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倭都タケル=吾のまほろば=  作者: 川端 茂
第八章
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西国遠征のコウス一行を案じる宮廷で、側女モランが

第八章

 ここは纏向の宮廷。都を吹き抜ける秋風は爽やかだが、天皇の心痛は増すばかりだ。


 三十日前に、恵枇の国主討伐のため第二皇子のコウス、高尾の剣士ニコル、伊勢の弓士マイヤほか二人に、十人の後方警護弓兵を加えた征西隊が、西国へ出立した。


 天皇とヒサラは、米の収穫を終えて静かになった集落を眺めながら、今日も政務室で征西隊の安否を心配している。


「かれこれ三十日が経ったなあ。針間からは、ハリマ王が兵十五人と船を工面してくれて、尾道おとうへ向かったと報が来たのが、あれは九日経った日だ。次に未羽みわ津を出港した報が、おとといだな。それ以来、伝助の報が入らない。何処かで不穏な事があったのか、気になって仕方がない。」


 天皇は伝助の報が少な過ぎるので、それが気になるようだ。ヒサラは針間出航日に、伝助の早駈け五日を足して、九日で順調だと思った。

 次の未羽出航は十一日後で、船と早駈けの二十一日を足せば三十二日になる。想定より三日早いうえ、そこまで無事に進んでいたと安堵している。


「船の乗り継ぎと早駈けの伝助でも、己実みみ津からでは早くて二十六日かかります。もうしばらく待ちましょう。」


 ヒサラの楽観的な話振りに、天皇はいら立ちが抑えきれない。


「どのくらい待つのだ。」


「火良到着の報は三十五日後で、早ければ五日後に入るはずです。御気持ちは重々お察し致しますが、火良到着の前に、己実の出立の報があるかと存じます。」


「そうだな。伝助は鳥じゃないので、急いても仕方ないか。勝手に焦るのは身体に良くない。」


 茶を啜りながら、天皇は自らをしずめるように、田畑を手入れしている集落を眺める。


「今年はよく雨が降り、嵐は一度しかなかったので、収穫した米も木の実も良いと聞いた。民も喜んでいるだろう。」


 そこへ側室の頭取、アオナが顔色を変えて政務室に駆け込んで来た。アオナの慌てた声に驚いたヒサラは、障子を引いて入口に座らせた。


「突然、失礼致します。モラン様のことでお伝え致したい事が御座います。」


「何か大事でもあったのか、ひとまず入れ。」


「モラン様が、また気を失いました。前と同じように譫言うわごとを口走っております。」


 側女モランは熊曽討伐の祝宴で、天皇が見染めて身辺に置くべき女神として、嫡子オウスに久志村へ迎えに行かせた美しい娘子だ。

 だがオウスはあまりの美しさに手放せなくなり、別の娘子とすり替えを決行して天皇に渡し、モランを別宅にかくまい寵妃にした。


 天皇はひと目で別人と判ったが、次期天皇を継ぐオウスの立場を考慮し、その場は黙って受け取った。

 

 それから数日間、天皇はオウスの裏切りをどう裁くか、苦悩した。

相談を受けたコウスは大雪の夜中に、父に代わって兄のオウスを厠屋で斬り殺し、死体を川辺に埋めた。


 おおやけには、夜中に賊に襲われ傷を負ったオウスが連れ去られたと、天皇は一年掛けて偽りの捜索を続けた後、勇輪神社で密葬した。二年前の断罪事件である。


 あるじを失ったモランは天皇が宮廷に引き取り、まつりごとや催事で、神祈女しんきめとして常に傍に置いた。


 そのモランが十五日前の昼過ぎに、側室で気を失って譫言うわごとを口走ったのだ。

 その内容とは、あろう事かコウス率いる征西隊が、己実みみ津へ向かう海原で地揺れによる大波に遭い、船が大破したとの内容であった。


 モランは神気があり、類い稀な霊力を秘めた神祈女と、天皇は認めている。

 十五日前はコウスの乗った船が、大波に遭ったと聞いたが、海に投げ出されて死んだのか、助かって無事に西国へ入ったのか、その後の報は入っていない。


 今回の譫言うわごとが、その後の安否かもしれないと、天皇とヒサラは目を剥いて側室に走った。


「コウス、無事であってくれ。同道の警護隊も誰ひとり死んでいないことを祈る。」


 倒れているモランをヒサラが抱き起し、天皇はモランの口に耳を当てて、はっきりしない言葉を慎重に聞く。


 途切れ途切れの譫言が、吐く息の間から聞こえる。


「コウス様が危ない、避けられない……飛んで来た矢を叩き落とし……ニコル様の合図で助かった……国主が斬り合いを止めた、どうして……コウス様が国主の前へ立ち……あ、国主を斬り裂いた……」


 天皇の周りに側女も集まって、譫言に耳を澄ます。凍り付いた緊張の中で誰ひとり身動きせず、モランの一言、一言を拾う。


 ぐったりして、口を閉ざしたモランを、ヒサラはゆっくり寝かせる。目を細め、しかめ面で聞いていた天皇の顔に血の気が戻り、口元が少しほころんだ。


「聞いたか、ヒサラ。モランの霊力が、コウスの国主討伐を知らせてくれた。コウスは船の大破でも生きていたのだ。恵枇の砦にも上手く潜入を果たしており、そして今、国主を斬り裂いて討伐を成したと……よくやった、コウス。」


 口から泡を飛ばして、天皇は叫んだ。その声は側室の外にも聞こえただろう。

 ヒサラも、周囲の側女も歓喜したが、実態は確かと言えない。


「早まらないで下さい、景行様。あくまでモラン様の譫言です。拙者もこの吉報を信じますが、真相が分かるまで公言は無用と存じます。伝助の討伐成功の報を待つべきです。」

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