帰還報告に基づく特異宙域の危険度再評価
出席者: 航宙協会理事会メンバー、天体物理学調査局長、探査艦レガンツィア座乗幹部、および各陣営代表
2. 質疑応答要旨
問(天体物理学調査局):
無人探査機が未帰還となった原因について、報告書にある「対象Aの能動的変容」による物理的破壊、あるいは空間の特異的な圧縮によるものと考えてよいか。また、対象Aの正体についての見解を求めたい。
答(レガンツィア調査班):
無人機の全通信途絶のタイミングは、本艦が経験した「外部通信途絶」の境界線と完全に一致している。無人機は破壊されたのではなく、通信遮断後に誘導を失い、対象Aの超重力または未知のエネルギー圏に引き込まれた可能性が高い。対象Aの正体については、既存の天体物理学の範疇(ブラックホール、暗黒星雲等)には該当せず、極めて巨大な「実体」の一部であるという推測以外、現状のデータからは断定を避ける。
問(安全航行委員会代表):
報告書には「電磁・光学遮蔽シールドを展開して逃走を図った」とあるが、展開後に質量反応や対象Aの視線(焦点)に変化はあったか。つまり、あの擬態は有効だったのか。
答(レガンツィア調査班):
遮蔽シールド展開後、本艦への直接的な追跡行動や重力干渉の激化は観測されなかった。しかし、バックカメラが捉えた対象Aの光学焦点は、本艦の離脱軌道を正確に追尾していた。遮蔽が完全に見破られていたのか、あるいは移動に伴う微弱な空間震動に反応していたのかは不明である。
問(軍事技術審議会代表):
報告書の後半、乗組員の肉眼目撃情報として「肉球」「長い尾」といった非科学的な記述が散見される。レガンツィアの乗組員が、このような集団幻覚を起こした原因について調査は行われたか。
答(レガンツィア調査班):
帰投後、全乗組員に対して精神鑑定および脳波測定を実施したが、異常は認められなかった。当該記述は、超空間センサーのレンダリングエラーおよび強烈な空間歪曲が網膜に与えた光学錯覚を、人間の脳が既存の記憶(地球型生物の形態)に無理に当てはめた結果であると結論づけている。公式記録としては、これらは「未確認の巨大質量構造体」として処理される。
3. 決議事項
1. 特異宙域の「航行禁止区域」指定を無期限で継続する。
2. レガンツィアが持ち帰った光学および重力波観測データは、社会的混乱を避けるため「クラスA機密」に指定し、一般公表を差し止める。
3. 当該宙域への有人探査は今後一切凍結する。




