於訳の集会場で休んでいると、奥で交易の魏人が倒れ
マイヤが苦渋の顔をしたコウスに気付いて、心配そうに尋ねる。
「どうされました、コウス皇子。船酔いですか、お身体の具合が芳しくないのですか。」
シモンも横に来て、心配そうに見つめる。隣の部屋からニコルも来て、額に手を当てる。
他の者も談笑をやめて周囲に集まり、屋形の空気が凍り付く。
「ずっと気を張られて、お疲れが湧き出たのでは。すぐに熱いお茶をお持ちしますので、しばらく横になられてお休み下さい。」
「うん、そのようだ。休ませて貰おう。」
ひとりになれば、続けて考えを広げやすいし、別の策が出るかもしれないとコウスは思った。別の部屋に移動して、もう一度練り直そう。
横になると本当に疲れが湧き出たのか、妙に眠気が襲い掛かって、いつしか夢の中に引き摺り込まれた。
「あと一時半で、於訳津に到着致します。荷積みは一時で終わります。その間、船内でお待ちになられますか、気分転換に桟橋の奥の集会所まで歩かれ、お茶でも啜られますか。」
朝日が水平線から顔を出した時分に、船長の声がしてコウスは目覚めた。
---夕刻前から今まで、よく寝たな。夢の中でずぶ濡れになり、誰かに介抱されていたのは漁船から落ちた夢か。出雲潜入の様子もあったようだが、恐ろしい闇の中だった。神の予言でなければ良いのだが。
「お早うございます。昨夜は身動きもせず、ぐっすり眠られておられました。お身体は回復されましたでしょうか。於訳津で荷積みの間、皆は津の集会所へ行きたいと申しております。コウス皇子はどうなされますか。」
マイヤとニコルが枕元に座り、もうすぐ於訳津に着くと報告する。
体調を案じながら船を下りるか、屋形で休んでいるか聞くので、気分転換に歩いてみたいので、一緒に行くと答えた。
十五
船が大きな於訳津の桟橋に着くと、慌ただしく係留が行われた。
大勢の荷役人が、桟橋にうず高く積まれた薦袋に綱を巻き、船に積み込んでいる。
兵の警備は見当たらないので、薦袋は米や食糧だろう。
渡り板が下ろされ、マイヤを先頭に全員が桟橋へ下りた。船長は忙しくて船を離れることができず、代わりに調理人が案内すると近付いてきた。
羽経を出て以来、ずっと船に揺られていたので桟橋に立つと、背筋が伸びて気持ちが良い。
「某が集会場へご案内致します。半時ほどですので、茶と茶菓子でお寛ぎ下さい。こちらへどうぞ。」
山手に向かって兵舎が並ぶ二丁先にある集会場へ入ると、多くの倭都民と海外の交易者が、混ざり合って賑わっていた。
一行は入口に近い長卓を囲んで座る。コウスは賑わいのある交易津に胸を踊らせる。
「朝早くから活気があるな。難波津も、こうあって欲しいものだ。」
奥へ入った案内の調理人が、給仕係が五人連れて戻ってきた。給仕の女人は茶と茶菓子を一行の前に置き、そそくさと去った。
調理人の顔が険しい。給仕の女人も態度が素気ない。一体どうしたのかと、マイヤが調理人に問いかける。
「実は奥の席で魏から来た交易人が、血を吐いて倒れたそうです。集会場で出した料理か、飲み物に毒物が入っていないか調べるよう、魏の仲間が騒いでいます。医官が手当てしていますが、以前から胸を患っていたようだと聞きました。」
奥の席が賑わっていると思ったが、病人が出て騒いでいたのだ。コウスの心配は、魏の仲間たちが集会場の手落ちにして、毒殺と騒げば事態が怪しくなる。
「それは大変だ。倒れた者の容体は、回復しているのか。」
「血を吐いたのですから、難しいかと。医官は倭都民と魏人がおりますので、吐いた血と料理や飲み物を調べ、集会場に手落ちがなかったと証明できなければ……。」
しばらく容体を案じていると、倒れた魏人は息を引き取ったらしく、奥では騒ぎが大きくなっている。
集会場は、空腹の鼠十匹ほどを薦袋に入れて持ち寄り、魏人に出した料理を食べさせて、様子を見ている。
飲み物は仲間たちと同じ酒や茶だったので、毒入りではないと医官は断言した。
「鼠に料理の毒見をさせたところ、どの鼠にも変化がなく元気でした。亡くなった魏人は胸の病いによる発作と、仲間たちは納得したようです。」
奥の様子を窺いに行ったり、戻ったりしていた調理人が、集会所に手落ちがなかったことに、料理を担う物として安堵していた。
「そろそろ船に帰られる時分です。お忘れ物なきよう、お仕度を願います。思いもかけない騒ぎで、ご迷惑をお掛け致しました。」
船に戻ると荷積みを終え、出発の準備が整っていた。屋形に入って土産の土器や砂を点検していると、船長が明朝は己実津に着くと告げる。
「集会所は気分転換になられたでしょうか。少し早いですが、お昼の食事をお持ち致しますので、お召上がりながらの出発となり、明朝は己実津に到着です。」
さらに船長は目を輝かせて、恵枇の国主討伐に触れる。
「これでようやく、恵枇タケル国主の討伐が完結ですね。津ではタルシ当代と、兎農のマセラ当代が待ち受け、盛大な凱旋の御祝いを準備していることでしょう。」




