第6話 闘争(1)
広大な開拓星系の最果て、いかなる航路も設定されていない「辺縁領域」において、天体物理学の常識を覆す未知の信号が検知された。それは単なる超新星爆発やブラックホールの活動とは明らかに異なる、不規則かつ暴力的な重力波の連続的な「脈動」であった。
未知の周波数。空間そのものが悲鳴を上げているかのような不気味なエネルギー変調。
この事態に対し、航宙観測局は即座に特別観測ミッションを発動した。
航宙観測局 第7データ収集管制室
観測計画:カスケード航宙探査
対象宙域は、猛烈な磁気嵐と空間断層が入り乱れる超高環境負荷エリアであり、単独の無人機では境界線を越えた瞬間に通信途絶することが予見されていた。
そこで観測局が採用したのが、最新鋭の高速観測無人ポッド10機による「カスケード(数珠繋ぎ)探査法」である。
【カスケード探査 概念図】
[未知の反応源] ←---- (1号機) ---- (2号機) --(中継)-- (9号機) ---- (10号機) ==== [観測局]
[システムの特性]
〇 データリレー構造: 先頭の1号機が未知の領域へ突入し、磁気嵐で局との直接通信が途絶した場合でも、一定間隔で追従する2号機、3号機へとデータをバケツリレー式に高速電送する。
〇 生残性の担保: たとえ先頭の数機が物理的に喪失したとしても、消滅する直前までの観測データは必ず後続機に保全され、最終的に10号機を介して観測局へと届けられる仕組みである。
[進行するカウントダウン]
「カスケード・ポッド1号機から10号機、すべて巡航軌道を維持。機体コンディション、オールグリーン」
「反応源のエネルギーレベル、さらに上昇。依然として規則性は見られず。空間の『引き裂き音』に酷似した超高周波ノイズが混入し始めています」
管制室の巨大なホロ・スクリーンには、10個の光点が等間隔に並び、深淵の奥深くへと進んでいく様子がリアルタイムで描かれていた。データ受信を示すインジケーターが、規則正しく明滅している。
探査ステータス
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項目〔目標までの距離〕
├現在値: 約1宇宙日マイル
└状況: 最終アプローチ段階
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項目〔磁気干渉インデックス〕
├現在値: 8.2(警戒域)
└状況: 前方で空間密度の急激な不連続性を感知
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項目〔データ同調率〕
├現在値: 99.4%
└状況: 各機間のリレー体制に問題なし
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[固唾を呑む局員たち]
局員たちは、交代の仮眠すら満足に取らず、コンソールの前に張り付いていた。
これまでに、多くの有人探査艦や民間貨物船が「奇妙な空間異常」に遭遇し、クラスA機密として処理されてきた歴史を彼らは知っている。だが、今回のカスケード探査が成功すれば、その「霧」の向こう側にある真実の数値を、人類史上初めて完全にデータ化し、白日の下に晒すことができるのだ。
「あと1宇宙日で、1号機が反応源の第1観測圏に到達します」
オペレーターの報告に、室内の緊張が一段と跳ね上がる。
メインスクリーンの中央で、未知のエネルギーの脈動が、まるで何かを威嚇するように、激しく、不気味に明滅を繰り返していた。
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[ 秘匿された記録]
航宙観測局 第7データ収集管制室
事象発生日時: 星暦[黒塗り]年[黒塗り]月[黒塗り]日 04:00~05:15
[概要]
特異辺縁領域における「カスケード航宙探査」の最終局面において、人類の天体物理学の定義を根底から覆す超巨大質量存在による「相互干渉事象」を観測。先頭の1号機から順次、超高密度のエネルギー衝突に巻き込まれ、最終的に10号機までが全データをリレーした後に信号を喪失した。
一般公表用ステートメントにおいては「広域における想定以上の環境負荷の悪化、および磁気嵐による全機喪失」と処理されたが、以下に、10号機が消滅直前に受信・復元した本質データを永久秘匿記録として保管する。
[観測データの詳細]
1. 反応源の光学波長解析(視覚的特徴)
1号機が反応源の第1観測圏に到達した際、モニターが捉えたのは、真空の宇宙空間に激突し合う、波長約400~700ナノメートルの連続した光学的複合体であった。それは既存の星間ガスではなく、明確な有機的輪郭を持っていた。
〇 個体α(主波長: 白・橙・黒の斑状構成): 推定全長、約45万キロメートル。
〇 個体β(主波長: 黒・茶の縞模様構成): 推定全長、約48万キロメートル。
両個体は、惑星系をも包含しかねない絶望的な体積を有しながら、光速の数パーセントに達する極めて俊敏な質量運動を展開していた。
[カスケード・データリレー:崩壊のプロセス]
〇 04:12 | 1号機・2号機 喪失
両個体が互いに間合いを詰め、空間を歪曲させながら上部構造(前肢と推定される超巨大質量塊)を高速で往復させる挙動を観測。
【技術班注釈】
この運動は、高速度で互いの顔面構造部を交互に強打し合う「質量衝撃の応酬」である。1号機および2号機は、個体αが放った前肢の超高速移動に伴う重力波の衝撃に巻き込まれ、物理的に圧壊・消滅。
〇 04:35 | 3号機~6号機 喪失
個体βが個体αの背後に回り込み、十数万キロメートルに及ぶ肢構造で相手の巨体を完全に抱きかかえる。両者は空間を激しく回転しながら、下部構造による連続的な「蹴撃」を相互に開始。
空間の引き裂き音とされていたノイズの正体は、この「肉薄した取っ組み合い」の摩擦および、両個体の喉頭部から放射される超高周波の威嚇音波(電磁波変調)であることが判明。中位に位置していた探査機群は、この回転する二大質量の狭間に挟まれ、相次いで通信を絶たれた。
〇 05:02 | 7号機~9号機 喪失
個体αが激しい拒絶運動を示し、頭部構造を左右に振りながら、個体βの顔面へ向けて高速度の連続打撃(秒間十数回に及ぶ前肢の突出し)を浴びせる。
この局所的な重力パルスの連射により、周辺のデブリおよび星間物質は完全に消滅。データを中継し続けていた7号機、8号機、9号機も、この打撃圏の余波に捉えられ、瞬時に塵へと還元された。
[最終データ:10号機の消滅]
05:14
後続の10号機は、これらすべての衝撃映像およびエネルギー波形を局へ電送。その直後、画面を埋め尽くしたものは、両個体が互いに距離を取り、再び飛びかかろうと背を丸めた際に発生した、宇宙空間そのものの激しい「たわみ」であった。
個体βの尾状の構造体が周辺宙域をなぎ払いながら横振りにされ、その末端が10号機の座標を直撃。通信は完全に途絶した。
[結論]
本局が検知した「奇妙な反応」の正体は、超広大宇宙における二大巨頭による、極めて原始的かつ凄惨な「領域権または優位性を巡る闘争(決闘)」であった。
人類の科学力では、彼らの「じゃれ合い」や「喧嘩」の余波を観測することすら命懸けであり、干渉を試みることは自殺行為に等しい。当該宙域は、単なる自然環境の悪化という名目のもと、人類の手の届かない「絶対不可侵神域」として永久に封鎖されるべきである。




