悩んでいた潜入手段は決まったが、別の問題が生じた
確かに驚いた命令だ。砦の建造は日数が掛かる大工事で、恵枇国から女人を連れて来ないはずがない。
コウスは、国主が工事の褒賞として、村の娘を兵たちに与えるに違いないと思った。
「それで無理でしたと断ったのか、それとも娘を集めて衣装も作っておるのか。」
「放っておくと、何されるかわかりませんから仕方なく。今のところ、この村で十八人集め、笠台にも行き、五人連れて戻りました。」
シウリは苦労して説得した娘を、二十三人集めている。敵陣に潜り込む方法を模索し、悩んでいたコウスに突如、光明が差した。
「この娘たちに、ニコルと女に化けた吾を加えて二十五人。誰にも疑われることなく王宮前に入れる。国主にも近付ける。しかし、これだけ大勢の娘子だと、安否が心配だ。」
好機が砦の方から来て潜入方法は決まった。だがニコルと二人で潜入すると考えていたので、新たな問題にぶつかった。
命令に従って娘子たちを送り込めば、これは差し出したことになり、救い出す術はない。
国主が娘子に手を出すなと命令するか、兵が乱痴気騒ぎを起こして祝宴が中断するか、王宮が崩れて非難するか、集めていた娘子が逃亡して行方知れずになるか……どれも無理だ。
打つ手が見つからないコウスは、マイヤとニコルに相談する。
「国主に言わせる手が一番の方法だが、うーん、どうすれば。」
砦は建造作業が終わったのか、兵や荷役人が大きな回荷に残った木材や石を積み、茶連山の裏の方へ運んでいる。ついに片付けが始まり、宴の準備に入るようだ。
あと十日以内に一撃必殺の戦いが、王宮前の広場で繰り広げられる。コウスは震えを抑え切れない。
翌日の夕刻、国主とスモン副将軍が、十人の兵を引き連れてシウリの家の前に現れた。シウリが家の前に出て応対する。
顔を見られてはいけないニコルは、急いで穀物倉庫の奥に隠れた。
マイヤは野良姿で裏山から焚き木を運び出す作業に精を出し、童子のコウスがマイヤを手伝っている体で、国主を窺う。
「あれが恵枇タケルか。聞いたとおりの汚い髭面だな。」
マイヤがつぶやく。コウスは国主の表情や動作を見つめる。
「どうだ、娘子の手配はついたか。宴まで、もう幾日もないぞ。」
スモン副将軍が脅す口ぶりで、騎馬の前で跪いているシウリに叫んだ。
「はい。この村だけでは足りませんので、隣の集落や兎農の手前まで走り回り、何とか二十五人を搔き集めました。これが限度でございます。装束は高千の職人に、二十五着依頼しております。」
「そうか。五人足りないがよく励んでくれた、ご苦労だった。」
赤い馬に乗って、シウリを睨み付けていた国主が口を開いた。怒鳴りつけられたら兵は身が竦むほどの、よく通る太い声だ。だが、シウリには優しい口調だった。
人を繰る圧力と威風を備えていて、しかし努力には応える包容力もある。国主は器の大きな人物ではないかと、コウスは思った。
「ありがたい仰せ、恐れ入ります。宴席に参加させていただく娘子たちは、祝い酒のお酌とお相手に、精一杯勤めます。つきましてはお願いがございます。」
シウリは娘子の招集について、国主が誤解を生じないよう丁寧に答えた。だがシウリは決死の願い事を考えていたので、次第に声が詰まったり震え声になったりする。
「お願いです、どうか国主様と副将軍様の威厳に満ちたお言葉で、たとえ酔っ払っても、ほんの出来心でも、絶対に娘子の手を握ったり、抱き付いたりなさらないよう、兵士やお役人様に話して頂きとうございます。そして祝宴がお開きになりましたら、全員を村へお返し頂きとうございます。このとおりです。」
驚いたのはコウスとマイヤだ。二十五人の娘子が無事に村へ帰るための策を考えていたが、思いがけずシウリが国主に直交渉した。
勇気ある決断だが、果たしてあの国主に思いは通じるか。
国主とスモン副将軍も、驚いた表情で顔を見合わせた。娘子の酌は受けても指一本触れないよう全員に厳命せよと、一介の村人が国主に指示するとは。
スモンが無礼な要求に目を剥き、顔を真っ赤にして馬から飛び下りようとしたが、まだシウリの話は終わっていないと、国主が手を挙げて制する。
「それが成らないのでしたら、手前の命に代えても村の娘子を、あの場に送り出すことは……出来ません。どうぞこの場で、手前を斬り殺してください。」
六
地べたに額を付けて、シウリは涙声で叫ぶ。平伏した背中は震えなのか、泣きじゃくりなのか、大きく揺れている。
冷たい目でシウリの叫びを聞いていた国主は、我が身を盾にして娘子や村の存続を乞う、首長の願いと姿勢に心を打たれた目に変わった。
「おぬしの要求は分かった。宴を盛り上げてくれる華娘と饗娘に手を出さないよう、おいから皆の者に厳しく命令を下す。そして宴の後は、礼品を持たせて村へ帰そう。他に要求はないか。」
「ございません、それだけです。有難うございます、有難うございます、……。」
何度も何度も、感謝の言葉を繰り返して泣きじゃくるシウリ。国主は兵をひとり残して馬首を返し、砦の方へ去った。
残った兵は馬を下り、平伏しているシウリの前で片膝を突くと、肩に手を置いて労った。




