倭都一行を見下すエル帥に、ニコルが代わって相手を
煉瓦造りの大きな倉庫に目を奪われていた者が、足元の石畳みを見て驚いた。コウスもマイヤも議事舎の周りだけと思っていたが、目の届く範囲は土を固めた地道が一本もない。
「本当だ、歩きやすいと思っていたら、道までを綺麗にしておる。それで議事舎に入っても、草履を脱がなくて良かったのか。」
我々一行は、津から議事舎までの四丁を、桟橋の延長と思って歩いた。だが市中に入っていたのだ。
纏向にはない、石を敷き詰めた綺麗な道に、シモンが辰韓独特の進んだ文化を讃えた。
「草履のまま建物に上がるのは、道が良いからと言うより、辰韓の習いと聞いたぞ。文化が違うのだ、見習うべきことは多い。」
街道ひとつで大騒ぎする訪問者のやりとりを、黙って聞いていたエル帥は思った。
---纏向は常々、父が尊慕し讃えている程の都だろうか。こ奴らは天皇に近しい面々であるのに、まるで山から出て来た猿のようだ。
「屋根に緑の旗が立っている、一番大きな建物を覗いてみよう。あれは辰韓の隣国で、弁韓と馬韓が共同で使っている交易倉庫だ。」
指差す先に巨大な倉庫がある。壁は茶色の総煉瓦で、大小の風通しと明り取り窓が、不規則に多数付いた建物だ。
説明では間口一丁、奥行き二丁で、内部に荷運び通路を縦横に設けていると言う。荷運びは回荷だけでなく、馬も使っているらしい。
「いやあ、何という荷の多さだ。あの高く積んだ荷は、どうやって取るのですか。」
コルノが質問すると、エル帥は笑いながら、天井を指差した。
「よく気が付いたな。荷の傍の天井に、綱が垂れ下がった滑車が見えるだろう。あれは釣瓶と言って荷を上げ下ろしする道具だ。梯子で上がった人夫が荷を縛って下ろし、下の人夫が受け取る。上げる荷はその逆だ。」
口を尖らせて何度も頷き、感心するコルノ。エル帥の嘲笑に似た顔付きを見たコウスは、一抹の不安を感じた。
ここは辰韓の進んだ技術や仕組みで動いている市で、見る物も市中の雰囲気も、倭都とはまるで違うのだ。驚いたり感激したり、だけでは馬鹿にされる。
コルノを呼び付けたコウスは、二人に聞こえないよう耳元で注意した。
「其方は倭南州の首長だ。謙遜もいいが、物珍しさで感心ばかりしていては、倭都国や人民の程度が疑われる。見聞に遠慮は無用だが、大袈裟な驚きは慎め。」
案内役を喜ばそうと大袈裟に感激するのは、相手に失礼だとコルノは知り、頭を掻いた。
「初めて見る物や仕組みに感激することは、決して悪い事ではない。吾も感激している。今度はニコルにも色々見せたいので、交代と言ってエル帥の傍に連れて行け。」
ニコルに駈け寄ったコルノは、談話を代わろうと耳打ちして先頭へ誘った。ニコルと世話人が挨拶すると、エル帥は笑みを浮かべ、並んで歩き出した。
六
「では、次は焼物工房を案内しよう。こちらへ。」
手を差し伸べた先は、津に沿って並んだ倉庫から山手の方向だ。大小の建物が二十軒ほどひしめき合っていて、いくつかの屋根から白い煙が上がっている。
案内されたのは土壷を成形する工房だった。
入ると奥行きが長く、入口に原土を高く盛り上げて傍に、丸木を半分に割って並べた土捏台が敷かれている。
その奥に壷の底、中胴、天口を成形する台、それを繋いで乾かす棚へと続いている。
緑と白の分厚い半纏を着て、足に茶色の布を巻いた多数の職人が、分担して黙々と働いている。土壷造りは綺麗な仕事ではないが、手際の良さに驚く。
「ここは、主に弁韓と馬韓に送る穀物の保存壷を作る工房だ。高さ四尺、胴は最大部で三尺あり、伊雅のきめ細かな粘土と、内側を平滑にした仕上げが評判で、倭台の主力産物になっておる。棚に並んで乾いた壷は隣の窯に運び、固く焼き上げて仕上げる。」
隣の建物は総煉瓦造りで、奥を覗くと火が燃え盛り、職人の顔を赤く照らしている。大きな壷のため二人掛かりで鉄の台に乗せ、押し込む。そこは真冬でも暑いそうだ。
焼き上がった壷は、表面を磨いて朱色の液体で様々な模様に化粧し、天日に干した後、薦袋に包んで荷出しを待つらしい。
薦袋から出してもらった壷を、ニコルがしゃがみ込んで眺める。
「土壷とは思えない美しい壷になるのですね。素晴らしい技術を見せて戴きました。」
笑顔で壷の表面や着色を愛でるニコルに、すっかり気を良くしたエル帥。嬉しそうに他の焼き物も見せようと、袖を引っ張って別の工房へ導く。
「酒壷や杯、食べ物を盛る椀のような小さな焼き物は、ここで作っておる。内側を平滑にして朱色の液体を塗り、酒や水が沁み込まないよう仕上げるのだ。外側は竹箆で模様を描くと喜ばれる。色々な形があって綺麗だろう。」
手に取らせてもらったニコルは酒を注いだり、料理を食べたりする真似をして楽しそうだ。
「はい。綺麗だけでなく、しっかり固くて持ちやすいです。昨日の料理を盛った大きな皿も、ここで作られているのですか。」
「あれは銅という金物の皿だ。この地には銅が出ないので、弁韓から調達しておる。さあ、次は縄や綱を撚っておる工房を案内しよう。」




