議事舎に入り、辰韓と倭都の文化の違いに驚き戸惑う
第七章
一
「到着致しました。これが倭台市の議事舎です。足元にお気を付けて二列でお入り願います。」
案内の役人が入口を示すと、門番が高さ八尺、幅六尺の大きな扉をゆっくり外へ開き、片膝突いて迎える。
コウスと帝が足を踏み入れると、そこは大部屋と見紛う広い玄関で、着飾った美しい女人が左右に十人ずつ並んで、笑顔で迎えてくれた。
帝が背を押して先に入れと促すが、上がり框がなく草履を脱ぐ所がない。困っていると、笑顔でさらに強く押す。
「草履のままで良い。真ん中をお進みくだされ。」
言われるまま土足で玄関を進むと、女人が辰韓の言葉で何やら声を掛けてくる。一行は笑顔を作って、小さく頭を下げながら奥へ歩く。
帝も辰韓の言葉で女人に何やら話すと、女人は慌てて胸に手を当て、深くお辞儀をした。
「其方が倭都マキム大王の御子息だと伝えたら、驚いておった。」
先頭に立った帝が奥の階段に向かい、一行も後を歩く。外壁は煉瓦だが内部は板張りで、階段も木で作られている。
室内の板に興味を持ったコウス。纏向の宮廷とはまるで違う、表面が平らな板を張っているが、斧では到底作れそうもない。どんな道具で作るのだろうか。
階段を上がると、煌びやかな装飾に満ちた接見の室に案内された。そこには左右に十人ずつ、役人や兵が卓を前にして立っており、帝が入ると一斉に姿勢を正す。
案内の役人が前に出て、室の真ん中に並べている卓と椅子に座るよう促す。
十一人全員が席に着くと、正面の卓にはトウ・リン将軍と役人二人が帝を挟んで座り、他の兵や役人も座った。
「ご訪問下さったコウス皇子、そして倭都の諸氏、ようこそ倭台市へ。土足のままで室まで入り、椅子に座るのは落ち着かないと存ずるが、これが辰韓の風習である。すぐ慣れるので、力を抜いてお寛ぎくだされ。」
帝が立ち上がって左右の兵や役人に、大きな声でコウスの紹介を始める。
「皆の者。この御仁が倭都マキム大王の御子息、コウス皇子である。余は津で先に拝顔し、議事舎までお運び頂いた。起立し、謹んで御拝顔いたせ。」
そう発声すると、目でコウスにも立つよう促した。
「まだ前髪姿で童子に見えるが、齢十六歳にして西国まで遠征し、恵枇の砦に潜入して国主を一振りで斬り倒した闘士である。」
会席の役人達は、信じられない顔つきでコウスに注目している。
「勇猛果敢で四百人の兵に囲まれても怯まず、体捌きは風の如し、剣捌きは鳥の如しであったと聞き及んだ。先ずは恵枇の国主討伐を成し遂げたコウス皇子を、盛大な拍手で讃えよう。」
帝が座ると大きな拍手が室に響き、充満した。まだ立っているコウスは、左右の兵や役人に応える。
「ハル・サイマ帝の御紹介に、いたく恐縮致しております。そして皆様の盛大な拍手、有り難く頂戴致しました。手前はひと振り斬られても討伐は果たせないと、形振り構わず必死で戦いました。幸運にも国主を討てたのは、火良村の首長や後方警護の四十三人が、幾度となく危機を救ってくれたお蔭です。」
大袈裟な帝の紹介を真に受け取られたら大変だと、仲間の援護や努力を加えて強調した。一息入れて、応援に来られた返礼を続ける。
「そして何より、我ら討伐の応援に倭台軍五百人の大隊を差し向けて頂いたこと、心より感謝申し上げます。あの場で手前が殺されても倭台軍が国主を討ち、さらに恵枇の兵も討ち滅ぼして下さっただろうと、その心強さに、今も胸を熱く致しておる所存です。今日はその御礼に参上した次第です。」
マサキが訳伝すると、連座は静まり切って辰韓語の返礼を聞き入る。コウスが帝に一礼して椅子に座ると、再び大きな拍手が室を埋めた。
そこへ玄関で迎えてくれた美しい女人二十人が、料理が乗った皿や酒壷を、帝の卓とコウス一行の卓に並べる。見たことのない料理に、皆が目を見開く。
役人や兵の卓にも並び終えると、女人はその後方に立って帝の指示を待つ。
「さあ、日が沈んだ時分だ。これよりコウス皇子ご訪問の歓迎と、恵枇タケル国主討伐の祝いを行う。酒を注ぎ終えたら、トウ・リン将軍の発声で乾杯だ。」
二
女人が前へ出て、笑顔で次々に酒を注いで回る。帝はそれを涼しげな眼で見ながら、将軍に小声で指示をしている。
将軍は何度も頷きながら、コウス一行と室の入口を見ている。
酒を注ぎ終えた頃合いを見計らって、トウ・リン将軍が立ち上がった。
「酒が注ぎ終わったようなので、ひと言挨拶をして、乾杯する。座ったままで杯を上げて頂こう。」
トウ・リン将軍の音頭で、全員の杯が上がった。
「倭都マキム大王の御子息コウス皇子、見事に恵枇タケル国主を討伐され、誠にお目出度く存じます。拙者はこの目で見ておらぬが嗅助の報告を聞いたところ、皇子の素晴らしい立ち回りで、一方的に勝利したと声を弾ませておった。」
杯を掲げたまま、トウ・リン将軍の発声を受けた役人達。目の前の童子がどれほど強いのか、興味津々の表情に変わった。
「応援の我々は援護の必要がなくなり引き返したが、その返礼として直々に訪問されたとは、誠に恐縮至極。ではご訪問の歓迎と、討伐の成就を祝って……乾杯。」




