イ・リサネが伊勢へ、コウスは倭台を出て火良村へ
顔を赤らめ、モランの髪を撫でる天皇。ふとヒサラに向かって、別に真相を確認する手段があると言った。
「ヒサラ、伊勢のヤマトヒメに騎馬を差し向けろ。あの御方も神祈女で、コウスは出立前に会っておるので、恵枇の国主討伐の事はご存じだ。ひょっとして、真相を得ているかもしれないぞ、イ・リサネも加えた五人を手配し、すぐ走らせよ。」
日は天頂を過ぎたところだ。これから早駆けを差し向けると、伊勢到着は明後日の夕刻になる。伊勢でモランと同じ吉報を聞いて戻れば、五日後には討伐成功が確信できる。
ヒサラは馬舎へ走り、早駆馬を五頭用意するよう伝えて、イ・リサネの兵舎へ向かった。
---だがもしも、ヤマトヒメから期待に沿う報が入らなかったら……。
兵舎に向かう途中ヒサラは、最悪の場合になるが、コウスが道程の途中で死んだり、恵枇の砦で斬られたりした場合を想像し、背筋が凍る。
イ・リサネには、伊勢への早駆けについて説明するが、心は決して穏やかでない。
「将軍、突然ですが天皇より御下命が入りました。今すぐ従臣四人を選んで、伊勢へ走るようにとの仰せです。ご下命の内容は伊勢のヤマトヒメにお会いし、コウス皇子の征西状況を、神眼を通して見て頂きたいとの事です。」
イ・リサネ将軍は、いきなり何を言い出すのだと呆気に取られていたが、考えればコウスが出立して今日で三十日目だ。
今ごろ何処を進んでいるのか、もう到着しているのか、道程途中で異変がなかったかを確かめたいのだろうと、天皇の息子を案じる心中を察した。
ヒサラは敢えてモランの譫言を伏せて説明する。期待を抱いて走ると、そうでなかった場合にイ・リサネの落胆が大きいと考えたからだ。
「伊勢のヤマトヒメは神祈女で、神眼を持ちます。コウス皇子は出立前にお会いして恵枇の国主討伐の話をし、もう二度と戻れないと告げて、涙のお別れ挨拶もされております。その際、身を案じた叔母のヤマトヒメは、神剣を大・小二振りと二着の御衣を差し出し、伊勢から御無事を祈っていると申されたそうです。宜しくご確認をお願い致します。」
イ・リサネは、胸を叩いて快く引き受けた。
「恵枇の国主討伐は当初から参画して、よく承知しておる。拙者もコウスや、征西隊の安否を心配していたところだ。確認だけなら任せて下され。」
二つ返事で引き受け、従臣を四人連れて馬舎へ向かうイ・リサネ。ヒサラは五日後の吉報を祈りながら、重い足取りで政務室へ戻る。
四
倭台市の津を出航した己実の船は、追い潮に押されて北へ向かっている。
日を反射して輝く、青い海を眺めながらコウスとマイヤ、ニコルが甲板で佇んでいる。
「これでハル帝への返礼は済んだ。火良村では、征西隊が待ち兼ねておるだろうな。」
コウスが感慨深そうにつぶやくと、マイヤが日程を数える。まだ己実津で上陸して、火良村へ戻り、待っている征西隊と合流し、再び己実津から未羽津へ向かわねばならない。
「船は、かなり速い速度で進んでいます。漕手を休ませるために、前に停泊した津で一泊するでしょうから、於訳津までは四日か五日、そこで交易の荷を積んで、向かい潮に立ち向かって二日。何もなければ七日で己実津です。」
早く高尾へ帰りたいニコルは、討伐を成し遂げたこの征西隊を、各地で歓迎し祝うだろうから、帰還は遅くなると半ば諦めているようだ。
「初めて訪問した辰韓の市では、ずっと緊張していましたが、行ってみて良かったと感謝しています。もう嗅助への警戒はないですが、立ち寄る地でお祝いされるのでしょうか。」
「確かに祝いの催しはあるだろう。まず火良村、そして兎農と己実、未羽、尾道、針間で五か所だ。出来るだけ長居しないで、早く帰ろう。」
征西は無事に達成した。では帰りの同道者は征西完了隊なのか、討伐帰還隊なのか。
「それと、もう征西隊ではなくなった。我々の事を何と名乗ろうか。凱旋隊と呼ばれるにはくすぐったいので、よい呼び名はないかな。」
「多分ですが、迎える人たちは凱旋の皆様と呼びますね。景行天皇の代理で討伐を終え、帰還する小隊なので、〝天皇代理討伐帰還小隊〟と名乗っては如何でしょうか。」
それは呼びにくいうえ、長すぎて覚えられないと、ニコルが大笑いした。マイヤは口を尖らせて、言ってみただけだと一緒に笑う。
「隊名を付けるのは難しいですね。では〝倭都まほろば隊〟はどうでしょうか。コウス様が常々、纏向を拠点とした倭都国を〝まほろば〟にするのが夢と、仰っていましたので。」
住みやすく、豊かで平和な理想郷を、コウスは〝まほろば〟と言っている。
幼い頃、リ・シオラから学んだ言葉で人々が住む場所を差すが、コウスは倭都国全体が〝まほろば〟であるべきと願っている。
「倭都まほろば隊か。吾は良いと思うが、皆の意見を聞いて判断しよう。」
西日が水平線に近付くと、風が急に冷たくなってきた。甲板の三人は屋形に戻り、暖を取った。
そこへ待っていたかのように、タクラ船長が来て船の行程を告げる。




