第3話 幻の会戦(2)
会戦は行なわれなかった。双方の艦隊が撤退した為である。
数千もの主砲が放たれるはずだったその宙域には、ただ静寂だけが残された。
ラグリス連邦とゾアール帝国、両陣営が国の威信をかけて送り出した大決戦艦隊は、戦火を交えることなく、まるで示し合わせたかのように全速力でその場から遁走した。
歴史家たちはこれを「宇宙海流の突発的な大荒天による奇跡的な休戦」と記録したが、前線の兵士たちの口までは完全に塞ぐことはできなかった。
[流布する奇妙な「断片」]
公式記録が黒塗りにされる一方で、退役した船乗りたちの酒場や、場末の通信ネットワークの片隅では、あの日に起一した「何か」について、あまりにも非科学的で、整合性の取れない噂が囁かれ続けた。
兵士たちの証言の断片
〇 ラグリスの砲手: 「照準モニターには敵艦じゃなくて、星を覆い尽くすほどの『白い毛並み』が映っていた。体の震えが止まらなかった」
〇 ゾアールの障壁機関士: 「艦隊全体が、まるで巨大な揺り籠に入れられたみたいに優しく揺れた。あの瞬間、モニターに映った重力波形は……どう見ても『丸まった背中』の形をしていた」
〇 共通する幻聴: 生還した者の多くが、空間が引き裂かれるような轟音の中に、何かをねだるような、あるいは満足げな「喉を鳴らす重低音」を聴いたと主張した。
[歴史の闇に埋もれた観測データ]
両国の最高機密として封印された観測データには、人類の科学では説明のつかない数値が並んでいたとされている。
機密解除を拒まれるデータ(噂される内容)
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測定項目〔空間歪曲率〕
├記録された数値: 測定不能(無限大)
└軍上層部の解釈: 「巨大な質量が寝返りを打った」ことによる局所的崩壊
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測定項目〔熱放射パターン〕
└記録された数値: 38.5℃(一定)
└軍上層部の解釈: 宇宙空間としては異常な「生物的体温」の感知
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測定項目〔最終接触記録〕
└記録された数値: 接触直前に全通信途絶
└軍上層部の解釈: 巨大な「足の裏」による空間の圧搾
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後世の戦史研究家たちは、この戦いを「幻の決戦」と呼び、様々なSF小説や怪談のモチーフにした。ある説では「超古代の防衛兵器」、またある説では「異次元からの精神汚染」と定義されたが、そのどれもが真相には遠く及ばなかった。
[終わりの静寂]
かつて両軍が対峙したその宙域は、現在では「航行不能な異常重力帯」として、全宇宙の航宙図に不自然な空白を残している。
ただ、時折その近くを通りかかる勇敢な(あるいは無謀な)密輸船の乗組員たちは、今でも不思議な体験をするという。
エンジンを切り、全ての電子機器を静めて暗黒の宇宙を見つめるとき。
白く立ち込める星間ガスの向こう側に、星々を玩具のように転がして遊ぶ、あまりにも巨大で、あまりにも気まぐれな「宇宙の主」の影を見た気がするのだと。




