議事舎に戻り、サイマ帝がエル帥に案内の成果を聞く
避難していた女人や童子も笑顔で戻り、防衛隊長のサイヤと兵を取り囲んで感謝を述べ、それぞれの集落へ帰った。
静かになった農地は馬が蹴散らし、踏み荒らされた田と荷役道には、血に塗れた死体が散乱している。
「突然の蛮族襲撃で、御一行に迷惑をかけ申したが、誰も怪我がなくて安心した。この騒動を収めてくださったコウス皇子に、拙者より礼を申し上げる。女人や童子の避難は、拙者では思い付かない事だった。そして捕らえた蛮族の口を割らせた説得には、恥ずかしながら心が震えた。不意の中にあっても冷静に判断され、行動された皇子に頭が下がる。まだまだ拙者は若い、勉強になり申した。」
十一
戦いには参加しなかったが、この騒動を収めたのはコウスだと、エル帥は感謝の言葉を述べた。
帝の御曹司で、我儘に育っていると想像していたが、謙虚に聞く耳を持つ指導者だと、コウスは勘違いを改めた。
「コウス皇子が楽しみにしておられた、農地の散策はお預けになったが、明日でも改めて楽しんでもらいたい。日は高く、まだ一時少々は散策できるので市中へ戻られるか。」
引き返すには丁度よい頃合いだ。早めに戻って帝に会い、市中散策を報告して、朝の出発時に伝えられなかった、夕刻に倭台市を出発したいことを告げねばならない。
また倭南州の目付け役を依頼すること、板を平らにする鋸刃の鎌について聞くことなど、話は山積している。
そのうえ、美しく仕上げた焼き物を、土産として貰いたいことも。これは出雲への貢物に良いと、コウスは考えていたのだ。
「朝方、帝にお会い出来なかったので、市中散策の御報告だけでなく、依頼の件もいくつか残っております。ぜひご案内を願いたいところですが、早めに議事舎へ戻り、御拝顔を得たいと存じます。」
この訪問は物見遊山でなく、マキム大王の代理を含み、遣いの役目もあるとエル帥は受け止め、ここから直接戻ることにした。
まだ十六歳と幼いコウス皇子。成人すれば、どんな指導者になるのかを想像し、末恐ろしくなったエル帥。
議事舎での談話を仔細漏らさず聞き取り、帝の応答や表情をよく見て自身の将来の糧にしなければ……。帝が案内役に下命した理由が理解できた。
議事舎に戻ると、伝助の報が入っていたのか、扉の前に兵五十人ほどが整列して待っていた。
「お帰りなさい、コウス皇子、エル・サイマ帥。ハル・サイマ帝は接見の室でお待ちです。」
訳伝のマサキが、コウスに帝はおられると伝えたので胸を撫で下ろし、早く会って話したいと心が騒ぐ。
扉が開くと、大勢の美しい女人が迎えてくれた。案内の役人二人に付いて階段を上がり、煌びやかな装飾に満ちた接見の室に入った。
帝は奥の卓に座っていたが、コウスと一行を見て立ち上がり、入口まで出てきた。
「戻られたか、コウス皇子と訪問の諸氏。ずっと歩いたので、疲れたであろう。さあ前と同じ場所に座られよ。まだ日は高いので、簡単な食事と酒で寛ぎ、疲れを休めてくだされ。」
帝が三度手を叩くと、すぐ大勢の女人が二列に並んで銅の皿に乗った料理と、酒壷を運び込み配膳を始める。
エル帥とトウ・リン将軍は帝の横に座り、マサキ訳伝役も呼ばれて座った。配膳が整うと女人が一斉に酌をして、そそくさと室を出た。
今日は役人や、警護の側近を同席させていないので静かだ。おもむろに酒杯を手にした帝が、静かな空間を破って発声する。
「では軽い料理を食しながら、市中散策のことや、蛮族が襲って来た予期せぬ事件の話でも聞かせてもらおうか。」
帝の明るい声とは裏腹に、得体のしれない緊張した雰囲気が室に漂っている。
帝が酒を飲み干すのを見て、皆が酒を口に含む。料理に箸を付けるのを見て、誰も彼も無言で食べ始める。
仕方がないので、料理をひと口食べたコウスが、先頭を切って発声することにした。
「朝早くからエル帥のご案内で、市中見聞をさせて頂きました。大そう立派な建物、設備、新進の工作道具、そして優れた職人の技術と、見事な完成品を拝見し、感動の連続でありました。特にエル帥の丁寧なご説明には、皆が喜んでおります。本日のご案内、誠に有難う存じました。」
瞬きもせずに聞き入るエル帥、その横で小さくうなずきながら、聞いている帝。その表情や動作を、食事中であることを忘れ、固唾を呑んで聞く一行。
コウスが深く頭を下げたので、帝がエル帥に微笑んで酒を注ぐ。
「市中散策は喜んで貰えたのだな。エル、コウス皇子も御一行の諸氏も、甚く感謝されておるぞ。散策中に胸襟を開いて話し合ったか、余がエルを案内役に任命した理由が分かったか。」
「はい、よく分かりました。倉庫や工房では同行者に見させて説明も聞かせ、コウス皇子は離れて聞くのみでした。最初は拙者の案内や説明が気に入らないのかと、勘繰っておりましたが聞くと、倭都と倭台の文化の違いや同じ考え方を、推し量りながら学んでいると答えられ、工房周辺の雰囲気、民の服装、建物まで見られておりました。」




