倉庫と兵舎が並ぶ於訳津に下り立ち、軍の管轄と知る
すでに大勢の荷受人や兵五十人ほどが待ち受け、係留が済むと荷受人が大きく頑丈な回荷を引いて、筵に包んだ積み荷の下に集まった。兵はその周りを警備している。
船上の荷役人が積み荷をひとつずつ綱で巻き、桟橋への渡り板に沿わせてゆっくり下ろしている。下りた積み荷は数人の荷受人が、大事そうに回荷に積み込む。
まだ船から下りられない倭台市行きの一行は、窓からその光景を眺めている。
互いに手馴れていて、中身が一切見えないのは、想像どおり軍備品や武器に違いない。膨大な数量なので、この地から各地で必要とする豪族や、部族、権力者に分配するのだろう。
すべての荷が下ろされると、桟橋の奥へ列を作って運ぶ。その前後と両側を、兵が警護して歩き、大きな桟橋は静かになった。
「お待たせいたしました。では船を下りて、於訳の市へ繰り出しましょう。某がご案内致します。まだ昼には少し早いですが、お食事をお召し上がり頂きます。」
船長に付いて、周囲を見回しながら十一人が山手に向かって歩く。桟橋の奥には兵舎と集会場がいくつもあり、民家はこの津にない。
さらに奥は、道が網の目のように分かれ、大きな倉庫が立ち並んだ道、木材や米、野菜を回荷で運ぶ道が別々にあるようだ。
交易市とはこのようなものか。冷たい不思議な空気がコウスを取り巻き、いたたまれず船長に尋ねる。
「津に漁船がなく、農民や工職人の姿も見えない。於訳の民はどこで暮らしておるのか。」
「漁港は桟橋の右端一本で操業しており、漁民も農民も少し奥に住んでおります。あの小山を越えると広い田園が広がり集落や村が見えますが、歩いて行かれるには時が足りず、申し訳ございません。」
「仕方ない、諦めよう。船長、この四棟の大きな倉庫は見事だ。各地から船で様々な物資が運ばれてくるのだな。栄えある交易津を見せて貰い、勉強になった。礼を言う。」
於訳津でこれだから、倭台市はもっと凄いのだろう。世の中は知らないうちに、どんどん豊かになり、文明が進んでいる。
纏向は倭都国の拠点と信じているが、実は辺境の地でないかと思えた。コウスは世間知らずを思い知った。
「とんでも御座いません、外見しかお見せ出来ないのは、津の周辺は、於訳軍が取り仕切っておりますので、ご勘弁ください。あと半丁でお食事処がございます。」
船長が指差した先に、茅葺の平屋がある。民家と違い多くの柱を立て、丸木を積み上げた壁の建物で、桟橋の集会舎に似ている。
入ると中は広く、数組の兵や荷運び人らしき人が座っていた。元気な声で女人が迎え、奥の食卓へ案内された。
十一人と船長が大きな食卓を囲んで座ると、茶が出て船長に食べ物を聞き、奥へ消えた。
しばらくして女人が四人、食べ物を運んで来た。それは白米と汁物、煮魚と数種の野菜だった。
思いのほか豪華な昼飯に、マイヤが船長と女人に頭を下げた。すると倭南州の当代コルノが、笑顔で船長に尋ねる。
「いやあ、まるで宴席ですな。普通は街道の休憩処に小さな小屋があって、握り飯や草団子、焼いた茶菓子を供する程度です。宿舎以外で、このように立派な食事処が沢山あるのですか。」
「三軒ございます。主に交易荷を運び込んだり、荷受けに来られたりする方が使用します。この地の者は、祝い事以外は出入り致しません。」
そろそろ出航と言うので、津に引き返して乗船した。荷を下ろして身軽になった船は、漕手の勇ましい掛け声とともに、軽快に北へ進む。早い昼餉だったので、まだ日は天頂まで昇っていない。
左右十五櫓の交易船は力強く速い。ぽつんと海から出ている小さな島、瑪島が正面に見えてきた。あの小島を過ぎると日が沈み、船泊になる。
順調なら、あと三日で倭台市。思わず腹から笑いが込み上げるほど、早く到着する。
コウスはマイヤ、シモンに溜め息をつきながら、於訳の市で感じたことを振り返った。
「於訳の津と市を歩いて良かった。考えたのは、これからは難波津が交易で栄えて、纏向もあのように人の暮らしや文化が進まねばならぬと思う。今日は随分と為になった。」
十二
こちらは倭台市。楼閣の二階奥にある、壁も卓も細かな彫刻が彫られたハル・サイマ帝の居室。トウ・リン将軍と随臣六人が、卓を囲んで酒宴の最中である。
二ヶ月前、ヒミコ頭目が交易交渉のために帝の第二子ハル・ナシマと、重役トシ・キリを魏の洛陽へ送った。
ふたりは輝く反物八丈二巻と米、茸、梅、柿などの農産品、さらに男女の懲役罪人十人も貢物として差し出し、皇帝に拝謁を申し込んだ。
皇帝は、いたく感激してヒミコ頭目に親倭王の箔名を授けて百枚の銅鏡を下賜し、倭台市との交流を強くするために、直々に渡来するようハル・ナシマとトシ・キリに任じた。
魏の洛陽との交流・交易扉が開いたと、ヒミコ頭目は満足し、重役トシ・キリを隊長として五日前に四十名で魏へ出立した。
その交流隊を見送った後の酒宴の最中に、側近がコウスの来訪を伝えるため、室に来たのだ。




