極上の宮廷料理を囲み、疑念が晴れたエル帥と農村へ
「外は寒かったでしょう。室を温めましたので、どうぞ卓を挟み、向かい合ってお座りください。」
まずエル帥が卓の奥側に座り、隣に訳伝のマサキを座らせた。そして同じ列にコウス、ニコル、マイヤ、シモン、トウ・リンを呼び、他の者がその向かいに座った。
全員が卓を囲むのを見て、エル帥が立ち上がり笑顔で皆を見回す。
「馴れぬ道を歩き、疲れたと察する。少し早いが昼飯でひと息入れてもらい、次は倭台市の腹を満たしている農地を案内する。米の他にも野菜や芋、木の実などを育てて収穫している、民の活力の源だ。」
食後の行程を簡単に話し、注がれた酒杯を手に取って乾杯を促す。
「では座ったままで、軽く乾杯をしよう。纏向の都と、倭台市の栄えある前途を祈念して……乾杯。」
乾杯の後、目の前にある朱色の波模様が描かれた土鍋の蓋を開ける。白い湯気が蓋を追うように吹き上がり、温かな風が顔を撫でた。
鍋の中から、色とりどりの野菜や豆などに赤い肉を絡めた、目に鮮やかな料理が現れた。直径一尺のひとり用鍋だが、腹一杯にする分量はある。
「わあ、私には勿体ない豪華なお料理で、野菜や肉が美味しそうに輝いています。この土鍋は焼物工房で作られたものですね、蓋と胴の朱色の波模様がきれい。」
ニコルが歓喜の声を上げると、エル帥は満足そうに手を顎に当てて、何度もうなずいている。
八
「昨夜は銅の皿に、八種の野菜と魚を盛り付けた宮廷の歓迎料理だった。これは大切な方を応接する際にお出しする特別な料理で、皆にも味わって貰いたいと作らせた。鍋もニコル女史が仰せのとおりで、倭台市でも海外でも人気の高い品だ。では召し上がれ。」
「戴きまーす。」
見るからに美しく、宮廷の特別な料理と聞いた一行。まるで神に接するかのように、両手を合わせて拝み、畏まって箸を付けた。
頬張ると、何とも形容し難い上品で穏やかな味だ。食材の風味と味が活きるよう、工夫されている。
「美味しいです、有難うございます。」
皆が礼を言いながら、格別の美味を楽しむ。そこへコウスに酒を注ぎに来たエル帥が、市中見聞はこれで満足かと問うてきた。
「拙者はコウス皇子が先頭に出て、工房の様子を調べたり、職人に問うたりすると思っておりました。しかし前に出ませんでした。拙者の案内が気に障るのかと、それが心配なのです。遠慮なく御指摘下されば、直しますので。」
これから農場や農民の生活を見聞し、再び市内に戻って商人や民の言葉を受け止める予定だ。それは、あと二時ほどで終わる。
固い表情だったのは議事舎に戻り、帝への報告内容に自信がないのかと、コウスは感じた。体躯も言葉も威圧的だが、意外にエル帥は小胆な男のようだ。
「手前は倭都にない倭台の進んだ現場と、そこで働く人の心情を知るだけで良いのです。倭都にも、辰韓にない独特の長い伝統や、誇れる文化・文明があります。比較ではないですが、文化の違いや同じ考え方を推し量り、勉強させて戴いております。他の者も、エル帥のお気遣いを喜んでおり、お気になさることは何も御座いません。」
見たことも出会ったこともない、極上の昼餉と酒を戴き、エル帥と調理人に礼を言って食事処を出た。
「少々歩くが、あの道を左に曲がると農地になる。まずは集落を取り仕切る村長に会って、話を聞きながら、集落へ向かおう。」
表情は緩やかになったエル帥は、足取りも軽くなっている。指さした道を曲がると、そこからは下り坂で、驚くほどの広大で平らな農地が広がっていた。
左右に見える山手まで、おそらく三里はあり、奥行きもこの場から二里を超えるだろう平地で、稲作の水田と言う。
真っ直ぐな荷運び道が縦横に貫き、規則正しい間隔で水田が仕切られている。初夏に水を張ると、あたかも水鏡のように空や雲を映すらしい。
コウスは纏向の水田を思い浮かべた。四角い水田もあるが、やけに細長かったり、角が丸まったりして形が定まっておらず、そのため荷運びの道は歪んで水田を仕切っている。
民の増加によって、次々に増えていった纏向の稲田と違い、倭台は当初から計画的に地割りや、水田造りを行ったようだ。
近年、急速に発展した市の農地らしく、美しく整った風景だ。上空に鳥は飛び交っているが、田にも道にも人がいないのをニコルは不思議に思った。
「こんな広い農地を綺麗に整備されているのは、驚きです。でも農家の方が、何処にも見えないのですが……。」
水田二枚を埋めた地に民家が三十軒ほど集まり、収穫した米倉を守るように囲んでいる。そんな集落が、数えて二十ほど点在している。
だが最も近い集落でも、人の動きがない。誰もいないのだろうか。
「稲の収穫後なので脱穀して干し、倉庫へ保管している最中だろう。だが外に誰もいないのは変だ。急いで村長の家へ行こう。」
真ん中の荷運び道を進み、三番目の集落に村長の家があると言う。歩きながら左右を見渡すが、人は見えず、まるで農民も家畜も消えたように思え、不気味だ。




