凱旋隊の呼称を皆で考えていると、船が大きく揺れて
「もう半時で乞志を通過します。船は羽経まで停まらず、夜を徹して進みますので、今夜は船で一泊されますようお願い致します。その後、明日の夕刻に羽経で停泊して食糧などを積み、漕手を休ませます。この津で下りられ、御宿泊を準備しております。」
船長の後ろに立っていた料理人が、夕食の話を持ち掛ける。
「暗くなりましたら、夕食をお持ち致します。倭台の辰韓料理は、如何だったでしょうか。」
屋形の奥で土産の焼物を揃え直していたコルノが、辰韓料理を讃えた。
「辰韓の宮廷料理は豪華だった。少々辛味だったが、酒が旨くて食が進んだよ。でも拙者は、倭都の料理がやっぱり良いな。」
感想の最後に、これから調理人が出す倭都の料理が口に合うと、さり気なく埋め合わせをした。倭台市で倉庫見聞した時の失態が利いてか、話が上手くなっている。
五
日が沈むと屋形に料理が運ばれた。緑菜に猪と赤身の魚を合わせた皿盛りと、貝と茸を炊いた汁物に米飯で、庶民の祝賀馳走と料理人は言う。
薄味で、ほのかな香りが楽しめる倭都料理を、賑やかに楽しんでいると、コウスは甲板で決めた帰還隊の呼び名を提案する。
「食しながら聞いてもらいたい。皆の御陰を以って何事もなく西国へ着き、運よく砦に潜入でき、恵枇の国主を討伐することが叶った。改めて感謝を申したい。これから畿へ戻るが、来る道では征西隊と言っておったが、その征西目的は果たし終えた。では帰還する我々は何隊になるのか、皆で考えよう。」
まず全員に考えさせるコウス。人はそれぞれ個性と思惑があるので、思いも付かない妙案が出るかもしれない。
突然の問いに当然だが、しばらく誰も案が出ない。そこでシモンが切り出した。
「コウス皇子は、倭南州に侵攻して占拠した恵枇の国主を、纏向天皇の代理として倒されました。これはれっきとした国策の一環であり、結果も見事で快挙を成し遂げられました。堂々と〝恵枇討伐凱旋隊〟と名乗って戻って然るべきと存じます。」
これに代わる提案は出ないが、コウスは待った。するとケイシが頭を掻きながら、シモンの提案に賛成した。
「シモン副隊長の仰る通りで、拙者は賛成です。今、恥ずかしながら〝恵枇討伐四十三士〟はどうかと考えていましたが、先に言わなくて良かったです。立ち寄る先々で凱旋隊として、迎えられるでしょうから。」
他の者も賛成だと言ったので〝恵枇討伐凱旋隊〟に決まった。コウスが二コルの提案に賛同し、決めようとしていた〝倭都まほろば隊〟は流れたが、これで良いと思った。
真っ暗な夜空は満月に近い月と、砂を撒き散らしたような満天の星が輝き、海と船を淡く照らしている。
明日の夕刻は羽経津に寄り、次は於訳津に到着だ。それからは向かい潮で、三日は掛かるが己実津に朝着けば、すぐ火良村へ発つ手筈を考えるコウス。
今日か明日かと、待っている者たちとの合流を思い、心が躍る。
六
夜が明けた二日目、乞志を過ぎた昼前に船が大きく揺れ始めた。船体が左右に傾き、後部が右へ左へと振られる。
船底では漕手の叫び声や、掛け声で騒然としている。船員や船長も船底へ走ったようだ。
のんびりと青い水平線や白い雲、点在する小島を眺めていた一行は、また海底が地揺れを起こして大波に襲われるのかと、緊張して身構えた。
船長が屋形に来て怪我をしなかったか、問う。まだ揺れは大きく、軋み音も聞こえる。
「大きな揺れで、お怪我はありませんでしたか。海のご説明を失念して申し訳ございません。この辺りは南からの潮と、西からの潮が合流する海峡でして、今日は思いのほか、西からの潮が激しくて大きく揺れました。船の異常ではありませんので、ご安心ください。」
凱旋隊一行は、船長の説明で胸を撫で下ろした。
幅のある大きな交易船で転覆はないだろうが、大波に襲われたら貴重な土産の焼物がどうなるか、コウスはそれが心配だった。
「また海の神様の怒りに触れたのかと思い、震えました。海に潮の合流があるとは……。」
ニコルが安堵の声でつぶやいた。海の怖さを知り尽くし、対処法を心得ている船で良かった。
船は西からの強い潮流を受けて、速度を速めている。
夕刻には羽経津に停泊して、宿舎で一夜を過ごすと聞いているが、この分だと明るいうちに着きそうだ。
まだ日は天頂にも差し掛かっていない。漕手の懸命な櫓捌きで、揺れは次第に治まりつつある。
「揺れは治まりました。寒さが和らいでおりますので甲板に出て、東の山々を眺めるのも良ろしかろうと存じます。あと一時半で乞志津です、それまでごゆるりとお過ごしください。」
何もすることがないのは、辛いものだ。屋形と甲板を行き来したり、昼寝をしたりして時を潰しているうちに、羽経の小さな津が見えてきた。
船長が来て上陸についての説明があると言う。
「もうすぐ羽経に着きます。ここは小さな漁村で、津に漁船用の桟橋は一本ありますが、この船は大きいので船底が海底に付くため、二丁ほど離れたところで船を止め、石の錘を海底に下ろして繋留致します。」




