第3話 幻の会戦(1)
数千もの主砲が狙いを定め、数十万の将兵が砲撃開始の命令を待つ中、全軍の視線が全天を覆う「白」を睨みつけていた。
双方、数百隻の艦艇を従える最大級の艦隊勢力。ラグリス連邦の最新鋭総旗艦『アドラスティア』、そして、ゾアール帝国の超弩級総旗艦『ガイゼル・ガドーラ』。
両艦隊の交戦距離、わずか200宇宙海里。宇宙海流が及ぼす星間物質の「霧」など、通常であれば熱線砲の一撃で跡形もなく蒸発させられる程度の障害に過ぎなかった。
だが、いま眼前に広がる現象は、両軍が積み上げてきた戦術教科書のすべてを根底から否定していた。
[異常観測:増殖する「白」]
「天候班、解析を急げ! この霧の構成物質は何だ!?」
両軍の指令所に、それぞれ同じ怒号が響く。
メインモニターに映し出されるレーダー波は、乱反射を起こして完全に機能停止していた。
[天候班の混迷]
〇 星間物質の密度: 1秒ごとに200%ずつ増加中。
〇 熱感知: 外部温度が急速に低下。だが、これは「冷却」ではなく、空間そのものが「ふんわりとした何か」に置換されているための数値エラー。
〇 視覚的観測: 霧の粒子一つ一つが、なぜか細く、白く、柔らかい「毛」のような構造を持っている。
「艦長、これ、霧じゃありません! 空間のあちこちから、超巨大な『白い綿毛』のようなものが、ものすごい勢いで吹き出して……いや、生えてきています!」
[対峙する巨頭たちの焦燥]
霧は両艦隊の装甲を包み込み、光学的視界を完全に遮断した。
200海里先にあるはずの敵影どころか、すぐ隣を並走しているはずの巡洋艦すら見えない。
「ゾアールの罠か……? いや、奴らもこの濃霧の中では砲撃できまい。全艦、砲撃準備を維持。微動だにするな」
ラグリスの提督が拳を握りしめる。
一方のゾアール帝国側でも、歴戦の統帥が冷や汗を流していた。
「このゾアールが誇る超波動レーダーが、ただの星間霧に妨害されるわけがない。……これはラグリスの新兵器か?」
両軍の状況比較
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
勢力〔ラグリス連邦艦隊〕
├主な対応: 陣形維持・パッシブ索敵
├混乱度: 65%
└備考: 科学的解析を試みるもエラー連発
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
勢力〔ゾアール帝国艦隊〕
├主な対応: 障壁最大展開・臨戦態勢
├混乱度: 70%
└備考: 敵の奇襲を警戒し、全門を「白」に向ける
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
[「それ」は呼吸する]
ジリジリと、無機質な静寂の時間だけが過ぎていく。
緊迫した沈黙を破ったのは、天候班のオペレーターの、息が詰まったような悲鳴だった。
「……提督。この霧、規則正しく動いています」
「何だと? 海流の周期か」
「違います。艦隊の右翼側から、左翼側へ。ゆっくりと膨らんで、縮んで……。これ、まるで、何か巨大な生き物が、我々のすぐそばで『寝息』を立てているような……」
その言葉が終わるか終わらないかの瞬間、全艦艇の無線回線に、重低音のノイズが混ざり込んだ。
「ふしゅるるるる……」
それは、あまりにも巨大で、あまりにも無防備な、何か「温かい生き物」が深い眠りの中で発する鼻息の音だった。
そして同時に、両軍の旗艦の真上で、空間の「白い霧」が、まるで大きなカーテンのようにゆっくりと割れ始めた。
そこに現れたのは、星々を背負った、直径数千キロメートルに及ぶ「ピンク色の巨大な肉の球」が規則正しく並んだ、圧倒的な密度の「足の裏」だった。




