己実津に夕刻到着し宿舎で一泊、交易船で於訳津へ
「まるで童子に見えるお姿で、あの剣捌き、体捌きはお見事過ぎました。一体何歳にお成りの方だろうと、口々に囁き合っておる程です。」
まるで童子に見えるとは、コウスを童子と思っていない口振りだ。十六歳と知ったら残留者はどんな顔をするか、マイヤやニコルに聞いてみたい。
九
騎馬で急いでも、日が沈んで一時が過ぎた。辺りは真っ暗になり、男八人と兎農のマセラ、己実のタルシが松明を焚いて、あと一里先の己実津へ向かっている。
ようやく己実津に到着。身に沁みる寒さの中、桟橋で大勢の人が迎えてくれた。夕刻からずっと待っていたのだろう。
タルシが馬を下りて、先頭に立っている男に馬舎と宿舎を手配するよう指図し、戻ってきた。
「お疲れ様でした。明日の於訳行きの船便に間に合って、良かったです。馬舎を見てきますので、ここでお待ち願います。宿は四人部屋と五人部屋を、女人用の部屋も準備致します。なにしろ急な事で、何もご用意できておりません。馬を下りましたら、しばらく船員の休憩所でお待ち頂くことになります。」
馬に水と食物を与えながら待った。多量の白い息を吐きながら水を飲む馬を見て、コウスはこれが陸路だったら今頃は……と、身震いが出た。
タルシと使いの者が戻って来て、馬舎へ誘導する。十一頭が寒風を防ぐ馬舎に入ると、出迎えてくれた大勢の人に手を振って挨拶し、宿舎へ向かう。
己実津まで見送りで同伴してくれた、兎農のマセラに並んで礼を述べ、船を都合してくれたタルシにも、丁重に礼を述べながら宿舎に入った。
「さあ、身体を温めてひと息つこう。窯もあると言うので、夕食の後でニコルと世話人が先に入り、そのあと吾とタルシが入って、順に二人ずつで汚れを落とそう。」
両足を伸ばして炬燵にあたりながら、くつろぐコウス。砦の決戦で五百人もの倭台の軍勢が、陸路で応援に来てくれた数々の御苦労を想い、心の中で手を合わせた。
宿舎の近くにある旅人集合舎に、夕餉が準備できたと案内が入った。全員が集合舎に入ると、ニコルと世話人は配膳を手伝っていた。長い卓の後ろに四基の火鉢が置かれ、部屋は温かい。
従臣三人とマイヤの間にコウスが座ると、警護兵二人とマサキ、ツキノが正面に座った。そこへタルシが加わって警護兵の横に座り、まず酒を勧めて挨拶をする。
「改めて、己実津までお疲れ様でした。では、心ばかりでは御座いますが、ちょっと遅めになりましたが、夕食をお召し上がり下され。」
酒壷が卓を一周して酒が行き渡る。皆が一斉に軽く乾杯をして、盛り付けた魚や野菜に箸を付けた。
「コウス皇子より、倭台市訪問から帰られて帰途に就き、この己実へ立ち寄られた時まで、恵枇の国主討伐の祝いは無いと、固く仰せられております。今宵は窯もご利用になり、倭台市へ向けてごゆっくりお休み下され。明朝は於訳津への荷を積み込み次第、出立のご案内を致します。」
「前触れもなく立ち寄った一行であるのに、微に入り細に入りのもてなしは有難く、痛み入ります。」
「とんでも御座いません。では手前はこれで失礼致します。」
マイヤが恐縮すると、タルシは右手を横に振って滅相もないと言う。
タルシは酒を一杯飲み干しただけで、明朝の出航作業がまだ残っているのでと、集合舎から姿を消した。
夕餉を戴き、ほろ酔い気分で宿舎に戻り、ニコルから順番に窯で疲れを癒した。全員が初めて赴く倭台市の期待と不安を胸に抱きながら、静かに眠りに就いた。
十
翌朝、外を見ると晴れ上がって清々しい。日が水平線から昇った時分だ。西からの冷たい風が通り過ぎる。朝早いうちから、於訳津への積み荷作業だろうか、桟橋は騒がしい掛け声や音がしている。
「お早うございます、コウス皇子。拙者は酒と窯で寝入りは早かったのですが、目覚めも早かったので、いま船に乗る支度を終えたところです。」
マイヤが晴れ晴れとした声で、朝の挨拶をする。シモン、ツキノも支度を終えて、別の宿舎を覗きに行ったそうだ。
「ああ、お早う。吾も桟橋の喧騒で早く目覚めたのかな。よく寝たようで、まったく眠気がない。出航は近いようだ、遅れて迷惑を掛けないよう、旅支度を整えておかなきゃ。」
コウスも支度を終えて外に出ると、ニコルと世話の女人が出ていた。女人は化粧もあるから、朝が早いのだなと軽口を言うと、その通りで御座いますと軽口が帰って来た。
「本当は、早く起きないと船が出てしまうと思い、心配で夜中に何度も目覚めました。」
他の者も宿舎から出てきた。皆で朝日に輝く海を眺めていると、タルシが宿舎へ来た。
「皆様、お早うございます。早速ですが、集合舎に朝餉を用意致しましたので、お揃いでお越しくだされ。あと半時後に船が出る予定です。風が止んで、海も穏やかになっており、良い航海になりそうです。」




