刺された国主は苦しみつつ、タケルの箔名をコウスに
十
腹部の激痛が腰と背中まで広がり、もう手は上がらず足も動かせない国主。傍らの役人が椅子を回してコルルの方向に向きを変え、脇腹の短剣を抜こうとした。
「やめろ、抜くでない。抜けば血が噴き出して、おいは息が絶える。まだ奴の正体を暴いておらぬ。」
幾多の修羅場を踏んできた国主は、剣を抜くと血が噴き出して絶命が早いことを知っている。
死は覚悟しているが、まだ自分を殺した者が誰かを知りたいのだ。武将の、せめてもの意地がそうさせている。
まだ意識はあるし目も見えるが、全身に広がる激痛で息は苦しくなってきた。国主は尻から血が滴り落ちるのを覚え、このままでは間者より、自分が先に死ぬと思った。
「もう殺しても良いぞ。弓兵コルルを射殺せ。皆も剣を抜いて斬り付けろ。」
剣を手に石段を駆け上がる兵、王宮の中の兵、国主を取り巻く側近も剣を抜いて、たったひとりの華子を囲み迫る。
弓兵五人は味方に当たっても仕方なかろうと、弓に矢を番える。射程は六丈と至近距離だが、コルルの動きが早く、的が絞れない。
慎重に狙いを定めていた弓兵三人が突如、呻き声を発して地に崩れ落ちた。
どこから飛んできたのか、胸に黒い矢が刺さっている。残りの弓兵二人はそれに構わず、コルルを狙う。だが、その二人も黒い矢の餌食になった。
黒く細い矢は、柵の外で工職人や荷役人に紛れ、後方警護していた伊勢の三人が放ったものだ。
高さ二尺の梁の上で背の神剣を抜いたコルル。向かってくる酔っ払い兵を斬る、突く、跳び上がっては兜ごと斬り砕く。斬られて離された腕が、頭が血潮を吹いて飛び、地を転がる。
梁の上では自由に身を反せないコルルは、兵を斬りながら地面に降りる。
左右へ、上下へ、ひと振りごとに血飛沫が舞って、兵が倒れて重なり、兜や剣や腕が石段を転げ落ちる。
再び梁に跳び上がったコルルの蒼い衣装が、淡い光彩を放ちながら舞う。また跳び降りて神剣が幾筋もの光の弧を引く。
疲れを知らないのか、恐れがないのか、国主はコルルの目まぐるしい動きと、見事な剣捌き、体捌きを驚きの心境で見つめる。
王宮の奥の柱に隠れて、コルルを狙う弓兵がニコルの目に留まった。すでに弦は引かれ、コルルが少しでも止まれば射る態勢で構えている。
その距離六~七丈で、身をかわすことが難しい至近距離だ。
「コウス様、後ろに弓が。」
ニコルが叫んだ。ついコウスと叫んだが、コルルもコウスも、この喧騒の中では同じに聞こえる。振り向いたが、もう矢は放たれていた。
「駄目だ、間に合わない。」
瞬間コルルは観念し、八双に構えていた神剣を、矢に向かって無意識で振り下ろす。矢はコルルの手前一尺のところで、神剣に斬り落とされた。
六丈ほどの至近距離では、対峙して構えていても、剣で矢を斬り落とすのは至難の業だ。それをコルルは振り向きざま斬り落とした。
国主はその時、コルルに神の技があると感じ、これ以上の戦いは無意味だと悟った。
「もう斬り合いを……やめろ。皆の者……剣や斧を捨てろ。もう十分に……戦った。」
息も絶え絶えになった国主が、兵たちに戦いをやめるよう命じた。兵は足許に剣や斧を落とし、力なく首を前に垂れた。
高さ三尺の梁から、衣装も顔も剣も血に塗れたコルルが、国主の面前に飛び降りて、右手に神剣を下げたまま立った。
「お……おのれは何者だ。……その猛々しさ……その太刀使い。だ……誰に遣わされた間者だ。」
「吾は倭都八州を治めるマキム天皇の第二皇子、コウスと申す者。其方が倭都に滅ぼされながら、まだ反逆を企てておるので、討ち取るよう命を賜り、ここに参った。」
「皇子だと。……おのれは男か。……女に化けて入ったか……ここに何人潜んでおる。」
「二人だ。だが下の柵の外には、かくも大勢の仲間が我々を警護しており、帰りを待っておる。」
間者の正体を知った国主は、国一番の強さと猛々しさを誇っていた自惚れを、死ぬ間際になって後悔した。
たった二人での潜り込み計略、只ならぬ勇気、そして並外れた体捌きと武力。恐れ入ったと褒めるしかない。
目を見張るほど強くて、若い男に会えたことを頼もしく、嬉しくも思った国主。
「今まで……この恵枇タケル以上に……強く勇気ある者は……おらずと思っておった。されど……おいに増して……勇敢で猛々しい男が……東の倭都国に……いたとは。」
十一
観念したのか、国主は力のない口調に変わり、ひと息ごとに言葉を発し、懸命に何かを訴えようとしている。コウスは動かず、言葉を待つ。
「無念だが……おいは……もう死ぬ。……これを以って……汝に……タケルの箔名を……献上しよう。……今より其方は……倭都タケルと……名乗るがよいぞ。」
国主の言葉は、ますます切れ切れで、目も見えなくなっているようだ。役人に身体を支えられて、何処を見ることもなく、首を左右に動かしている。
「タケルとは……誰よりも強く……気高く……国を治める……唯一無二の……者に……与えられる……箔名だ。」




