集落は柵で囲まれ、散策の一行に警備の兵が飛び出し
八
「長閑だなあ。空気が澄んで静かで、海も山も綺麗だ。何だか心が洗われた気がする。でも宿舎がない羽経は、当たり前だが見所がないと聞いた。この地に船を停めて我々が一泊するよう手配したのは、船長個人の考えなのか。」
コウスなら疑念を持つだろうと、船長に驚きはなかった。歩きながら船長は、羽経に下り立った理由を正直に話す。
「左様です。お気に召さないのでしたら、お詫び致します。一泊して頂くのは、漕手の休息目的ですが他にもうひとつ、コウス皇子に見て頂きたい場所があるのです。」
見所のない羽経で、見るべき場所があるとは……。
そういえば女将は収穫した米を求めて、農具や漁具の他、武具も積んで訪れる交易船があると、つぶやいた。
女将の言葉で引っ掛かったのは、米と武具だ。それを見せたいのだろうか。
「お気付きとは存じますが、羽経の米です。明るいうちに田と収穫した米をご覧頂き、農民の苦労話などに耳を傾けられるのも、よろしいかと。余計なお節介とは思いましたが。」
やはりそうだった。コウスは何か意味ありの予感がして、心が騒ぐ。
「いや船長の心遣い、有難く存ずる。交易船がわざわざ訪れる、羽経の米を見たいものだ。ぜひ案内を願う。」
宿舎に入り、女将の言った簡単な食事とは裏腹に、多量の魚や野菜を盛り付けた、豪華な料理を戴いた。
「魚も野菜も新鮮で最高です。特にお米は、粒が大きくて白く、甘いです。いつも、こんな美味しいお食事ですか。」
空腹だったせいもあり、誰も彼もが旨い旨いと、声を出して口に運ぶ。宿舎の世話人は笑顔で応対している。
ニコルが感嘆した、粒が大きくて白く甘い米について、船長が誇らし気に話す。
「それが羽経でしか育たない米です。収穫量に限りがありますので交易相手は、一ケ所のみです。他所に渡さない交易条件のため、幻の米として珍重されています。お食事を終えましたら、現地へ向かいましょう。宿舎から案内役が付きます。」
高い二山の麓を縫うように、川が滔々(とうとう)と流れている。宿舎の手前で渡った幅一丁ある大きな川だ。
その川に沿って、半里ほど緩やかな坂を歩くと、青々とした草原が広がって見えた。
二山の麓から少し高い位置に集落が立ち並び、高床の倉もいくつか建っている。
米の収穫や荷出しを管理していると言う、中年の女人が口を開いた。
「ご覧の平らな土地が、羽経の米を収穫する稲田です。下からは見えない場所ですが、広いでしょう。今は草で覆われていますが、あの草はもうすぐ枯れて肥やしになります。」
女人が指差す稲田は、左右にそびえる高山の谷間にあって、おそらく幅も奥行きも一里の広さがあるだろう。
川は蛇行して、土地を区切るように中ほどを貫いている。
「ここは大きな川のお陰で、水には事欠きません。温かくなって雨が降る時節になると、川の水が溢れて、しばらくは土地全体が水に沈むのです。その水が引くのを待ち、稲の種を蒔きます。」
九
土地全体が、しばらくの間水浸しになる。それで農家や倉が高い場所にあるのだ。
そんな水量なら、水が引いても辺り一面は沼になっているだろうと、マイヤが言うと、女人は笑って否定した。
「川は山奥から、白砂が混ざった黒土を運んで来るので、田に積もります。その黒土に枯れた草が肥やしとなって混ざり、稲床として具合が良くなるのです。黒土の水はけが良いので、沼になったことは御座いません。」
豊富な水、平らで広い土地、水はけの良い黒土……。それであの美味な米が出来るのかと、コルノが感心しきりで、何度もうなずいた。
案内の女人はコルノに、それだけではなく強い稲が育つ風土こそ、大切だと付け加える。
「稲が育つ間の昼間は、強い日差しに恵まれ、夜は山からの吹き下ろしで寒くなるため、強い稲に鍛えられます。粒が大きく白く、甘いのは土もそうですが、この地の風土によるものだと思います。」
昼夜の大きな寒暖差が条件にあるのは、米作りだけでなく野菜栽培にも当てはまる。コウスは恵まれた土地で働ける、農民の笑顔を想像してみる。
船長が横に来て、もう少し進んで田の土を見たり、米作りの話を聞いたりしようと提案する。
「まだ時はあります。一番近い集落へ行きませんか。稲作の苦労話など聞けたら、良いのですが。」
この地に我々を連れてきた船長の意図は、他にもありそうだとコウスは思い、案内を頼んだ。
到着した集落は、稲田より二尺ほど高い位置に十五件並んで、高床の収穫倉と共に木の柵で囲まれている。
一行が近付くと槍や剣を手にした兵が三人、柵から飛び出した。鎧や胴巻きは付けていないが、威嚇する声で叫ぶ。
「止まれ、何者だ。」
慌てて案内の女人が先頭に立ち塞がり、兵に向かって叫び返す。
「怪しい者ではない。御一行は、都から訪問された偉い方々だ。無礼があってはならぬ、急いで当代と隊長を呼びなされ。コウス皇子様、この者達は米を奪いに来る山賊を撃退する、警備兵で御座います。御無礼をお許しください。」




