村の娘に紛れて潜り込めても、シウリの懇願が通るか
「もう良い、シウリ首長。其方は立派だった。宴の前日に拙者が沙汰するので、二十五人の娘子は其方が王宮まで連れて来い。もう何も心配はいらぬぞ。」
国主とその一行が砦に帰ったので、隠れていた村人が用心しながら集まり、ぐったりしているシウリに声を掛けながら、家に運び込んだ。
日が沈んで辺りは暗くなってきたが、砦は王宮にも石段にも、数多くの篝火が焚かれ明るい。まだ建造作業が残っていて、職人は働いているようだ。
ニコルも隠れていた穀物倉庫から出て、コウスの宿舎に入った。
「まだ嗅助が、聞き耳を立てているかもしれないので、小声で話そう。」
コウスとニコルが砦に潜り込む目途は付いたものの、宴席に加わる娘子が何と二十五人いる。国主は、その娘子を狙っての策略で、村に帰すとは到底思えない。
ところが、首長のシウリが国主に直交渉して、無事に帰すと約束させたのだ。
「シウリには驚いた。決死の直交渉で、あの髭面に帰すと約束させたとは。吾が斬る前に約束の命令を下せば、誰も手が出せない。そうあって欲しい。」
「そんな約束を守る奴とは、思えないが。」
マイヤが首を傾げ、口を尖らせる。コウスは西国一を誇る武力と気性の激しい男だが、包容力も備わった器の大きな人物に見えたので、それを信じたいと言った。
高千の職人から二十五人分の衣装が届いている。男ばかりが集う無彩な宴を華やかに彩る、色とりどりの衣装だ。
鬼のような国主から、願いどおりの約束を取り付けて機嫌のよいシウリは、参加する娘子を穀物倉庫に集めて衣装を配り、宴席での作法や言葉遣いを教示している。
空を灰色の雲が覆い、冷たい風が東方へ吹き抜ける朝。騎馬兵三人がシウリの家の前で止まり、先日ひとり残った兵が馬を下りた。
騎馬に国主はおらず、遣いの者だけだ。慌ててシウリが応対に出る。
「シウリ首長、沙汰が下ったぞ。明日の昼に棟上げの宴が始まる。しっかり用意を整えておき、日が天頂に昇る半時前には、あの王宮前に娘子二十五人を連れて来るのだ。恵枇タケル国主は楽しみにしておるぞ。」
火良に着いて十二日後の明日が、王宮棟上げの祝い日になった。いよいよ吉と出るか凶と出るか、まったく予断を許さない戦いが始まる。
穀物倉庫の裏から覗いていたコウスは、纏向の皇子として腹を括っているがニコルは今、どんな心境でいるのだろう。
高尾から警護して来た従臣二人と、別れのひと時を過ごしているのか。
国主の息の根を止めれば、戦いは終わる。コウスは頭の中で仮想宴席を描き、どんなに不利な状況下に置かれても、立ち回る我が姿を幾度も再現してきた。
また潜入するコウスとニコルが、衣装の背に隠す神剣と懐剣の手入れ、後方警護隊の配置と弓の手入れ、矢の数なども確認し合って準備に怠りはない。
「決戦の準備は出来た。ひとつ心配事は残るが、まずは恵枇タケル国主を討ち取る。」
残る心配は、国主を斬ってすぐニコルと砦の外に逃げ出す算段だったが、図らずも二十三人の女人を捨て置けないことで、これは厄介だ。
娘子を攫おうとする者や、怒りに任せて斬り殺そうとする者は、後方警護隊が弓で射殺することになっているが……。
「役割は王宮役の華子五人と上級兵役の饗子二十人だ。華子と饗子は恵枇タケル国主が直々に決める。その後は引率の支持に従って動けばよい。娘子も一緒に楽しまれよ。」
王宮でどんな会話があったか知るべくもないが、伝達兵の表情も声も明るく、シウリに優しく声を掛けている。国主の包容力に期待し、さらに伊勢神の御加護を願い、手を合わせるコウス。
砦は建造作業も片付けも終えて、静かに明日の祝宴を待っているかのようだ。
七
昨日の重々しい空が一転し、寒さは残っているが清々しく晴れ渡り、風もない。朝早くから黒髪を整えて化粧し、祝いの衣装を身に纏った艶やかな娘子が、穀物倉庫を出てシウリの家の前に集まった。
ニコルは色とりどりの葉柄を散らした、橙色の衣装を選んでいた。元々が気品ある整った顔立ちなので、際立って艶やかだ。
そこへ女人に化けたコウスが宿舎から来て、二十五人が揃った。
誰もが目を見張ったのは、身に纏った衣装だ。薄蒼の絹地に、少し濃い蒼線と水玉を斜めに流した柄で、長い振袖が揺れるたびに絹地が微かに輝く。
コウスは前髪と、背中近くまで伸びた黒髪を櫛で梳き、丁寧に化粧して口に紅を差していた。どう見ても可愛い女人で、集まっている娘子たちから溜め息が漏れる。
日が高く昇って寒さが緩んだ時分、砦から徒歩で三人の兵が、シウリ家の前に立つ娘子の集団に向かい、人数を確認し終えてシウリに叫んだ。
「全員揃っておるな。シウリ首長、出発の用意は出来ているか。」
「はい、出来ております。」
「では、シウリ首長と拙者が先頭を歩く。王宮までの坂道は狭いので、二列で付いて来い。よし出発。」




