返礼のため倭台市へ、陸路で向かう準備は整ったが
興味津々のシモンが、入口で並んで立っている女人とシウリに、膳の鯛を指差して聞く。
「それはですね。皆様に荒くれ者の恵枇を征伐して頂き、再びマキム王が開かれた倭南州が復活したからです。以前の倭南州に戻れば、米や野菜の略奪がなくなり、手前どもは安心・安全に暮らせます。目出度いの鯛でございます。」
「目出度い……で鯛か、これは愉快だ。さぞや美味かろう。」
「実は征西隊が恵枇の砦に潜入する前の日、己実のタルシ当代が、コウス皇子なら国主討伐を必ず果たすと言い切り、早朝に鯛釣り船を多数出されました。二日かけて鯛五十尾を吊り上げ、塩焼きにしてお持ち下さったのです。」
己実のタルシが討伐の成功を断じ、事前に五十尾もの鯛を準備していたとは。コウスは涙がこぼれるほど嬉しかった。
「それはかたじけない。討伐が果たせて良かった。西国では目出度い席で、焼いた鯛を出すのか。」
そんな習いは聞いた事がないとシウリ首長が笑いながら、己実の沖合で鯛は良く釣れる魚だと話した。
マイヤ隊長の音頭で、華やかな膳と祝宴の酒を楽しみながら、従臣は出雲へ同道するケイシ、マナキ、マヤムの三人を、警護兵はマイヤ、シモン、ニコル、そして世話人の七人に決めた。
六
しんしんと夜が更けた。祝宴は各自の自由解散として、コウスは先に宿舎に戻った。昨夜はよく寝たが、まだ疲れが溜っている。明日の出発準備をして眠りについた。
「ふう、全部終わった。よくやったと吾自身を褒めよう。倭台市ではゆっくりせず火良へ帰り、未羽津まで総勢で、凱旋隊として戻ろう。」
討伐を果たした凱旋隊は、己実津と未羽津で歓迎を受けるだろう。どんな内容の情報が伝わっていても、さぞ賑やかだろう。四十六人全員を祝ってくれたら嬉しいと、胸が躍る。
だが凱旋の想像と打って変わってコウスの頭に、次に果たすべき出雲タケル討伐が浮かんで離れない。
未知の出雲国、そして国王、針間を狙っていると聞いたが本当なのか。まるで得体が知れず、作戦の見込みが立たない討伐の下命に、苛立ちを覚える。
---未羽津から先の帰還はマイヤとニコルに任せ、吾と従臣三人は出雲へ発つ。凱旋隊をどう納得させて未羽から別行動にするか、それも考えねば。針間の嗅助と伝助は、もう未羽津に着いているだろうな。
悶々(もんもん)とした感情が渦巻いているうち、深い眠りの闇に吸い込まれた。
「お早うございます、よく眠れましたか。伝助は昨夜のうちに走りました。昼餉の後、騎馬で出発すれば、三日後の夕刻には着くでしょう。同道者は出立の準備を整えております。」
倭都軍の装束で身支度を整えたニコルが、朝餉を寝床の横に置いて茶を注いでいる。
窓から明るい日差しが差し込んでいる。熟睡中を起こされた感じで、まだ眠いコウスは目を擦りながら起きた。
「ああ、もう朝か。」
「はい、日はだいぶ高くなっております。外は晴れて温かく風も穏やかで、いい旅日和です。」
朝餉を食していると、マイヤ、シモンが入って来た。続いてケイシ、マナキ、マヤムの三人も入った。
「お早うございます、コウス皇子。今日は宜しくお願い致します。」
「昼餉は早くしてもらい、日が天頂に昇った頃には出立しよう。倭台市でハル・サイマ帝にお会いして、援軍派遣の御礼を申し上げ、天皇が凄いと目を見張った市などを、翌日に見学させて戴く。火良村へ戻れば全員で凱旋隊として、未羽津への帰還を考えておる。」
すでに全員が、倭都軍の白い羽織と蒼の袴姿だ。コウスもシウリが抱えて来た装束に着替え、新当代コルノの指揮で王宮が解体され始めた、倭南州が臨める街道に出た。
シウリの家の前で馬七騎に、火良村の米や野菜を礼品として倭台市へ運ぶ、荷役馬三騎が加わって繋がれている。街道には遠巻きに村人たちも大勢集まっていた。
日が天頂に差し掛かる前に昼餉を集会所で済ませ、武具も身に付けた。街道に出ると、道案内役が二人立っている。ひとりは隈伊集落で縄を撚っている職人で、倭台市への道のりは詳しい。もうひとりは倭台へ走った伝助だ。
「大きい方が隈伊の縄作り職人マサキで、辰韓人と会話ができます。小さい方は笹台のツキノです。倭台市方面ならどの道に入り込んでも迷いません。ご安心ください。」
シウリが道案内人を紹介すると、二人が前へ出て深々と頭を下げる。
「宜しくお願い致します。今から出発しまして、倭台市へは急いで八日か九日かかります。途中、高千と谷戸と庫把に三泊され、五日目の羽地、柴箸は山越えがあり、朝早く出られても翌々日の夕刻になります。七日目は朝出発して頂き、土筆で一泊されれば、後は平地ですので夕刻に到着の運びです。」
地理と進む道の事情に詳しく、よく分かる説明で頼もしい道案内人だと、コウスは安心した。しかし早くても往復十六日で、倭台市に二日滞在すると、火良村へ帰るのが十八日も先になる。




