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倭都タケル=吾のまほろば=  作者: 川端 茂
第五章
62/108

国主の前に座ったコウスは、国主の隙をつき左脇腹を

「名前も声も可愛いな。さあコルル、おいの近くへ寄って酌をしろ。」


 右手に酒盃を持ち、肩を引き寄せようと左手を伸ばしてきた。背中に手が回れば、隠している神剣に触れて見つかる。コウスは咄嗟に国主の正面へ行き、置いていた大き目の酒盃を指差した。


「あの大きな酒盃に、注ぎとうございます。」


「そうか、そうだな。大きなやつに注いで貰おう。なかなか気遣いのある娘だ。感心、感心。」


 神剣が見破られず助かったが、周囲の役人たちにも用心しようと、コウスは身体の向きや、角度にも集中しながら酒盃に注ぐ。

 注ぎ終えると右左の役人や側近に、酒盃を掲げた国主が、乾杯の音頭を取る。


「今日までご苦労であった。もう一息で王宮が出来上がる。栄えある王宮と、恵枇国に乾杯。」


 酒盃を上げて、元気な乾杯の声が王宮に反射して、石段下の柵まで響いた。兵から呼応の乾杯があり、巫女たちの演奏と踊りが一層高まる。


 大きな酒盃を呑み干して、再度差し出した国主の酒盃に、コウスは酒を波々と注ぐ。


「おう、いっぱい注いでくれたか。よしよし。」


 喜色満面の国主。こぼれそうな酒を口から迎え、両手で酒盃を上げて天を仰ぐように一気にあおる。国主の脇腹は案の定、がら空きになった。


---隙あり、今だ。


 コウスは腰の後方に隠していた懐剣を素早く抜き、国主の左脇腹を両手で強く差した。胴巻きを貫かねば、初動の一手は失敗となり、掴まって殺される。


 伊勢でヤマトヒメに戴いた懐剣を、誰の目にも止まらない速さで抜き、狙いを定めて突く動作を纏向や船中、宿舎で何度も繰り返し、試してきた。

 その甲斐あって懐剣は脇腹深く、柄まで差し込めた。


 酒を呑み干していた国主は、脇腹に赤く焼けた槍先が刺さったかの劇痛を覚えた。両手の酒盃が手から離れて落ち、御座むしろを転がった。


「あっ、あーっ。」


 コウスは悲鳴を上げて国主の正面から左横へ飛び退き、手を口に当て、身を屈めて怖がって見せる。

 咄嗟のことでコウスの悲鳴くらいでは、誰ひとり異常に気付いていない。先ずは上々だ。致命傷にならなくても、大きな痛手は負わせた。


 激しく痛む腹部を見た国主は驚愕した。つたを細かく巻いた長さ五寸の剣の柄が、脇腹に刺さっているではないか。国主の白い着衣に、脇腹から吹き出る赤い血が広がる。


「おいの腹に短剣が刺さりおった。うぐぐ……。あっちから飛んできたぞ。」


 左前方を指差し国主が叫ぶ。突然の苦しげな叫び声と、腹を押さえて痛みに耐える国主。周囲の役人は、ここで異変に気付いた。


 短剣が飛んできたと言う方向を見るが、石段と木の柵しかない。

 敢えて言うなら、コルルと名乗る華子が、正面で酌をしていた方向だ。その華子は刺さった短剣に驚き、悲鳴を上げて国主の横で震えている。


「曲者はいたか。コルルは無事か。」


 役人が、華子は横に逃げて大丈夫でしたと告げ、短剣が飛んできた方向に、怪しい者は見当たらないと報告した。

 国主は無事のコルルを見て安心したが、何とコルルの衣装に血が付着し、口を覆っている手指の血糊を見た。


「見付けたぞ。おいを刺したのは、この華子だ。正体を暴くまで殺してはならん、捕り押さえろ。」


 側近が右から三人、左から五人、素手で一斉に襲いかかった。童子のような十六歳の娘子だ、摑えて国主に差し出せば手柄になると、軽い気持ちで囲む。


 コルルは、甘く見ている側近の間を跳び上がり、その背中を踏み台にすると、高さ五尺の梁に飛び乗った。それを追いかける側近の手を、足で払い除けて別の梁へ飛び移る。


「梁の向こう側へ回って囲め。引き落として抑え込むのだ。」


「何しとる、あ奴の衣を掴んで引くだけで落ちる。もたもたするな。」


 あちこちで号令が交錯し、素手の側近と役人は慌てふためく。


「何だ、あ奴は。まるで風神のようだ。」


 さらに五人、六人と加わり追うが、手に負えない様子だ。見ていた国主は苛立った。


「うぬらでは捕まらん。もう良い、どけ。槍兵、前へ出て足を狙い梁から落とせ。急げ。」


 王宮の柱の間にいた警護の槍兵六人が、梁の上を走るコルルに迫ると、なぜか前の三人がもんどりを打って地を這う。その首から血が噴き出し、首を押さえて喘いでいる。


「うわ、何があった。短剣が飛んできたのか、何処からだ。」


 後ろの三人は倒れた三人が邪魔で追えない。倒れた槍兵を乗り越えてコルルを追うと、同じように短剣の餌食になると、槍兵は身を伏せた。

 反対側で構えていた四人も恐怖が勝って、辺りを見回しながら身を伏せる。


 前の槍兵三人を倒したのは、ニコルの投げ刃だった。

 ニコルは三人の華子とシウリを護って、坂の上り口まで下がり、コウスの動向を注視していたが、梁の上にいたコウスが十人の槍兵に挟まれた。


 背に隠している神剣を抜く間がないようだ。

 危機感を抱いたニコルは、掌に隠し添えていた長さ四寸の投げ刃を、役人や兵の目に触れない態勢で先頭の槍兵三人に投じた。


 距離は五丈ほどで近く、ニコルが狙えば外さない。三本とも首に刺さり、他の槍兵の攻撃まで止めたのだ。

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